第284話 王としての覚悟

「残念だがそれはできない」

「……やっぱりね。どうしてって言うのは聞いていいの?」


 ウィルダー王のその言葉はクロエの予想通りだった。そしてその理由についてもおおよその予想はついていた。


「ハルカゼ、お前も本当はわかっているんだろう。今の私に長老を止めるほどの力が無いということは。それがこの国の現実だ」


 悔やむような顔で告げるウィルダー王。長老と王の立場は完全に逆転している。

 たとえ今ウィルダー王が長老達に戦争中止を訴えたとしても、その訴えが聞き届けられることはないだろう。むしろその訴えすら無かったことにされかねない。

 一国の王という立場でありながら、その権力は仮初めのものでしか無かった。


「レジスタンスと長老達の戦争は起こるべくして起こったことだ。もはや避けることなどできるはずもない」


 ある種の諦観を滲ませながらそう言うウィルダー王に対し、クロエの目は冷ややかだった。


「確かにこの国の問題は根深いのかもしれない。それは余所者である私達より、あなたの方がよくわかってると思う。王なんていう立場なら身に染みて感じてるだろうしね。だけどそれを王であるあなたが言うのは違うでしょ。起こるべくして起こったなんて、そんな言葉……王としてあまりにも無責任すぎる。その問題は解決するために、あなたは何かしたの?」

「それは……」

「してない、よね。してたらこの国があの頃のままなわけがない。サテラは何も変わらないこの国が嫌で出て行った」

「…………」

「あなたがどうして諦めたのかなんて知らないし。そんなことはどうだっていい。その諦めの犠牲になるのが誰かってことはもちろんわかってるんでしょ?」

「あぁ、そうだな」


 クロエの言葉を、その指摘をウィルダー王は甘んじて受け入れる。クロエの言葉に対してウィルダー王は何一つ言い返す言葉を持たなかったから。クロエが抱いているであろうその怒りは正当なものだったから。


「ねぇウィルダー。今のあなたはちゃんと王様だって言える? 胸を張ってサテラにそう宣言することができる? はっきり言うね。私はあなたの事が好きじゃ無い。昔からずっと何かと理由をつけて動かずにいるあなたが。現状維持、敵を作らないなんて言えば聞こえはいいいのかもしれないけど。王様ってそうじゃないでしょ。あなたはいったいこの国のために何をしたの」


 クロエの脳裏を過るのはサテラの姿。

 もし今この場にサテラが居たらどうしただろうかと、ずっとそればかり考えていた。

 もちろんクロエとてサテラの全てを理解しているわけではない。それでもサテラならばきっとこう言うだろうと、そう思ったのだ。

 だが所詮は血縁ではなく、ましてやこの国の住民でもない存在。この言葉がどれだけウィルダー王の心に届いたかはわからなかった。


「私から言いたいことはそれだけ。言っておくけどあの時とは違う。今の私達にはこの国の問題をどうすることもできない。それだけは伝えとく」

「あぁ、わかった。しっかりと胸に留めておこう」

「そうして。あ、そうだ。言いたいことは言ったけど、もう一つだけ聞きたいことはあるんだけど」

「なんだ」

「今回の一件にはハルが裏で関わってた。そのことをあなたは知ってた?」

「あの男が? それはどういうことだ」

「知らなかったの?」

「知っているわけがないだろう」

「……そっか。全部話すと長くなるから手短に伝えるけど――」


 クロエはウィルダー王に簡単に事情を話す。

 そして、魔剣使いがレジスタンスの側にいるということも。そしてアイアルの父であるアルマのことも。そしてクロエ達がアルマ達のことを止めようとしていることを。


「そのような話、私は聞いていないな。もし知っているとしたら長老達ならばあるいは知っている可能性もあるかもしれない。だが確証は無いな」

「そっか。わかった。ありがとう」

「礼を言われるようなことではない」


 伝えるべきことは伝えたと、クロエは剣の姿へと戻ってレイヴェルの元へと帰る。

 そして入れ替わるようにずっと黙っていたコメットが再びウィルダー王の前に立った。


「叔父様、今のお姉さまの話……決してわたくしにとっても他人事ではありませんでした。ですからわたくしも覚悟を示して見せますわ。王族の血を継ぐ者として。お母様の娘として」

「そうか……無理は――いや、私が言えることではないな」


 ウィルダー王は自嘲するように呟くと、表情を王のそれへと切り替える。


「お前たちの武運を祈っている」


 こうしてクロエ達とウィルダー王の短い謁見の時間は終わったのだった。

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