第287話 残された者の思い

「これがサテラの遺した最後の日記……」


 クロエはコメットから渡されたサテラの最後の手紙のことを思い出しながらこみ上げてくる思いを堪える。

 その感傷は魔剣であるクロエにとって毒にしかならないものだから。不老不死の存在であるクロエはこれから先も多くの別れを経験することになる。その度に心を痛めていては心が持たなくなってしまう。

 純粋な魔剣ではないクロエにとって、その辺りの感覚は慣れないものだった。


「みんなみんな私を置いて逝ってしまうから。先輩にもちゃんと忠告されてたはずなのに。まだまだだなぁ、私。でも最後だから、最後にするから。今だけはいいよね」


 クロエはそう自分に言い聞かせて部屋の中に残るサテラの痕跡を辿る。懐かしむように、慈しむように、そして惜しむように。今だけは背負っている全ての物を忘れて思い出へと浸った。




 そんなクロエの様子をコメットは離れた場所から見ていた。

 この部屋に入った途端にクロエの雰囲気が変わったことには気づいていた。部屋の中を見て回るクロエはここではないどこかを、はるか昔のことを見ているようで声をかけることが憚られた。

 そして机の上にある日記に目を通し始めたクロエの表情は真剣そのものだった。

 日記の存在自体はコメットも知っていた。だがその中身を見たことは無かった。家族とはいえ、プライベートな内容。目を通すのは躊躇われたし、何が書かれているのか見るのが怖かったというのもある。


「どんなことが書かれてるのかしら。いえ、わたくしが気にすることではありませんわね」


 だがしばらくその日記を読み進めていたクロエに変化があった。どこかのページで手を止め、驚いたように目を開いて、そして次の瞬間には悲しむような顔をしていた。


「……泣いてる?」


 涙を流しているわけではない。だがコメットにはそのクロエの表情が泣いているようにしか見えなかった。


「みんなみんな私を置いて逝ってしまうから。先輩にもちゃんと忠告されてたはずなのに。まだまだだなぁ、私。でも最後だから、最後にするから。今だけはいいよね」


 不意に聞こえてきたのはそんな言葉。

 なぜだろうか、その言葉を聞いた瞬間コメットは嫌な予感が湧き上がるのを止められなかった。このままではクロエがどこか遠くへ行ってしまうのではないかというような、そんな予感。


「お姉さま!」


 続きの言葉など考えてはいなかった。それでも声をかけずには居られなかったのだ。


「ど、どうしたの急に大きな声だして」

「えっと、その……な、なにか見つかりまして?」

「見つかったってほどじゃないけどね。でもこうして色々と見てるとここってサテラの部屋なんだなってことがよくわかるよ。日記とかとくにね。あ、日記勝手に読んじゃったけど大丈夫かな?」

「わたくしはなんとも……ただ、お母様もお姉さまならきっと許すと思いますわ」

「だといいんだけど。ちなみにコメットちゃんは読んだ?」

「いえ、わたくしは。その……お恥ずかしい話ですけど読むのが怖くて。何度か読んでみようかとも思いましたけど、一度も読んだことはありませんわね」

「そっか。で、あれがサテラの描いてた絵なの?」


 クロエが指差した先は部屋の隅。その一角だけは他と雰囲気が違っていて、画材道具が広がっていた。近くの壁には色々な絵が飾られている。目立つのはコメットとクロエの絵だ。


「えぇ、そうですわ。あの絵でわたくしはお姉さまのことを知りましたの」

「キアラにハル……ファーラにヴァルガ。あ、一枚だけだけどアルマの絵もある。あれはコメットちゃんかな?」

「そうですわ。お母様は自分の絵で残すのが好きな方でしたから。わたくしの成長記録だそうですわ」


 単純な成長記録であれば魔法で映像として残すこともできる。だがサテラはそれらを使わずに自身の絵で残すことを好んだのだ。


「そっか。なんていうかサテラらしいね」

「……お姉さま」

「ん、なに?」

「わたくしは、わたくし達は……お姉さまの傍にいます。お姉さまは一人じゃありませんわ」

「っ……どうしたの急にそんなこと言って」

「いえ、ただそれだけ言っておきたくて」

「そっか。でも……うん、ありがとう。さてと、それじゃあそろそろレイヴェル達のところに戻ろっか。思ったよりも長いこと居ちゃったし。戻ってこの後のことについて話し合わないと」

「そうですわね」


 そう言ってコメットが立ち上がったその時だった。

 凄まじい轟音と、何かが砕けるような音が響き渡る。


「っぅ!? な、なんですの!」

「あっちの方から! 行くよコメットちゃん!」

「はい!」


 クロエ達は部屋を飛び出し、音のした方へと向かって走り出した。

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