第115話 クロエの距離感

〈レイヴェル視点〉


 剣の姿になったクロエは気付けばその姿のままスヤスヤと寝息を立てていた。


「寝てる……」

「この状況でぐっすり眠れるなんて。ずいぶん図太いと言いますか……」

「それだけレイヴェルの傍にいて安心してるってことでしょ。じゃなきゃクロエも寝たりしないわよ」

「あぁ、そういうことだろう。クロエのこんな姿を見ることになるとはな」

「昔は違うかったんですか?」

「性格は昔から変わらない。まっすぐで、明るくて、でもどこか抜けている。だからこそ俺達も放っておけなかったんだけどな。だから気付けばこいつの周りには人が集まる。魔剣少女どうこうではなく、クロエ自身の光に導かれるように」

「…………」


 確かに、なんとなくヴァルガさんの言うことには思い当たる節がある。

 オレとクロエが出会った時も、こいつは王都でえらく人気だったしな。

 思い出すのは王都でクロエと一緒に働いてた『黒剣亭』の店主とその息子の……確かサイジだったか。そいつのことだ。

 店主の方はわからないけど、サイジの方はまさしくクロエの光に当てられた奴だった。

 当てられ過ぎた感じもあるけど……いや、それは俺も似たようなもんか。


「アタシ達と会った時もそうだったねぇ」

「ファーラさん達と会った時ですか?」

「あぁ。二十年くらい前だったか……俺とファーラは狼族に伝わる風習で武者修行の旅に出ていてな。そんな時にこいつ出会った」

「聞いたことがあります。狼族はあえて自らを危険の中に置くことで戦士としての成長を促すと。修行の旅もその一環だったわけですね」

「あぁ、そういうことだ。旅は二人一組。族長によって選ばれる。その年選ばれたのは若手の中で最有望株だった俺とファーラだった。だが、当時の俺とこいつはすこぶる相性が悪くてな。一人なら苦戦もしない魔物相手に無様にも危機に陥ってしまった。そこをクロエとキアラに助けられたんだ」

「キアラ……クロエの大切な人ですよね」

「私も師匠から聞いたことがあります。ハーフの魔人族の女性だったと。かなりハチャメチャな人だったそうですね」

「あぁそうだねぇ。クロエはキアラのことをやいやい言うけど、アタシらからしたら似た者同士さ。気付けば色んなことに巻き込まれてく。だからアタシらも目が離せなくてね。放っておけないっていうか」

「だが、あらゆる意味で俺達の中心だったのは事実だ。危ないことも多々あったが、それ以上に思い出が多すぎるな」

「そうだね」


 そう言ってどこか遠い目をするファーラさんとヴァルガさん。その目は前にクロエが昔の話をしてた時にしてたのと同じ目だ。

 過去を懐かしむ、もう戻ってこないものを憂う瞳。


「……あぁ悪いね。湿っぽくなっちまって」

「いえ、気にしないでください。お二人にとってもキアラって人は大事な人だったんですね」

「あぁ、それは間違いないね。でも今のアタシ達はもう昔みたいにクロエの傍にいることはできない」

「……あぁ。今の俺達は背負うものが増えすぎた。だからこそ、レイヴェル。お前にクロエを託したい。フェティ、お前にもだ」

「っ、私も……ですか」

「あぁ。どうやらクロエはお前のことを相当気に入っているようだからな」

「あぁ確かに。かなり気に入ってるみたいだね。昨日は一緒に寝たりしたんだろう?」

「そうですが……あれは彼女が無理やりやったことです」

「だからこそだよ。クロエはあんまり人見知りするタイプじゃないから、すぐに誰とでも仲良くなれる。でもね、必要以上に誰かを近づけようとはしないんだ。理由はなんとなく想像できるけどね。でもそんなクロエがあんたには一緒に寝ようとするほどの心を許した。かなり珍しいよ。アタシらだってクロエに本当の意味で心を開いてもらうまでには時間がかかったってのに」

「そう……なんですか」

「そう言うわけだ。これからも色々と問題を起こすだろうが、どうか改めてよろしく頼む」

「どうか呆れないでやってね」

「どっちかって言うと俺がクロエに助けられてる感じなんで、頼まれるのもなんか変な感じですけど。俺の方がクロエに呆れられないように頑張らないといけませんし」

「それなら心配ないでしょ。クロエはあんたにぞっこんだから。今もそうやって無防備に寝姿晒すくらいにね。信頼の証ね。自分で言っといてなんだけど、ちょっと嫉妬もんだね」


 チラリと剣の姿のまま眠りこけているクロエに目を落とす。完全に安心しきった寝姿だ。起きる気配もない。

 信頼……か。

 クロエは俺のことを信頼してくれてる。でも、俺はその信頼に応えれるだけの力がない。

 情けない話だけどそれが現実だ。

 ファーラさんもヴァルガさんも、本当なら自分達が一番クロエの傍に居たいはずなのに。

 ……ずっと前から思ってることだけど、早く強くならなきゃな。

 そう俺が改めて決意を固めていると、不意に竜の卵がある左眼が疼いた。


「っ……」

「どうしたんですかレイヴェルさん」

「いや……今なんか変な感じが……」

「変な感じ? それは——っ!」

「来たようだな」

「どうしたんですか二人とも」


 ヴァルガさんとファーラさんが急に周囲を警戒するように耳をピクピクと動かす。

 そして、それからすぐにヴァルガさんが馬車を止めた。


「気持ち良く寝ているところ悪いが、クロエを起こしてくれ。魔物の群れが来たようだ」

「っ!」

「はっ、上等だよ。さっさと片付けちまおうかね!」


 クロエが起きるのも待たずに二人はさっさと馬車を降りてしまう。

 

「あっ……おい、クロエ起きろ!」

『んえ?』

「魔物の群れだ。俺達も迎撃に出るぞ」

『っ! う、うん!』


 クロエが淡く光り、剣の姿から人の姿へと戻る。


「よし起きた! 行こうレイヴェル、フェティも」

「あぁ、いくぞ!」

「はいっ」


 そして、先に降りたヴァルガさん達の後を追って、俺達も馬車から降りるのだった。

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