第87話 出発の日
〈レイヴェル視点〉
イグニドさんから依頼を受けてから二日後。
クロエに手伝ってもらいながら獣人族について勉強したり、ライアさんに剣の修行をしてもらってたらあっという間に過ぎ去った。
ライアさんとの剣の修行については相変わらずだ。俺が何度も挑んではボコボコにされる。昨日なんかはまた隠れてついて来てたクロエが乱入してきてさらに大変なことになりかけたんだけど……まぁそのことについては今はいいだろう。
この二日間、獣人族について勉強するうちに俺は自分が思ってる以上に何も知らないってことを学んだ。
どんなものを食べてるのかとか、どんな生活をしてるのかとか、種族ごとの特徴とか。正直二日で覚えきれるもんじゃなかった。
それくらいには知らないことが多かった。
クロエは他種族のことだから仕方ないって言ってくれたけど、これはそれ以前の問題だ。
いかに自分が不勉強だったか、余裕が無かったのかってことを痛切に感じさせられた。
ま、そんな後悔は今さらしてもしょうがない。それに後悔はするだけじゃ意味が無い。その後悔をどう生かすか。それが大事だってイグニドさんに俺は教えられた。
また同じ後悔をしないために俺に何ができるのか。そのことをちゃんと考えておくべきなんだろう。
そうだな、まずは——。
「ねぇレイヴェル。何難しい顔してるの?」
「うぉっ! ってなんだ、クロエか」
「なんだって何よぉ。逆に私以外の誰だと思ったの?」
「いや、別に誰ってことはないけど。単純にびっくりしただけだ。考え事してる時に声かけられたからな」
「何をそんなに考えてたの? ライアさんをボコボコにする方法?」
「アホか」
「あいたっ!」
ほんっとにこいつはどうしてこんなにライアさんを敵視するのか……はぁ、まぁあんだけ敵意向けられたら無理もないだろうけど。
でももう少しなんとかできないもんかな。少なくともこれからしばらく一緒に行動するわけだし。気まずい空気のまま一緒に動くのはさすがに嫌だからな。
でもなぁ、クロエもライアさんも頑なだからなぁ。ラオさんとリオさんが手助けしてくれたらなんとかってところか?
「また難しい顔してる。そんなに眉間に皺寄せてたら、癖がついちゃうよ」
「誰のせいだと思ってんだ」
「誰のせいなの?」
「お前だよ!」
「私なの!?」
「なんで本気で驚いてんだよ!」
「え、だってそんなレイヴェルを困らせるようなことした覚えは……少ししかないし」
「少しはあるんじゃねーか!」
「まぁなんとなくは……でも、もし想像してる通りだったとしても、レイヴェルが気にすることじゃないよ。これはたぶん、私達の問題だから」
「そうかもしれないけどなぁ」
「大丈夫。あっちも冒険者のプロなわけだし。私も長年生きてき——ゴホン! まぁちょっと人生経験は豊富だから。嫌いでも仕事はちゃんとこなすから!」
「そうか? まぁ心配だけど……お前がそう言うなら信じるよ。それより、そろそろ時間だし移動するか。遅れたら申し訳ないしな」
「そうだね。ライアさんはともかく、ラオさんとリオさん待たせるのは申し訳ないし」
「……お前、本当に大丈夫か?」
クロエの言葉に一抹の不安を覚えながらも、俺達は集合場所へと向かった。
■□■□■□■□■□■□■□■□
集合場所はイージアの外だった。
街の中では目立つからって言ってたけど……どういうことなんだ?
「ここからケルノスまで結構あるけど、何で移動するんだろうね」
「あぁそうだな。こっからだと普通に馬で移動しても一週間はかかるだろうしなぁ」
「結構遠いもんねぇ」
ケルノス連合国は大陸の東に位置する巨大国。ゼラス帝国と並ぶ世界最大レベルの国家だ。
人口にいたっては世界で一番多い……らしい。
調べた資料によるとそうだって話なだけで、実際のところは知らないけどな。ケルノス連合国の中央都市はなんでも100万人近い人口がいるらしいし。
そんな数字正直桁が違い過ぎて想像もできない。
このイージアでも10万人前後。その十倍だからな。
「なぁクロエ。お前はケルノスに行ったことあるんだろ?」
「うん。何度かね」
「正直調べただけだと全然実感がなくてな。実際どんな国なんだ?」
「うーん、どんなって言われると難しいけど……帝国ほどじゃないけど、規格外の国って感じかな。ケルノスが色んな国が一つになってできた国だってことは知ってるよね?」
「まぁ、それはな。今の王様が一つに纏めたんだろ?」
「ざっくり言うとね。今からだいたい六十年くらい前のことかな。あの頃は今よりずっと国同士の対立が激しくて。特に獣人達の国々は本当に酷かったの。毎日どこかで大きな戦が起きる。そんな時代。そんな時に立ち上がったのが今の王。獣王カムイ。彼は獅子の獣人だったけど、獅子族だけじゃなくて、様々な種族の獣人を束ねて次々と戦に勝利していった。そうしていくうちに彼の力とカリスマの下に集う獣人が増えていって……そうして出来上がったのがケルノス連合国の原型。それからも色んな苦労はあったみたいだけど、彼の力があって今のケルノス連合国が出来上がった。獣人達の、獣人達による、獣人が迫害を受けないための国。手と手を取り合って協力し合う国が。ま、全部が上手くいってるわけでもないみたいだけど……って、どうしたのレイヴェル?」
「……いや、まるで経験したみたいな話し方するから」
「っ!?」
「もしかしてお前——」
「違う! 違うから! そ、そそそそんな六十年も前のことなんて経験してるわけないじゃん! だって私17歳だし! 17歳だしっ!!」
「そんな必死にならなくても……」
「とにかく、絶対に違うから!」
「お、おう……」
今さら別にクロエの年齢を聞いたくらいで驚くことはないと思うんだが……そういうことじゃないんだろうな。
マリアさんとかイグニドさんも年齢のこと言うと怒るし。俺にはよくわからん感覚だけど。
長年の経験が告げている。これは踏み込んではいけない事案なのだと。
「ゴホン、とにかく。ケルノス連合国は獣人にとっては過ごしやすい国だと思うよ。逆に言うと、それ以外の種族はちょっと苦労するかもね。文化の違うとか結構あるし。食べ物とかとくに。まぁちょっと調べた感じ最近は他国の客人も意識してるらしいから大丈夫かもしれないけど」
「なるほどな。あくまで獣人族の国ってわけだ」
「そういうこと。だからってこっちが迫害されるようなことはないし、私がいる限りそんなことはさせないけど」
顔が本気だ……。
まぁ、クロエがここまで言うってことはそんなに心配しなくても大丈夫だろう……たぶん。
獣人達の国、ケルノス連合国。そして獣王カムイか。
どんな人なのかちょっと気になるけど、直接会うようなことはないだろ。一国の王なわけだしな。
「ねぇレイヴェル」
「ん? なんだ?」
「ライアさん達遅くない?」
「……言われてみれば確かに」
俺達が集合場所にたどり着いたのもそんなに早いわけじゃない。
集合時間までもうすぐなんだが……。
「もしかして寝坊してるんじゃない?」
「そんなわけないだろ。あのライアさんに限って」
「わからないよ。あのタイプは案外時間にルーズだったり——」
「誰が時間にルーズなんだ小娘」
「「っ!?」」
その声は俺達の頭上から聞こえてきた。
驚いて弾かれるように上を見上げた俺達は再び驚きに目を見開いた。
「んなぁっ!?」
「な、なにこれ……」
俺達の頭上にあったのは、巨大な船だった。見たこともない白い船。
それが空に浮かんでいるんだから驚くなという方が無理だ。
「飛空艇ドミニオン。これが今回私達をケルノス連合国までの移動手段だ」
ライアさんのその言葉に、俺とクロエは絶句することしかできなかった。
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