第286話 遺された日記
部屋を出たクロエとコメットはサテラが使っていた部屋へとやって来ていた。
誰かに見咎められないかと心配していたクロエだったが、コメット曰くサテラの部屋には近づかないようにと普段から厳命しているため誰も部屋の近くには近寄らないとのことだった。そのおかげでクロエは誰にも見つかることなくサテラの部屋へとやってくることができた。
「ここがサテラの使ってた部屋なんだ……」
「お姉さまは来たことがありませんでしたの?」
「最後に来た時には別の部屋を使ってたからね。でも……なんていうんだろ、すごく綺麗な状態で保ってるんだね」
「……えぇ。さすがに完全放置だと埃などが溜まってしまいますから。この部屋だけはメイドにも任せず、わたくしの手で掃除をしてるのですわ」
「そうなんだ」
サテラの部屋を見たクロエは、まるでまだ誰かが使っているんじゃないかというような錯覚を覚えた。机の上に残された本。ソファの上に置かれた服。まるでついさっきまで誰かがいたかのように。
昔のままで時間が止まった部屋。そう言うのが正しいのかもしれない。
しかしこの状態を良しとすることはクロエにはできなかった。本来ならばこの部屋はもっと整理されていてしかるべきなのだ。誰かが亡くなった時、その部屋を整理し、荷物を片付けることで故人への思いに区切りをつける。
亡くなった人の部屋の掃除というのはいわばそのための儀式のようなものだ。一つ一つの思い出を片付けるための。そうすることで前に進むための。
(でもこの部屋はサテラが生きてた頃のまま残されてて……それはきっとコメットちゃん自身がサテラが亡くなった事実を受け入れ切れてないから。その気持ちはわかるし、一概に悪いとも言い切れないけど。だけど……このままじゃきっとコメットちゃんはこれからもずっとサテラに縛られ続けることになる。それはきっとサテラだって望まない)
「ねぇ、ちょっとだけ部屋の中見て回ってもいいかな」
「えぇ。お姉さまなら問題ありませんわ」
コメットの許可を得たクロエはサテラの部屋の中を歩き回る。
サテラが生きていたころで時間が止まったかのようなこの部屋はクロエですら思わずサテラの姿を幻視してしまいそうで。サテラの痕跡をなぞるたびに思い出が蘇って、だけど肝心のサテラの姿はここにはなくて。
「さよならくらい直接言わせてよバカ……」
もはや聞く人のいない愚痴を思わず呟いてしまう。
そんな中でクロエはふとあるものを見つけた。それはサテラの机の上におかれていた日記だ。
悪いとは思いつつも、クロエは手に取った日記を開いてしまう。
「あ……」
そこに書かれていたのはサテラの書いたコメットの成長記録。子育ての苦悩や、嬉しかったことなどが書かれている。それはクロエの知らない、サテラの母親としての姿。
机の上に整理され置かれていた日記をずっとさかのぼってみれば、クロエ達との旅の記録も残っていた。
「そういえば、ものぐさなところも多かったのに日記だけは毎晩欠かさずに書いてたっけ。あの頃は中は見せてくれなかったけど。ふふっ、こんなこと書いてたんだ」
あの頃は知りもしなかったサテラの思いに触れてなつかしさに浸る。そして最後に一番新しい日記の最後のページにたどり着いた。
そこに書かれていたのは、死を間近にしたサテラの偽らざる想いだった。
『最近ずっと体が思うように動かない。こうして日記を書くことすら苦しくなってきた。きっとわたしはもう長くないだろう。まだ幼いコメットを一人残して逝ってしまうのは心苦しい。だけどきっと大丈夫だ。あの子は強い子だし、きっと何があってもクロエやあの人が助けてくれるはずだから。クロエ……私の大親友。わたしが死んだことを知ったらきっと怒るよね。ごめんねも、ありがとうも、まだまだいっぱい伝えたかったのに。一緒にやりたいこともまだまだいっぱいあったのに。ごめんね。でもきっとクロエなら許してくれるよね。あの人やもう一人のあの子のことも気になるけど……会えないまま逝っちゃうのは悔んでも悔やみきれない。もしこんなわたしの望みを神様が聞き届けてくれるなら……ううん、神様じゃないか。わたしの親友たちが聞き届けてくれるなら、どうかあの子たちに平穏と幸せを』
最後まで自分ではない誰かのことを思いながら日記は終わっていた。
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