第114話 傍にある温もり

 再出発の時間を迎えたオレ達はまた馬車に乗って移動を再開していた。

 憂鬱な時間の再会だ。これで景色が綺麗な場所とかなら外見て気を紛らわせるけど、どこまで行っても同じような風景ばっかり。正直つまらない。

 そうなると意識するのはお尻のことだ。もうすでにちょっともぞもぞしてる。


「はぁ……またお尻が痛くなる……」

「泣き言言わないの。そんな調子じゃこの先持たないわよ」

「そうだけど……って、ん? ちょっと待って」


 そこでオレは重大なことに気づいてしまった。いや、むしろなんで今まで気づかなかったのかと思うくらいのことに

 この場にいるのはレイヴェル、フェティ、ヴァルガ、ファーラだけ。皆オレが魔剣だってことを知ってる。しかも外から馬車の中の様子は見えない。

 だったら、今この場でだけ使える方法があるじゃないか!


「どうしたクロエ。急に考え込んで」

「魔剣化! からのそいやっ!」

「おわっ! な、なんで急に剣に変身するんだよ! ってか飛んでくんな、危ないだろうが!」

『なんでも何もないじゃない。むしろなんで今まで思いつかなかったのか。自分が情けなくなるよ。まぁ基本ずっと人の姿でいたせいで失念してたけど、そもそも私の本質って剣だし。この姿でいれば疲れない! しかもレイヴェル達は空間を広く確保できる! 一石二鳥とはこのことでしょ』

「いやまぁ、確かにそうかもしれないけどな」

『この場にいるのは私が魔剣だって知ってる人だけだし。最初からこうすればよかった。うーん、楽ちん楽ちん♪』

「なるほど。それが魔剣になったクロエさんの姿ですか」

「ははっ、アタシ達も見るのは久しぶりだね」

「あぁ。俺達といた頃は滅多にその姿になりたがらなかったのに。ふっ、変われば変わるものだな」

『あの時はあの時だったから。魔剣だってバレたら滅茶苦茶面倒なことになるのがわかりきってる時勢だったし。でも今はもうレイヴェルがいるから問題ないの』

「しかしこうして見ると結構綺麗な意匠してるねぇ。ちょっと触ってもいいかい?」

『嫌』

「えっ」

『ファーラのことは好きだけど、それとこれとは話が別。私を握っていいのは契約者だけなの』

「ケチだねぇ」

『ケチとかそういう問題じゃないから。ほら、先輩だって触らせてくれたりしなかったでしょ』

「確かに言われれば……魔剣少女ってのはそういうもんなんだね」

『まぁ全部の魔剣に当てはまる話じゃないけどね。別に他人に触られても気にしないって魔剣もいるし。中には複数契約なんてとんでもないことしてる魔剣だっているし』


 魔剣少女が契約するのは一人だけ。

 それがオレ達魔剣少女の当たり前だし、常識みたいなところがあるけど。中には常識外の魔剣少女だっている。色んな意味で常識が通用しない魔剣少女が。

 そんな常識外れの魔剣少女の中には、契約者を複数選ぶ奴もいるんだ。とんでもないビッチだ。人的に言いかえるなら、何股もしてる女みたいな感じだ。

 そんなのあり得ないだろ。少なくともオレには考えられない話だ。


『ファーラには悪いけど』

「いいや、気にすることないさ。こっちこそ変なこと言って悪かったね」

『ううん、それこそ気にしないで』

「あの、その姿になると体が休まるものなのですか?」

『ん? まぁそうだね。言葉にするのは難しいけど……今はだらぁって横になってる感じ? つまり簡単に言うと寝ちゃいそうなくらい休まってる』

「そういう感覚ですか」

「へぇ、ちょっと興味深いね」

『レイヴェルが魔力流してくれたらもっと良い感じになるかな』

「魔力? こうか」

『うはぁ! そうそう、いい感じいい感じ。あーリラックス。ファーラとしてた拳闘術の練習の疲れも癒されてくぅ……』


 柄を握るレイヴェルの手からじんわり魔力が流れ込んでくる。あったかい魔力だ。

 これだけで体が休まる。あぁ、マジで寝そう。


「なんか声聞いてるだけでわかるほどだらけきってるな」

『だってぇ。この感覚……どうしたら伝わるかなぁ』

「いやまぁ、俺としては別に構わないんだけどな。休めるうちに休んどいてくれ」

『えへへ、ありがと』

「自由だねぇ全く」

「あぁ、だが別に咎めるようなことでもないだろう。だが、クロエ。くれぐれも気を抜き過ぎるなよ。このあたりから魔物も増え始める。そうなった時には対処しなければいけないんだからな」

『はいはい。わかってるって。全くもう、ヴァルガは昔から真面目すぎるんだから』

「だよねぇ、アタシもそう思うよ。もう少し柔軟性ってものを持っていいと思うんだけど」

「真面目過ぎるんじゃない。お前達が不真面目なだけだ」

「そうですね。クロエさんに関してはそう思います」

「ファーラ、お前はさっきの村でも酒を飲もうとしてたこと知ってるぞ。俺の目がないからと羽目を外しすぎだ」

「ギクッ、な、なんで知ってんのよ」

「やっぱりか」

「あ! カマかけたわねヴァルガ!」

「かかる方が悪い。全くお前と言う奴は。あのな、今が任務中であるということを理解しているのか?」

「あー、あー、聞こえない聞こえなーい」

『あははっ』


 懐かしいなぁこういうやり取り。真面目なヴァルガと不真面目なファーラ。でも実力は同じくらいだから事あるごとに対立して。

 でも、昔ならここから派手な喧嘩に発展してたけど、そうならないってのは変化した部分か。それが嬉しいような、寂しいような。

 複雑な感じだ。変わらない、変われないオレを置いて、ヴァルガもファーラもカムイも……みんな変わってく。ラミィは……あんまり変わってなかったけど。あれは種族的なこともあるか。


「クロエ?」

『ん、何? どうかした?』

「いや、聞きたいのは俺の方なんだが」

『え?』

「なんか今、気のせいかもしれないけど。冷たい感覚がクロエから流れてきた気がしたんだよ」

『っ!』

「だからなんかあったのかと思ったんだが」

『……ううん、なんでもない。というか、もう大丈夫になった』

「どういうことだよ」

『気にしないで』


 不変である魔剣少女、そんなオレに訪れた大きな変化か。

 誰かが傍にいる。それだけでこんなに温かい気持ちになれるんだな。

 今のオレはもう一人じゃないんだ。あの頃はもう戻ってこないけど、こうしてオレの傍に居てくれる人がいる。

 そんな当たり前のことを再認識しながら、気付けばオレは眠りに落ちてしまっていた。

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