第4話 動揺、そして再会

「うへぁああああああああ~~~~~~っ」


 夜。仕事を終えて家に戻って来たオレはベッドに突っ伏して顔を枕に押し付けた。

 今日は珍しくダメダメな日だった。注文は間違える。皿は落として割る。会計も間違えるし。ミスしすぎてサイジさんにも怒られるどころか心配されちゃったし。

 普段はしないそんなミスをし続けた原因なんてわかってる。市場であったあの男が原因だ。あの黒髪の目つき悪男!

 あの男に出会った瞬間から心がソワソワして落ち着かない。ふとした瞬間にあの男の顔を思い出してしまう。


「~~~~~っ!」


 また思い出しただけで顔が熱くなる。ブンブンと頭を振って男の顔頭から追い出す。

 なんかダメだ。オレがオレじゃなくなったみたいだ。あぁもう、なんでオレがこんなに心を乱されないといけないんだ。おかしいじゃないか。初対面の、それも名前も知らない男に……。

 この感覚。これじゃあまるで……。


「一目惚れ……いやいやいや!! 絶対ない、あり得ないから!」


 頭を振りかぶり、枕をバシバシと叩いてそんなあり得ない想像を振り払う。


「だって、だって。一目惚れとか。そんなの今まで一度も無かったわけだし。だいたいあの男イケメンってわけでもないし。そもそもあいつ男だし!」


 体がこんな風になってからもう百年近く経つけど、心まで女に染まり切ったつもりはない。だから男に一目惚れするなんてあり得ない! アルト君みたいなイケメンだっていうならまだしも、あんな目つきの悪い男……絶対絶対あり得ないから!


「あ、そういえば……」


 不意に思い出した。

 あれはまだオレが旅をしてた時のこと。魔剣の先輩に聞いたのだ。どうやったら自分の契約者を見つけることができるのか。先輩がどうやって契約者を見つけたのかを。


『うーん、まぁ結局はフィーリングかな? って言ってもわからないか。あ、そうだ。わかりやすい例えをするなら一目惚れかな。うん、そうそう。一目惚れ! 一目見た瞬間にこう……ビビッと来るものがあるのよ!』


 あの時は全然全く理解できなかったけど……もしかして先輩の言ってたのってこういうこと?

 つまり……あの男がオレの契約者? その可能性があるってことか?


「あいつが……私の?」


 いつか見つかるかもしれないと思ってた。見つけたいとは思ってたけど、そんな積極的に探していたわけでもないし。見つかればいいなぁ程度に考えてたんだけど。


「もしあいつが契約者だとしたなら、私は……契約……するのかな」


 何も考えてなかった。契約者候補が見つかったらどうするかなんて何も。

 いや、まぁあいつがオレの契約者かどうかなんてまだわからないけど。でも、そうでもないとこの気持ちは説明がつかないし。

 

「……ま、でも偶然一回会っただけだし。また会う可能性なんてほとんどないよね」


 もう二度と会うことはないかもしれない。そう考えただけで少し胸が疼く。


「はぁ、まぁ考えてもしょうがないし。今日はもうお風呂入って寝よ。明日は今日みたいなことにならないようにしないと……」


 同じ過ちは繰り返さない。そう心に誓ってオレは一日を終えたのだった。






□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 しかし、そんなオレの予想は次に日に儚くも脆く崩れ去ることになった。


「…………」


 引きつった笑みを浮かべているのが自分でもわかる。

 お盆を持つ手に無意識に力がこもった。

 その理由は至極単純だ。


「おい。何固まってんだよ」


 お昼の繁盛時間を少し過ぎた頃。お店に現れたのだ。昨日出会った黒髪の目つき悪る男が!

 なんで、なんでこの男がこの店に来るんだよ! おかしいだろ!

 もう二度と会わないかもなぁ、なんてちょっと物憂げな感じになってた昨日の自分を殴り倒したい。

 いやでも、よくよく考えたらあり得ない話でもないんだけど。ここって普通にそこそこ有名なお店だし。毎日ご新規のお客さんとか多いから。来てもおかしくないんだけどさ!

 でももうちょっと心の準備が! 

 会うと思って会うのと、不意に来られるのじゃ全然心の準備が違うじゃん!

 あぁどうしよう。どうしたら。えぇと、まずはいつも通り。挨拶して、席に案内して。それからそれから——。


「聞こえてんのか?」

「はっ! え、あの、その、いら、いらっしゃいます?」

「なんで疑問形なんだよ」

「あ、違った! いらっしゃいませ! そう。いらっしゃいませです! すみません。ちょっと考え事しちゃってて。すぐに席に案内しますから」

「お、おう」


 捲し立てるように言って、オレは男を席へと案内する。いつもの常連さん達が昼から飲んだりしていてそれなりに席は埋まってるけど、それでも一人が座るくらいの場所は余裕である。


「ど、どうぞ。あの壁にかかってるのがメニューなので、決まったらまた呼んでください」

「あ、あぁ。わかった」

「そ、それじゃあまた」


 オレは少しでも早くその場から離れたくて、一方的に言う。

 オレの勢いに面食らってるのは向こうも同じようだったけど、そんなの気にしていられない。こっちはそれどころじゃないんだから。

 一端厨房に下がったオレは壁に手をついて息を吐く。

 ダメだ。やっぱり緊張するし、心臓めっちゃバクバクしてる。


「…………」


 チラッと男の方を見る。

 壁にかけられたメニューをジッと見ていた。何を食べるかを考えているんだろう。

 どんなのが好きなんだろ。魚系? 肉系? 若い男の人だったらやっぱり肉か? あの視線の先にあるのは……肉系メニュー。やっぱり肉か。だとしたら結構オレと好み合うかも。 

 って、オレは何考えてんだ! ご飯の好みが合うかどうかなんてどうでもいいじゃん!


「クロエさん? 何してるんですか」

「うえぁ! ア、アルト君!? ど、どうしたの」

「どうしたのじゃなくて。その、父さんが早く水持って行けって」

「あ、そっか。ごめん。すぐ持ってくね」

「クロエさん」

「なに?」

「昨日から様子が変ですけど……何かあったんですか?」


 そこにいる男に心をかき乱されてます。なんて言えるわけない。

 変に詮索されても嫌だし。


「ううん、大丈夫だよ。平気だから」

「でも」

「ごめん、もう行かないと」


 厨房の奥から睨んでくるサイジさんの目が怖い。これ以上話してたら本気で雷を落とされそうだ。

 何か言いたげなアルト君に悪いとは思いつつ、オレは水を持って男の元へと向かう。

 うん、大丈夫。さっきまでよりは慣れて来た。これなら普通に話せる。


「み、水持ってきました~」


 若干声が上ずった! は、恥ずい……でも気付かれてない……かな?

 えぇい押し切れ! 男は度胸! 今は男じゃないけど!


「あ、どうも」

「お悩みですか?」

「え、あぁ。そうだな。まだ悩んでるんだけど……おススメとかあるのか?」

「そうですねー。サイジさんの作る料理はなんでも美味しいので、全部おススメですけど。強いて挙げるなら日替わり定食でしょうか。毎日店主のサイジさんが直接市場に行って目利きしてますから。今日はオークカツ定食ですね」

「オークカツ……じゃあそれで」

「はいかしこまりましたー!」


 ふふん、どんなもんよ。ちゃんと心構えさえすればこの通り。普通に話すことなど造作もないのだ!

 完璧だ。完璧すぎる。


「日替わり定食お願いしまーす!」

「あいよ。おいクロエ」

「はい、なんですか?」

「休憩まだだったな」

「あ、そういえばそうですね。でもまだお客さん残ってますし、もう少し後でも」

「どうせこの後に一気に来るようなこともねぇ。アルト一人で事足りる。今のうちに食っとけ」

「わかりました……」


 珍しい。サイジさんがこんなことを言い出すなんて。まぁでも休憩に行けるなら行っとこうかな。お昼忙しかったせいで疲れてるし。

 しかしだからこそ気付かなかった。サイジさんの言葉の裏に隠された真の目的に。


「お前の分の日替わり定食も作ってやるから、一緒に食ってこい」

「あ、はいわかりましたー……って、うぇ?! な。ななな何言ってるんですかサイジさん!」

「気づかないとでも思ったか? いいから行ってこい。また昨日みたいな状態で働かれるほうが迷惑だ。だったらさっさと行って玉砕でもなんでもしてこい」

「違いますからね! サイジさんなんか勘違いしてますけど、違いますからね!」


 オレがあの男のことを意識してる理由をサイジさんは明らかに勘違いしてる。それを訂正したいけど、訂正する上手い言葉も思いつかない。

 どうしよ……でもサイジさん言い出したら聞かないし。それに……サイジさんの勘違いは抜きにしても、確かにいい機会ではあるのかな。

 またあいつがこの店に来るかどうかもわからないし……。

 よし、決めた! 行ってみよう!


「ほら、できたぞ」


 オレがうんうんと悩んでいる間に、サイジさんが日替わり定食を完成させていた。相変わらず早い。どんな方法で作ってるんだろ。

 お盆の上には二人分の日替わり定食。あの男と、そしてオレの分だ。

 もう後には引けない。

 日替わり定食を持ったオレは覚悟を決めて、男の席へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る