第86話 いつか紹介したい人

「それにしても、獣人族の国か……」


 ギルドから出た後、レイヴェルが考え込むよう呟いた。


「どうしたの?」

「あぁいや、実は俺、獣人族の国には行ったことないんだよ。この国にも獣人はいるけどな」


 確かにレイヴェルの言う通り、オレ達のいるセイレン王国は多種族国家。人族だけじゃなくて、エルフ族、ドワーフ族、獣人族。それからごく少数だけど魔人族と竜人族もいる。

 獣人族に関しては結構人数もいる。ま、全部が全部上手くいってるかっていうとそういうわけでもないけどさ。

 やっぱり種族ごとに違いはあるし。この国はまだ上手くやってるほうだと思うけど。

 人族至上主義の国なんかだと他の種族は奴隷みたいな扱いされることもあるし。

 でもそうか。レイヴェルは獣人族の国には行ったことないのか。

 うーん、なら少しだけ注意しといた方がいいかもな。


「ねぇレイヴェル。獣人族って穏やかな種族だと思ってない?」

「え、違うのか?」

「やっぱりそう思ってたんだ。まぁあながち間違いってわけじゃないんだけどさ。とくにこの国に来るような獣人族は穏やかな種族が多いし」


 まぁ冒険者としてこの国に来てる獣人族に関してはそうとも言いきれないけど、この街ではほとんど見かけたことないからレイヴェルが知らないのも無理はない。


「レイヴェルが知ってるのは兎族とか猫族、犬族みたいな他種族に対しても友好的な獣人ばっかりなんじゃない?」

「言われてみれば……確かにそうだな」

「でも一言で獣人族って言ってもその中にも多くの種が存在する。一括りにして獣人族って呼んでるだけなわけだし。他の国に来るような種はもとから他種族に対して友好的な種族が多いんだ」

「なるほどな。言われてみれば確かに納得だ。じゃあもしかして獣人族の国って結構危ないのか?」

「危ないとまでは言わないけどね。友好的な種が多いことは事実だし。でも、獣人族の国の中には竜人族と同じで排他的な種もいるんだ。たとえば、狼族なんかは人嫌い……というか、まぁ自分の種族以外に対しては結構攻撃的だったりするし」

「へぇ……よく知ってるな」

「まぁね。前に獣人族の国……ケルノス連合国には行ったことがあるから」

「ケルノスか。今度行く国なわけだが……そういう話を聞くと少しだけ不安になるな」

「あはは、まぁ気持ちはわかるけど大丈夫だと思うよ。ケルノスに行ったからって狼族に会う可能性なんてほとんどないし。もし会ったとしてもいきなり喧嘩吹っ掛けられるようなことはないだろうから……たぶん」

「いや、最後の一言ですごい不安になったんだが」

「今の獣人族の王様は友好的な人で有名だし。大きな問題も起きてない。だから何も気にせず依頼に集中できると思うよ」

「ならいいんだけどな。それにしても……よく知ってるな」

「ふふ、すごいでしょ♪」

「ホントにクロエか?」

「それはどういう意味かな!?」

「ははっ、冗談だよ冗談。でも、本当ならこういうのもちゃんと俺が知っとかないといけなかったんだろうけど」

「レイヴェルって意外と知らないこと多いよね」

「多いっていうか、知らないことだらけだよ。村にいた頃はそんな勉強する必要はなかったし、ここに来てからも冒険者としての勉強で手一杯だったからな。他の国のことにまで手を伸ばしてる暇が無かったんだ」

「まぁそっか。普通はそうだよね。生きていくだけなら他の国のことなんて知らなくても生きていけるし。冒険者としてはどうなんだって話だけど」


 オレの場合は元の世界に戻る。元の体に戻る方法を探すために色んな国を巡ってたからなぁ。でもケルノスに最後に行ったのは……二十年くらい前か。

 ラミィと別れるちょっと前くらいだったはずだ。

 だから今の国がどうなってるかは断片的にしか知らない。まぁあの人が王様ならそうそう問題も起きないとは思うけど。

 

「大丈夫だよレイヴェル。レイヴェルには私がついてるし!」

「それは安心する材料としては弱いな」

「酷いっ! それが相棒に向かって言う言葉なの!?」

「でもクロエだからなぁ」

「レイヴェルの中の私がどういう存在なのか小一時間問い詰めたくなったよ」

「ま、でも本当にクロエにだけに頼るわけにもいかないからな。俺も勉強はしとかないとな。資料集めしとかないと」

「あ、それなら私も手伝うよ。今のケルノスがどんな風になってるのか知りたいし」

「助かる」


 オレの知識は昔のものばっかりだし。二十年もあれば世界は結構変わる。魔法の技術とかも昔に比べてずっと上がって魔道具の小型化とかも進んでるみたいだしな。

 昔人間にならないように常に新しい知識を手に入れる努力をしないと。

 それにしてもケルノスか……あいつらがいる国だけど、今頃どうしてるやら。

 うーん、ちょっと会ってみたい気もするけどさすがに会えないよな。遊びに行くわけじゃなくて依頼で行くわけだしな。

 あのバカみたいに広い国で会える確率なんて低いし。

 元気でやってるといいけど。


「……はぁ」

 

 なんか無性に会いたくなってきた。

 なんでだろ。ラミィと再会したりしたからか?

 それとも……。


「どうしたんだ?」

「……ううん。なんでもない」


 レイヴェルと会えて、心に少しだけ余裕ができたから……なんて、そんなわけないか。

 でもいつかレイヴェルのことはみんなに紹介しときたいな。

 所在のわからない先輩はともかく、他の人はどの国にいるかはわかってるわけだし。

 そうだな。時間ができた時にでも行けるようにしよう。

 先輩達は……ま、いつか会うだろ。ふらっとこの国にやってくる可能性も無くはないし。

 何より、あの人の名声は世界に轟いてるから近くにいたらすぐにわかるだろうし。


「それよりも、勉強するなら早く始めよう。時間は待ってくれないよ!」

「お、おい! 急に引っ張るなよ」


 今はとにかく目の前のことに集中する。

 そう心に決めて、オレはケルノス連合国についての資料集めに奔走するのだった。






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 ケルノス連合国。その近くにある森の中にて。


「……ようやく来たか」


 木の上で瞑目していたノインは人の気配を感じて目を開いた。


「遅いぞ。アリオス、クルト」

「遅くなった」

「わ、悪かったよぉ……で、でも仕方ないだろ。こんな暗くて怖い所。ボクは歩くのも怖いんだからさぁ」


 ノインの前に姿を現したのは高身長の男アリオスと、やたらビクビクと怯えて周囲を警戒している男のクルトだった。


「業炎の魔剣使いアリオス、そして毒腐の魔剣使いクルト……まさか主様が今回の作戦のために魔剣使いを二人も導入してくるとは」

「俺が求めるのは強き者だけだ。今回の依頼で強き敵と出会えるのか?」

「それについては問題はない。事前の調査で【剣聖姫】に依頼が出されていることは確認している」

「【剣聖姫】……あの女傑か。面白い。少しは楽しめそうだ」

「そ、そんな強い人とボク戦いたくないよぉ。ね、ねぇ今から襲って奪っちゃうのはダメなの? 魔剣使いが二人もいるし、どんな敵が居てもアリオスが片付けてくれるでしょ?」

「ダメだ。今『月天宝』は獣王のもとにある」

「獣王カムイか。魔剣を持たぬものでありながら魔剣使いに匹敵する力を持つという。その配下の魔剣使いも強者であると聞いている」

「その通りだ。この戦力であっても奪うのは容易ではない。狙うは新たな地点への移送時だ。その時ばかりは獣王もついて行かないからな」

「うぅ……いやだよぉ。怖いよぉ」

『情けないわよクルト。あなたも私を扱う者ならもっと自信を持ちなさい』

「ネヴァン……そんなこと言われても」

『アリオスを見習いなさい。はぁ、なんでこんな子を契約者に選んじゃったのかしら』

「もう何回も聞いたよそれ」

『ねぇアリオス。そこの脳筋女との契約を解消して私と契約しない?』

『誰が脳筋女だクソ女がよぉ』

『あら、誰もあなたのことだなんて言ってないわよヴォル。それとも自覚でもあったのかしら?』

『んだとゴラァ!』

「落ち着けヴォル。ネヴァンも、無用にヴォルを挑発しないで欲しい」

『残念。私は本気なんだけど』

「ボクはとっても複雑な気持ちだよぉ」


 そんな姦しいやりとりを見てノインは小さくため息を吐く。


「これで本当に主様の望みを叶えることはできるのか? いやしかし今回の人選は主様が選んだもの。私が口を挟むわけには……」

『おい陰キャ女。なにグチグチ言ってんだよ。どんな大層な作戦があるか知らねぇがなぁ、そんなもん全部このヴォル様とアリオスが正面から喰い破ってやんよ』

「……せいぜい期待させてもらう」


 

 クロエ達がケルノス連合国に向かう準備をしているその時に、ノイン達の作戦も動き始めていた。


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