第322話 今すべきこと

「クソ、離せっ! おい離せよキュウ!」

「キュキュッ」

 

 キュウとコメットによって無理矢理アルマの居た場所から引き離されたアイアルは暴れに暴れてキュウから離れる。しかしそれなりの距離は離れることはできていた。追っ手の気配も無い。

 ようやく一息吐くことができるとコメットは周囲を警戒しながらも緊張を解く。

 しかしアイアルは違った。キュウに止められているものの、アルマの元へと戻ろうとしている。

 その気持ちはコメットもわからなくは無い。父親が危険の渦中にいるのだ。その胸中たるや察して余りある。だがだからといって無謀にも戻ろうとするのを止めないほどコメットは愚かでは無い。


「戻るつもりですの?」

「当たり前だ! あんな場所に親父を一人残しておけるか!」


 離れたとはいえ、遠くから聞こえて来るのは激しい戦闘音。その戦闘音からも戦況が拮抗していることはわかる。あれだけの数の近衛兵達と正面からやり合えているというだけでコメットにとっては驚きだが、逆に言えば何か不安要素が一つでも混じればその拮抗は崩されかねない。

 その不安要素となりかねないのがアイアルだ。魔力も使い切って、まともに動ける状況では無い。そんな状態で元の場所に戻っても、できることなど何もないのだから。


「バカなことを言うんじゃありませんわ。そんな状態で戻って何ができるんですの」

「何ができるかなんてどうだっていいだろ。あそこに親父がいるんだぞ」

「だとしてもですわ。何のために彼がわたくし達のことを逃がしたのかわかっていないわけではないでしょう。少しは頭を冷やすべきですわ」


 コメットの言っていることに間違いは無い。しかしだからこそ余計にアイアルの癪に障ってしまった。俯瞰的で、どこまでも正しいように見えるコメットの言葉が今のアイアルには何よりも鬱陶しかった。


「そうだよな。お前にとっては親父もあいつらも全員敵だもんな!」

「っ!」

「あのカームって奴も親父も、お前にとっては敵でしかないからそんなに落ち着いてられるんだよな! なんだったら相打ちにでもなればいいと思ってんだろ!」


 その言葉をアイアルが口にした瞬間だった。

 パンッ、と甲高い音と共にコメットがアイアルの頬を叩く。


「舐めるんじゃありませんわ。わたくしのことをなんだと思ってますの! わたくしはそこまで愚かではありませんわ!」


 まさか頬を叩かれると思っていなかったアイアルは叩かれた頬を押さえて目を点にする。


「確かに、カームもあなたの父も、わたくしの敵ですわ。わたくしはあなたの父を止めるために戦った。本来ならば今もカームを止めるためにわたくしも戦うべきなのでしょう。ですが、今のわたくしにできることはありませんわ。冷静に考えればわかることでしょう。行って何ができるというのですか。冷静に考えなさい!」

「…………」

「あなたの気持ちもわかりますわ。ですが、だからこそ今の状況を俯瞰して考えるべきです。わたくしは武器も失った。あなたは魔力もない。そんな状況で何をするというのですか」

「だとしてもこのまま逃げるなんて」

「バカなことを言わないでください。わたくしはこのまま逃げたりしませんわ」

「は? どういうことだよ」

「これはあくまで戦略的撤退。準備が整えば戻ります。わたくしの目的はあの大砲を壊すこと、あなたの父親を止めること、そしてそこにカームまで追加されました。まだ何も成していないのにおめおめと逃げるなど、そんなことわたくしのプライドが許しませんもの」

「なんだよそれ……」

「勇気と蛮勇をはき違えてはいけませんもの。あなたもお父様のことを助けたいのであれば、状況を冷静に踏まえて動くべきですわ」

「キュゥ」

「……なんだよそれ。でも、そうだな。わかった。その……悪かった。ってなんだよその顔は!」

「あなたが謝るなんて。天変地異の前触れですの?」

「ふざけんな。やっぱ無しだ! 今の無し!」

「ふふっ、冗談ですわ。それじゃあいきましょう。まずは武器と魔力を回復させることからですわ」

「そうだな」


 そして二人は、武器と物資を求めて動き出したのだった。


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