第88話 飛空艇ドミニオン

 飛空艇に乗ったオレ達は馬車や馬なんか比較にならないほどの速さでケルノス連合国に向かって飛んでいた。


「うわぁあああ、すごいすごい!」


 飛空艇ドミニオン。その甲板から見える空の景色にオレは思わず心を躍らせていた。


「ねぇレイヴェルすごいよ! ほら見てよ!」

「お、おう……」


 テンション爆上げのオレと違って、なんでかレイヴェルはどこか浮かない顔をしてる。


「どうしたの?」

「いや、別にどうしたってことはないんだが」

「? まぁなんでもいいけど。どうもないならさ、ほら、こっちから見える景色が」

「っ!」


 レイヴェルの手を引いて船の縁に近づこうとしたその途端、レイヴェルの体がビクリと震えた。

 もしかしてだけど……でも考えられる可能性は一つか。


「ねぇレイヴェル。もしかして……怖いの?」

「べ、別に怖くねーよ!」

「んー、じゃあほら。ここに立ってよ。私の隣」

「な、なんでだよ!」

「怖くないんでしょ?」

「別に怖くないけど、でも別に立つ必要もねーだろ」

「やっぱり怖いんじゃん。別にそんなに隠さなくても……バカにしたりするわけじゃないし」

「う……」


 まぁ男としてそういうの認めたくないって気持ちはわからないでもないけど、でも相棒であるオレにまで隠し事は無しだ。

 オレがレイヴェルにいくつか隠し事をしてるってのは……今は置いとくとして。

 とにかく。もしレイヴェルが高所恐怖症だって言うなら、もしかしたら今後受けれる依頼にも関わって来るかもしれない。

 だから知っておくべきなんだ。


「……別に本当に怖いわけじゃないんだ。ただなんとなく高い所から下を見下ろすとビクッとするだけだ」

「いやそれはもう怖いんだよ」

「…………」

「んー、でもおかしいよね。前にシエラの背に乗った時は全然平気だったのに」


 あの時のレイヴェルは別に高所恐怖症なんて感じはなかった。普通にシエラの背に乗ってたし。

 それがなんで急に怖がる必要が……ん?

 いや待て。だからこそか。


「ねぇレイヴェル。もしかしてなんだけどさ。ラミィのせいで高所恐怖症になっちゃった感じ?」

「……可能性はある」

「はぁ……だよね。っていうかそうじゃん。その可能性しかないよね。そっかあれが原因かぁ……」


 レイヴェルが高所恐怖症になった理由。

 ラミィがシエラに荒い乗り方をしてたせいだろう。十中八九確実に。

 オレはラミィに守られてたけど、レイヴェルはそうじゃない。里に着くまでの間なんども落ちかけて、九死に一生みたいな経験をし続けてた。

 そりゃ今まで平気だった高所が怖くなったとしても仕方ないのかもしれない。


「えーと、ごめんねレイヴェル。ラミィのせいで」

「クロエが謝ることじゃないだろ。俺もさっき気付いたばっかりだけど……さすがにこのままってわけにはいかないだろ」

「え、どうして?」

「どうしてってお前なぁ……忘れたのか?」


 そう言ってレイヴェルは自分の左眼の方を指さす。

 あ、そっか。忘れてたわけじゃないけど、レイヴェルの左眼には今竜の卵がある。

 いつか孵化する、竜の子。


「この竜が生まれたらちゃんと空を飛ばせないといけないって本に書いてあっただろ。そんで、ある程度大きくなったらどっちが主かわからせるためにその背に乗らないとダメだって。つまり、高所恐怖症のままじゃダメなんだ」

「あー、そっか。なるほどねぇ。ちゃんと考えてたんだ」

「当たり前だ。命を預かったんだ。適当なことはできねぇよ」

「ふふ、レイヴェルのそういう所すごくいいと思う。よしわかった! それじゃあ私も相棒として克服に付き合ってあげる!」

「は? って、おいぃいいいっ! 無理やり引っ張るな!」


 克服するなら長引かせるより早い方が良いということで、オレはレイヴェルの手を無理やり引っ張って縁に立たせる。

 もちろんオレは高所恐怖症の治し方なんて知らないから荒療治だ。

 こういうのって慣れだと思うし。まぁ、これでもし悪化したら……その時はその時ってことで。


「大丈夫大丈夫。怖くないから。ほら、足元はしっかりしてるし。私もちゃんと手を握ってるから。ね?」

「…………」

「ほら、ゆっくりでいいから」


 できる限り優しい声で目を開けるように促す。

 するとレイヴェルはおそるおそるといった様子でゆっくりと目を開けた。


「あ……」

「怖い?」

「怖いかどうかって聞かれたら……まだちょっとビビってる所はあるけど、でも、さっきまでよりはマシだ」

「でしょ? 私が傍に居る限り絶対に大丈夫なんだから。だから安心して——」

「おーおー、お二人ともお熱いですねー」

「お邪魔虫しに来た」

「「っ!」」


 急に聞こえてきた第三者の声に驚いたオレ達は弾かれるようにその場から離れる。


「リ、リオさんにラオさん。いつからそこに」

「んー、来たのはついさっきだけど。なかなか良いものが見れてリオは満足です」

「ラオも。やっぱり二人は付き合ってる?」

「「付き合ってません!」」

「でーもねぇ。付き合ってもないのにあの距離感は」

「怪しすぎる」

「レイヴェルは私の相棒ですから! 相棒なら別に、全然全くおかしなことなんてありません!」


 ニヤニヤとこっちを見てるラオさんリオさん。

 普段の雰囲気は全然違うのに、こういうところ見るとやっぱり双子なんだって思わされる。


「っていうか、お二人は船の操縦してたんじゃないんですか?」

「問題ない。自動操縦に切り替えた」

「この船そんなことまでできるんですか……」

「もちろん。帝国の最新機だから」

「え、この船帝国製なんですか?」

「うん、そう。この間帝国で幻獣の討伐依頼を受けて」

「幻獣!?」


 驚きのあまり大きな声を出してしまった。


「幻獣って……あの幻獣ですか?」

「たぶんその想像通りの幻獣だと思うけど」


 幻獣。この世界とは異なる世界からやってくるとされる魔物。

 一応魔物ってことになってるけど、その強さは正直桁違いだ。一体現れるだけで国難レベル。実際過去には幻獣に滅ぼされた国がいくつもあるくらいだ。

 それこそ魔剣使いが相手をしなきゃいけないような存在だけど。


「その幻獣を……三人で倒されたんですか?」

「ううん。違うよ」

「あ、ですよね。さすがに幻獣は三人じゃ——」

「幻獣はリーダーが一人で討伐した」

「え……」


 幻獣を……たった一人で?

 いや、そんなことができるのなんてオレが知ってるなかじゃそんなことができるのは先輩くらいだ。


「本当ですか?」

「うん。本当も本当。これまでに何体かリーダーが一人で幻獣を討伐してる。あの人はそれができるだけの力を持ってるから」

「…………」


 この話が嘘じゃないなら、ライアは正真正銘の規格外だ。

 魔剣使いでも難しいことをやってのけるなんて。


「ホントに人間ですか?」

「たまにリオ達も疑うけどねぇ。人間だよ。ちょっとだけ特別な、ね」

「特別?」

「ま、そのことは私達から言うことじゃないから。ってそうだ。二人に伝えることがあったから来たんだよリオ達。あのね、あと二時間くらいでケルノス連合国の首都に着くから。それまで自由にしてて良いってリーダーから伝言」

「今のうちにゆっくり休んでおくとよい。食べたい物があれば自由にしてくれて構わない」

「わかりました」

「ありがとうございます」

「そんじゃまた後でねー。あ、そうだ。リーダーの部屋には近づかないようにね。今仮眠中だから」

「もし近づいたら本気で斬られかねない」

「そーいうこと。じゃ、イチャイチャするのもほどほどにね。リーダーが嫉妬しちゃうから」

「だからイチャイチャしてません!」


 オレが全力で否定してもリオさんはケラケラと笑うだけでまともにとり合わず、そのままラオさんと一緒に船内へと戻っていった。


「ホントにもう……」

「はぁ、リオさんに何言っても無駄だと思うぞ。というかむしろムキになって言い返せば言い返すほど思うつぼだ」

「そうかもしれないけど……」

「まぁそのうち慣れると思うぞ。たぶんな」

「だといいけど。それにしても幻獣を一人で討伐か……」

「幻獣。俺は噂くらいでしか聞いたことないけど」

「とんでもない、なんてレベルじゃないよ。まぁ、だからって認めはしないけど」

「そこだけは頑なだな本当に」

「実力がすごくても性格があれじゃ台無しだよ。ってそうだ、レイヴェルは時間までどうするの?」

「まぁとくにすることもないから軽く食事だけして休もうかと思ってるけど」

「そっか。じゃあ私も一緒に行く。もう空の景色は十分楽しんだし」

「おわっ、急に押すなって危ないだろ」

「いいから早く、ご飯ご飯♪」


 レイヴェルの背を押してオレ達も船内に戻った。

 ケルノス連合国に着くまでの間、しっかり英気を養うことにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る