第116話 魔物の群れ

 気付けば寝てたオレは、レイヴェルに起こされて慌てて馬車の外へと飛び出した。

 まったく、人がせっかく気持ち良く寝てたってのに。こんなタイミングで魔物の襲撃とかマジでありえない。

 この苛立ち、全力で魔物にぶつけさせてもらう!


「あ、やっとできたのね寝坊助」

「ね、寝坊助じゃないって。ちゃんと起きたんだから」

「ぐーすか寝てたくせに。ま、いいけどね。それより準備しなさい。こっちに向かってる魔物……どうやら結構な数みたいよ」

「っ……」


 ファーラに言われて周囲の気配を探ってみれば、確かに四方から近づいて来る魔物の気配……でもこれは、いや、というか……。


「数ヤバくない!?」

「なんか地鳴りまで聞こえるんだが……」

「どうやら相当数が近づいてるみたいだねぇ。あちらさん方はもう迎撃に出てるみたいだよ」

「あちらさん方って……ライアさんと狐族の人たちか。つまり私達は出遅れちゃったのか」

「出遅れたってより、あっちが早すぎるって感じだけどねぇ。それに数は多いけど有象無象の集まり。うん、試すにはちょうどいいんじゃないかしら。ねぇクロエ」

「ん、そうみたいだね」

「試すって……なんのことだ?」

「私がさっきの村にいる間にファーラから教えてもらった拳闘術! 今こそまさにこの拳闘術をお披露目する時!」

「お披露目ってあんたねぇ。そもそも、アタシの教えた拳闘術ほとんど原型残らなかったじゃないか。全部我流に変えちまって。アタシが教えたのは狼族に伝わる拳闘術——『牙狼拳』の基礎だったけど、あんたのそれはもう『牙狼拳』じゃない。言うなれば『破塵拳』」

「『破塵拳』……なんていうか、物騒な名前ですね」

「そりゃもうね。あの技を見たら」

「あの技?」

「ふふん、楽しみにしててレイヴェル。きっとびっくりするから!」

「なんでそこであんたは自信満々になれんだか。まぁいいけどね。この不愉快な臭い……近づいて来てるのはゴブリン系とスライム系……後は……ん? これはドリアードの臭い? どうしてこんな場所で。まぁいいか。うん、そんなに危険度の高い魔物はいなさそうだね」

「臭いでわかるんですか」

「そりゃアタシらは獣人だからね。ましてや戦いの中に身を置いてんだから、それくらいは意識すりゃわかるようになるさ」

「へぇ……獣人ってすごいですね」

「レイヴェル、あまりこいつの言うことを信じない方がいい。獣人の方が鼻が利くのは確かだが、こいつは特別だ。俺も魔物の臭いはわかるが、この距離で種を判別できはしない。そうだろう、ファーラ」

「えぇ、そうですね。私にいたっては魔物臭いを少し感じる程度です。数も種類もわかりません」

「そ、そうなのか」

「ファーラは昔から鼻が良いもんねぇ。私はゴブリンの臭いなんかわかりたくないけど」


 今までゴブリンと遭遇したことは何回もあったけど体を洗うような習慣のないゴブリンはそりゃまぁ臭いが酷い。そんな臭いを遠くからでも感じとれるなんて考えようによっちゃ最悪だ。少なくともオレは嫌だ。


「臭いはある程度慣れだけどねぇ。ま、いいさ。他の二組に全部奪われちまう前にこっちも迎え撃つとしようか。身につけた力、レイヴェルに見せてあげな」

「うんっ!」


 確かにファーラの言う通り、『牙狼拳』を身に着けることはできなかったけど、その代わりにオレなりの戦い方の形は見えた。

 まぁ、本来は魔剣の姿で戦うのがメインなわけだから、極める必要はないのかもしれないけど。少なくとも、レイヴェルの足を引っ張らない程度には戦えるようになっておきたい。

 ま、オレが戦うためには人の姿でも結局レイヴェルの力を借りないとダメなんだけど。

 そうこうしてる間にどんどん魔物の群れが近づいて来た。

 うお、ホントにすごい数……百以上いるな。ライアと狐族の奴らが戦っててもこれだけ数がいるって、相当な気がするけど……でも確かにファーラの言う通り、ゴブリンとかスライムばっかりだ。上級の魔物はいない。

 うん、これなら問題なくやれそうだ。


「レイヴェル、魔力借りるからね!」

「お、おう」

「それじゃあみんなは巻き込まれないように後ろに下がってて」


 やり方は学んだ。でもまだ完璧に制御できるわけじゃない。だからオレの《破壊》の力に巻き込まないように配慮する必要がある。


「ふぅ……」


 迫りくる魔物の群れを前にレイヴェルから受け取った魔力を《破壊》の力へと変換していく。もう何度もレイヴェルから魔力は受け取ってるから、《破壊》の力への変換効率は上昇してる。前までよりも無駄なくレイヴェルの魔力を使えてるはずだ。

 ファーラから戦い方教えてもらって学んだことがいくつかある。まぁ当然と言えば当然だけど、オレ自身には魔力はない。全く生成できないってわけじゃないけど、普通の人に比べたら微々たるものだ。とても使えるものじゃない。

 つまりその辺りからして、魔剣少女と人間は違う。オレの体は自分で自分の戦うための力を生み出せない。本質が武器であることを考えたら当然だけど。

 で、結局の所何が言いたいのかといえば、オレは普通の人がするみたいに魔力を全身に張り巡らせることができないんだ。

 いや、厳密に言えばできるんだろうけど……今のオレにそこまで精緻な魔力操作の技術はない。だってそうだろ。この世界には魔力なんてものが普通にあるけど、オレはもともと魔力なんてない世界から来たんだ。

 魔力の動かし方なんて知ってるわけがない。そしてそれはこの姿になってからも一緒だ。

 魔力を感じることはできるようになっても、使い方なんて誰も教えてくれなかった。

 鳥じゃないのに翼を与えられて、さぁ飛んでみろって言われてるようなもんだ。生まれた時から慣れ親しんだものなら扱えるだろうけど、そうじゃないものは扱えない。

 でもそれは逆に言えば、生まれた時から慣れ親しんだものに変換すればいいってことだ。魔剣少女的に言うなら、魔力を《破壊》の力に。

 そしてオレは《破壊》の力なら使い方をある程度は知ってる。この《破壊》の力を攻撃だけじゃなく、身体強化にも使えばいい。

 それがオレとファーラの達した結論。でも、《破壊》の力はそもそもそんな風に使うことは想定してない。だからまぁ制御が難しくて。

 結果として生まれたのが《破塵拳》。オレしか使えない拳闘術だ。


「さぁ、私の拳闘術……見せてあげるっ!」


 そして、オレは魔物達の群れに正面から突っ込んでいった。

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