第5話 レイヴェル
昨日出会った男が店にやってきました。
数多の緊張を乗り越え、注文を聞きました。
そしてなぜか一緒にお昼ご飯を食べることになりました←今ココ。
いや、なんでこんなことになってんだ。今日も普通に働いてただけのはずなのに。
トレーに乗せたオークカツ定食を持って、オレは男の元へ向かう。
こっちがどれだけ緊張してるかも知らずに、ボケーっと料理が来るのを待ってるのを見てると、若干だけど腹が立つ。
なんかこれじゃあオレだけ意識してるみたいじゃん。いやまぁ、実際にそうなんだけどさ。
ふぅ……よし! ここまで来て引けないし。料理が冷めたら勿体ないし、行こう!
「お、お待たせしましたー」
声が裏返らないように気をつけながら、オレは男の前にオークカツ定食を置く。それと同時に自分の分も。
「ん、あぁ……って、なんで二人分あるんだ? これで一人分ってわけじゃないだろ」
「えぇもちろん。二人分ですよ。あなたと、私の分です」
「お前の?」
「はい。実はお昼時が忙しくてご飯が食べれてなくて。そしたらちょうど今休憩をいただいたので、ご一緒できればと」
「いや、それでなんで俺の所で食うことになるんだよ。普通に他の場所とか空いてるだろ」
うぐっ、やっぱりそう言われるか。当たり前だ。オレでも同じことが起きたらそう言う。でも、でもさ。オレみたいな可愛い女の子が一緒に食べようって言ってんだから少しぐらい乗ってくれてもよくないか?
こいつ性欲死んでんじゃねーの。
「ひ、一人で食べるのは寂しいじゃないですか。それにあなた冒険者さんですよね? だから一度お話を聞きたくて。ダメ……ですか?」
小首を傾げ、可愛らしい声でお願いする。
オレの容姿とこの仕草が合わされば落とせぬ男など存在しない! たぶん。
男を落とそうとしたことがないからわかんないけど、でもそれでも私みたいな可愛い子にこう言われて心が揺らがない男はいないはずだ。
昔鏡の前で練習してた時に、自分で自分の可愛さにクラっとしたくらいだし。
どうだ!
「……悪いけど、俺は一人で食べた——っ!?」
「どうかしたんですか?」
「な、なんでもない。はぁ、わかったよ。じゃあとりあえず座ってくれ。ずっと前に立ってられると食べれないだろ」
「ありがとうございます♪」
よっしゃ!
やっぱりオレのこの仕草は男には効くみたいだな。
ふふん、オレが本気を出したらこんなもんよ!
オレは上機嫌で男の前に座る。これで第一関門は突破だ。後は話をするだけなんだけど……とりあえず男のことを聞けばいいかな。
「言っとくけど、面白い話なんかできないからな」
「大丈夫です。お話を聞けたら満足なので。あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はクロエ・ハルカゼです。気軽にクロエって呼んでください」
「俺はレイヴェル・アークナーだ。俺もレイヴェルでいい」
「うん、よろしくレイヴェル。それで、さっそく聞きたいんだけど。レイヴェルは冒険者なんだよね、やっぱり」
「あぁそうだよ。つっても、まだまだ新米だけどな」
「そうなんだ」
えーと、確か冒険者はプレートで等級が判断できるんだっけ。
レイヴェルは銅のプレートだから……D級か。確かに新米なのかな。
「リオラには仕事で来たの?」
「あぁ。商人の護衛任務のついでに、しばらく王都で仕事探してみようと思ったんだ。大きな祭りがあるから、仕事はたくさんあると思ったからな。実際、かなり仕事はあったし」
冒険者の仕事は多岐にわたる。一番有名なのは魔物の討伐とかだけど、それ以外にもレイヴェルが言ってたみたいな商人の護衛とか薬草の採取とか……変わった所だと、ペット探しみたいな依頼もあるんだっけ。
冒険者の等級が下になればなるほど雑用みたいな仕事が増える。E級とかD級の時は仕事に慣れる段階って感じなのかな。
「今日も依頼受けたの?」
「今日は朝のうちに王都近郊のゴブリン退治だ。巣があったらしくてな。他の冒険者と一緒に片付けて来た」
「へぇすごいね!」
「そんな持ち上げられるようなことじゃない。普通のゴブリンなんて冒険者になるような奴なら誰でも倒せるしな。ホントはもっと強い魔物と戦いたいんだけど。D級じゃまだ無理だからな」
「強い魔物と戦いたいって、どうして? 危ないよ」
「危険なことなんて百も承知だ。それでも俺は強い魔物と戦いたい。戦って、強くなりたいんだ」
「強く……」
レイヴェルの手にグッと力がこもる。
どうして強くなりたいと思ってるかなんてわからないけど、どこか踏み込んじゃいけないような雰囲気を感じた。
「で、お前はなんなんだよ」
「なにって?」
「いやほら、あるだろ色々と」
「色々って言われても。私はこのお店で働いてるだけのしがない一般市民だよ」
「そのわりには随分人気みたいだけどな」
「えへへ、そうかなぁ」
まぁ人気だっていう自覚はちょっとある。常連さんの中にはオレに会いに来てるっていう人もいるくらいだし。
「それで、さっきからこっち見てるあいつが彼氏か?」
「え?」
ふと後ろを振り返ってみれば離れた位置からアルト君と目が合った。
オレと目が合ったアルト君は慌てて机拭きの仕事を始めたけど、どこか落ち着かない様子でチラチラとこっちを見てる。
って、アルト君がオレの彼氏!?
「ち、違う違うよ。アルト君は彼氏じゃないから!」
その勘違いは困る! すっごく困る!
「そうなのか? 昨日も一緒にいたからてっきり彼氏なんだと」
昨日……市場のことか!
あれは偶然アルト君にあっただけで、別に彼氏とかそういうのじゃないのに!
「アルト君はサイジさんの息子さんで、私からしたら……そう! 弟みたいなものだから!」
「な、なんでそんなに必死なんだよ」
「別に必死なわけじゃないけど。ほら、私の彼氏だって思われたらアルト君が可哀想だから」
「可哀想……ね。向こうはそうは思ってなさそうだけどな」
「え? ごめん、声が小さくて聞こえなかったんだけど」
「いや、なんでもない」
「ならいいんだけど。それより、昨日のこと……覚えてたんだ」
「え。あぁ。ぶつかったと思ったら急に逃げ出した変な奴だからな」
「あぅ……あの時はごめんなさい。ちょっと焦っちゃって」
「いやまぁそんなに気にしてないけどな。もしかしてそれを謝るためにわざわざこの席に来たのか?」
「それもあるけど、一番はあなたに興味があったから」
「俺に? なんでだよ」
「それは……」
迷う。ここでオレの気持ちを言ってしまっていいものなのかどうか。
まだオレの中ですらしっかりと形になっていないのに。理解もできていないのに。
恋……ではないと思う。っていうかあり得ない。これはそんな気持ちじゃないと思うから。
でも、そうなるとこの気持ちを表す上手い言葉が見つからない。
いきなりオレの契約者候補かもしれないから、なんて言っても意味がわからないだろうし。
「乙女の秘密かな」
「なんだよそれ」
「女の子には秘密がいっぱいあるものなんだよ」
結局、オレは誤魔化した。
もし確証ができたなら、その時改めて伝えようと。そう思ったから。
それからレイヴェルが今まで受けて来た依頼の話。討伐してきた魔物の話みたいな他愛のない話をしているうちにオレもレイヴェルもご飯を食べ終わってしまった。
レイヴェルのことを抜きにしても、冒険者の話を聞く機会なんてほとんどなかったから思った以上に楽しんで聞いちゃったな。
「そっかぁ。冒険者って大変なんだね」
「そりゃ大変だよ。探し物くらいならまだしも、魔物の討伐なんてことになったらどんな魔物が相手でも命がけだしな」
「そうだよね。私にはとても真似できないよ」
「やらなくて済むならそれが一番だと思うけどな。さて、それじゃあそろそろ行かないとな。午後からも受けてる依頼があるんだ」
「あ……」
当たり前と言えば当たり前の話だ。
レイヴェルは食事をしに来ただけで、遊びに来たわけではないのだから。
それがわかっていても、少し寂しく感じてしまう気持ちは抑えられなかった。
「ねぇレイヴェル」
「? なんだよ」
「王都にはいつまでいるの?」
「とりあえず祭りが終わるまではいるつもりだけど」
「そっか……なら、もしレイヴェルが良かったらなんだけど。明日も来てくれないかな?」
「明日も?」
「無理にとは言わないけどね」
「……はぁ、わかった。わかったよ。また明日も来る」
「ホント!」
「こんなことで嘘言わねぇよ」
「うん、それじゃあ明日も待ってるね!」
こうして、オレとレイヴェルの二度目の邂逅は終わった。
最初はどうなることかと思ったけど、実際に話してみたらすごく楽しかったし。
案外俺と相性がいいのかも。もしかしたらこのまま契約者に……なんて、それはまだ早いか!
契約者になるためには色んな段階踏むべきだと思うし。レイヴェルが王都にいる間にもっと仲良くなれたら、その時にまた改めて考えよう。
そんなことを考えつつ、オレはそのままレイヴェルを見送り仕事へと戻ったのだった。
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