第3話 市場での出会い

 次の日。オレはお昼の営業時間が始まる前に、サイジさんに頼まれた食材を買うためにリオラの市場へとやって来ていた。市場には露天商が売っている様々なものがある。野菜や肉に魚はもちろん、アクセサリーや冒険者用のマジックアイテムなんかを売っている人までいる。

 見目麗しいアクセサリーに目を奪われそうになる気持ちをグッと堪えながら、目的の店をオレは探した。


「えっとー、いつも買ってる人の所はーっと、あった! おーい、ミルおじさーん!」

「? あぁなんだクロエちゃんかい。急に鈴の音が鳴るような綺麗な声で呼ばれたもんだから、どこの天使様かと思ったよ」

「あはは! もー、おじさんったら上手なんだから。そんなに褒めても野菜ぐらいしか買いませんよ?」

「いやいやおじさんはホントのことしか言わないよ? 見ろよおじさんのこの面。口が上手いように見えるか?」

「うーん、見えないですね」

「そこは冗談でもそんなことないよって言って欲しかったなーおじさん」

「ソンナコトナイデスヨー」

「棒読み過ぎるぞクロエちゃん!」

「えへへ、ごめんなさい。でもおじさんが良い人だっていうのは私よーく知ってますから」

「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ。クロエちゃんくらいだよそんなこと言ってくれるのは。よっしゃ、おじさんの出血大サービスだ。おじさんジャンジャンまけちゃうぞ!」

「きゃー! ありがとうございますミルおじさん!」

 

 ふふん、やったぜ。こういう時ばかりは自分の容姿の端麗さが武器になるな。男の時じゃこうはいかないし。美しさは女の武器、なんて昔言われたけどこういう時にはそれを強く時間しちゃうよなー。

 何はともあれ、野菜を安く買えるなら万々歳だ。余ったお金は懐へ……なんてことはしないからな。もちろんちゃんと返しますとも。お金はきっちりしないといけないし。

 だから本当のところ言うと安く買う理由なんてないんだけど、安く買えるってなんか嬉しいじゃん。そんなわけでオレはまけてもらうのが大好きなのです。


「またあんたは適当なこと言って……ってなんだい、クロエちゃんじゃないか。今日も可愛いねぇ、昔のあたしにそっくりだよ」

「あ、こんにちはスミレおばさん!」


 声をきたのは恰幅の良いおばさん。ミルおじさんの奥さんであるスミレおばさんだ。昔は綺麗で貴族様からも求婚されたことがあったらしい。それはもう様々な事件を経てミルおじさんと結婚したらしいのだが……それが真実なのかどうなのか、オレは知らない。ミルおじさんも教えてくれないしね。

 でも、二人が幸せそうなのはオレにも十分伝わって来る。よく結果してるけど、それでもずっと一緒にいるし。あぁいうのが良い夫婦なんだろうな。

 オレもいつか結婚したり……いや、ないかー。この体になってから男はもちろんだけど、女の人にも恋愛感情みたいなの抱いたことないし。っていうかそもそも魔剣だし。

 契約者はいつか見つけたいと思うけど、それも焦る話じゃないし。不老だし。ゆっくり見つければいいよな。


「どうしたんだいクロエちゃん、ボーっとして」

「あ、いえ。なんでもありません。えっと、とりあえず今日もいつもと同じのください」

「あいよ! すぐに用意するから待っててくれ。おいスミレ!」

「はいはい。もう用意してあるよ。はいクロエちゃん」

「ありがとうございます!」

「それじゃあお代は銀貨三枚分だね」


 銀貨三枚……三千円くらいか。この日本円に直す癖がどうにも直らないんだよなー。


「じゃあこれで」

「……はい。ちょうどだね。結構量あるけど一人で大丈夫かい? なんだったらこの色ボケ親父に手伝わせるけど」

「ありがとうございます。でも大丈夫です。これでも力には結構自信があるんですよ」


 むん、とありもしない筋肉を主張してみせる。

 でも言ってることは嘘じゃない。魔剣としての力なのか、オレはこれでも結構力があるのだ。これくらいの野菜の量ならなんの問題もない。


「ならいんだけどねぇ。あんまり無茶するんじゃないよ。まだ買い物残ってるんだろう?」

「あとはラジおじさんの所でお肉を——って、あ」


 言ってからマズいと思ったがもう遅い。

 ちらりと横目でミルおじさんの様子を確認してみれば、やはり想像通りというべきか不機嫌な表情になっていた。

 理由は単純だ。野菜を売っているミルおじさんと肉を売っているラジおじさんは非常に仲が悪いのだ。それこそ、名前を出しただけで不機嫌になるくらいには。


「品質は悪い、態度も悪い、値段も高い。最悪の店だぜあそこは」

「アホなこと言ってんじゃないよあんたは!」

「いてぇ! なにすんだスミレ。俺はただクロエちゃんに事実をだな」

「なにが事実だい。すまないねぇクロエちゃん。このバカが言ったことは忘れとくれ」

「すみませんスミレおばさん」

「クロエちゃんが気にすることじゃないよ。また来とくれよ」

「はい!」


 スミレおばさんの後ろではミルおじさんがまだ文句を言っていたが、それは聞こえないふりをして離れる。

 そして向かうのはラジおじさんの店。ミルおじさんのお店からはかなり離れた位置にある。絶対に顔を合わせたくないという強い意思を感じるお店の配置だ。

 ラジおじさんのお店は他のお店と比べて賑わっていない。でもそれは並べてる商品が悪いとかそういうのが理由じゃない。


「こんにちはー!」

「……嬢ちゃんか」


 ドスの効いた低い声。顔にある大きな十字傷。そして見上げるほどに大きな巨体。人を殺してますと言われても、でしょうねとしか返せなさそうなその風貌が人を避ける大きな要因となっているのだ。

 しかし、それにさえ目をつむってしまえばお店に並ぶ商品はミルおじさんのお店と同様にかなり品質が良い。他のお店では買えないようなお肉を、新鮮な状態で買えるのだ。

 まぁ、オレも最初にサイジさんに連れてきてもらった時はビビり倒したけど……今はもう大丈夫だ。

 人間とは慣れる生き物なのだ。今のオレ人間じゃないけど。


「えーと、とりあえずこのリストのお肉ください」

「……あいよ」


 サイジさんに渡されたメモを手渡し、お肉の用意をしてもらう。色んな魔物のお肉が売ってるんだけど……中には本当に肉なのか? みたいな商品まであるんだよなー。気にはなるけど、さすがに手を出す度胸はない。いやでも一回くらい試してみるべきか? ラジおじさんのお店に並んでる奴なら大丈夫だろうし……。


「嬢ちゃん、用意できたぞ」

「え、あ、ありがとうございます」


 結構な量あったはずなのに。相変わらず用意早いなー。っていうかすごい量。うーん、この量はさすがにちょっと厳しいかなー。どうしよう。なんとか気合いで持って行くしかないかな。


「大丈夫なのか嬢ちゃん。この量はさすがに持って帰れねぇだろ。手伝うか?」

「うーん、いえ。大丈夫です。ラジおじさんの邪魔をするわけにはいきませんし」

「でもこの量は……」

「クロエさん!」

「え、アルト君?」


 聞き覚えのある声に振り返ってみれば、そこにはアルト君がいた。走ってきたのか息を切らしている。

 

「なんでアルト君が? 学校は?」

「学校は今日は休みなんです。少しだけ用事があったんで学校に行ってましたけど。それで父さんに聞いたら買い物に行ってるって言われて。荷物持ちくらいならボクでもできますから」

「それでわざわざ来てくれたんだ」

「迷惑……でしたか?」

「ううん! そんなことないよ。ちょっと荷物多くなって困ってたところだったし。すごく助かる。ありがとね!」

「っ、い、いえ。そんな。お礼を言われるようなことじゃないですよ」

「? どうしたのアルト君。顔が赤いけど」

「いえ別に! なんでもありません。大丈夫ですから」

「でももし熱があったりしたら——」

「あー、坊主。これが頼まれてた肉だ。持って行きな」

「あ、ありがとうございます」

「気にすんな……坊主も大変だな」

「あはは……もう慣れました」

「なんの話ですか?」

「嬢ちゃんには関係ねぇことだ。ほら、さっさと行きな」

「あ、そうですね。ずっとここにいたら迷惑ですし。ありがとうございました。また来ますね」

「おう」

「それじゃあ行こっかアルト君」

「はい」


 アルト君が来てくれたおかげでだいぶ楽になったなー。あのままじゃひぃひぃ言いながら持って帰ることになってただろうし。わざわざ追いかけて来てくれるなんて、アルト君はホントにいい子だなぁ。


「ありがとねアルト君。おかげで助かっちゃった」

「いえ。このくらいなんでもありませんから。それにしても父さん……こんな量の買い物をクロエさんに頼むなんて。いつもこうなんですか?」

「ううん、いつもはここまで多くないけど……あ、昨日言ってた祭りかな。だからいつもより多めに仕入れてるのかも」

「そういえばそんな時期でしたね。でもだったらなおさらボクに頼むか、自分で行けばいいのに」

「サイジさんはお店の準備があるからね。買い物は私の仕事だし」

「でも……」

「大丈夫だってば、それに私——きゃっ!」

「っ!」


 前を見て歩いていなかったせいで、オレは正面から歩いてくる人に気付かなかった。そしてそれは向こうも同じだったようで、まともにぶつかってしまったオレは尻もちをついて倒れる。そのはずみで持っていた野菜を落としてしまった。


「いったぁ……」

「悪い、大丈夫か。前見てなかった」

「あ、いえ。こっちこそ前見てなくて——っ!」


 差し出された手を掴んで立ち上がる。その瞬間だった。オレの心臓が激しく高鳴ったのは。

 目の前にいたのは、アルト君と同い年くらいの少年。この国の住人にしては珍しく、黒髪黒目だった。目つきははっきり言えば悪い。

 そんな少年から、オレは目が離せなくなっていた。


「? どうかしたのか?」

「え、あ……」


 上手く言葉が出ない。理由なんてわからない。激しく心臓が高鳴り、触れた手が一気に熱くなる。周囲の人も、アルト君のことすら見えなくなって、視界にその少年しか映らなくなる。


「——エさん、クロエさん!」

「っ!」


 アルト君の声でハッと我に返る。

 オレは繋いだままだった手を慌てて離して、落としてしまった野菜を拾いあげる。


「えっと、その、ごめんなさいでした! 行こ、アルト君!」

「え、クロエさん? 急に走らないでください!」

「あ、おい!」


 少年の返事も待たずオレは走り出す。

 なぜ顔が熱くなるのか、こんなに心臓がバクバクと脈打っているのか。その理由は何一つわからなかった。

 ただ突然胸に湧いた謎の感情から目を逸らすために、オレはその場から逃げ出した。


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