第85話 獣人族からの依頼

「えっと……指名依頼ですか?」


 指名依頼。まぁ、そのまんまの意味だ。

 依頼の遂行能力があると認められた冒険者に対して出される依頼。主にギルドマスターから出されることが多いらしい。

 前のラミィからの依頼もまぁ指名依頼だけど。

 でも、この場でそれが言われるってことはつまり……つまりだ。


「もしかしてその……もしかしなくても、ライアさん達と一緒に受けるってことですか?」

「おぉ、その通りだ。よくわかったなクロ嬢」

「ほ、本気ですか……」


 前回の指名依頼もそうだったけど、基本的に指名依頼は短くても数日。長ければ年単位でかかるような依頼もある。

 今回の依頼がどんな依頼なのかはわからないけど、ライアと一緒に受けるってことはその期間は一緒にいなきゃいけないってことだ。

 ……いやいやいや! ありえないだろ!

 こうして今この空間に一緒にいるのも嫌だっていうのに、依頼で一緒に行動しないといけないなんてどんな拷問だ。

 この世界には《未来視》なんて能力を持った魔剣もあるけどさ。こんなの未来視がなくたってわかる。絶対にろくな事にならない! 断言できる!


「どうしたクロ嬢。顔が引きつってるぞ」

「い、いえ……なんでも……ないです」


 でもそれをここで言えるわけがない。

 これはオレに対してというよりも、イグニドさんからレイヴェルへの依頼だ。

 レイヴェルがさらに上へと至るために設けられた機会。オレが邪魔するわけにはいかない。

 だからオレは胸中に湧き上がる様々な思いをグッと押し留めてソファに座り直す。


「ふむ? まぁいいか。問題無いなら話を進めさせてもらうぞ。依頼の詳しい内容についてだ。まぁライア達にはもう話してあるから二度目になるが。我慢して聞け。いいな?」

「異論はない。依頼の再確認もまた重要な作業だからな。だが時間を無駄に浪費するのも好きではない。早く話せ」

「お前なぁ……師匠に対してのその態度、いい加減キレるぞ」

「それもまた面白い。私とまともに戦える相手など限られているからな。それならそれで構わないが? 師匠とは超えられるための存在だ。今ここで私が上だということを——」

「ストップ、ストォオオップ!!」

「そこまでにして欲しい」


 バチバチと膨れ上がり続ける二人の闘気。

 その間に割って入ったのはリオさんとラオさんだった。


「今はそんなことしてる場合じゃないですよねリーダー。見てください、レイ君もクロエちゃんも完全に置いてけぼりにされてますから」

「む……」

「イグニドさんも落ち着いて欲しい。こんなところで二人が戦ったりしたらギルドが壊滅する程度じゃすまない。ギルドマスターとしての冷静さは保って欲しい」

「う……」


 さすがと言うか、かなり手馴れてる感じだ。

 たぶんこんな感じの衝突は今までにも何回もあったんだろう。

 でも確かにこの二人が真正面からぶつかったりしたら……うん、正直想像もしたくないな。


「ねぇレイヴェル。二人っていつもこんな感じなの?」

「あぁ。まぁな。俺が会う前からの師弟らしいけど、俺が出会った頃にはもうこんな感じだった。ライアさんもイグニドさんも正直想像もできないくらい強いからな。冗談でも小突きあったりしたらこのギルドくらい余裕で消し飛ぶ」

「うわぁ……」


 魔剣も持たないのにそれだけの力を持ってるなんて。

 イグニドさんはもちろんだけど、ライアもやっぱり強いんだな。

 どっちが強いのかはちょっと気になるけど……そのために被害が出たりしたら意味ないしな。

 うん、できればこのまま有耶無耶にして欲しい。


「……まぁわかった。ラオの言う通りだ。時間がないのも確かだし。そこのバカ弟子に上下関係を叩き込むのはまたの機会にしてやる」

「同意する。そこのアホ師匠にどちらが上かを教えるのはまたの機会にしよう」

「「…………」」


 うっわぁ。この二人仲悪いな。

 こういう空気嫌いなんだけど。胃がキリキリするから。

 昔旅してた時も仲悪い二人いたけど、ずっとこんな調子だったしなぁ。

 まぁあの時は先輩がいたから二人が喧嘩したら実力行使で黙らせてたけど。

 あれも二十年くらい前だし、あの二人今頃どうなってるか。仲良くなってるといいんだけど。まぁ無理か。

 って、ついつい現実逃避を……。ダメだダメだ。ちゃんと話聞かないと。


「はぁ。それじゃあ依頼の中身を説明するぞ。今回の依頼は獣人族からだ」

「獣人族?」

「あぁ。獣人族の至宝の護衛任務だ。なんでも最近狙われたらしくてな。その時はなんとか守りきれたらしいんだが。それでも何度も守れるかはわからないからな。より警備が厳重な場所に移送するんだと。だが移送の最中がもっとも狙われやすい。そこで白羽の矢が立ったのがライアだった」

「それでなんで私達が一緒に?」

「私が決めた。今回の依頼、なんか臭うからな。こういう時のアタシの勘はよく当たる。そこで今回は魔剣の力を……つまり、お前の力を借りようと思ったわけだ。ま、単純にレイヴェルにとって良い経験になるだろうってのもあるけどな」


 ライアだけじゃなくオレの……魔剣の力も必要になるような事態。それって結構ヤバイ気がするけど。でもまぁあくまで予感って言うしなぁ。

 でもこういう人の予感ってよく当たるんだよなぁ。経験則的に。


「受けないってならそれでも良い。さぁどうする?」

「どうするも何も……私はレイヴェルの剣ですから。レイヴェルの意思に任せます」


 進むべき道はオレじゃなくてレイヴェルが決めなきゃいけない。

 今回に一件。明らかにきな臭いけど。それでもレイヴェルが行くって言うならオレは力を尽くすだけだ。


「俺は……俺は受けたいと思ってます。もちろん今の俺にライアさんほどの働きはできないですけど。でも、俺がさらに先に進むために、ライアさんと一緒に依頼を受けれる今回の機会を生かしたいと思ってます。どんな危険が待ってるとしても乗り越えてみせます」

「ふ、よく言った。それでこそ私の弟弟子だ。もし怖気づいて断ろうものならこの場で四肢を切断するつもりだった」

「怖いこと言わないでください!」

「冗談だ」

「ライアさんが言うと冗談に聞こえないんですよ……」

「あはは、リーダー滅多に冗談なんて言わないしね。だからそういう冗談がびっくりするくらいへたくそで。ほんと笑っちゃうくら——」

「リオ?」

「……黙ってまーす」

「リオは間抜け過ぎる。それは本当のことだけど、言わずに黙っていればバレないのに」

「ラオ、お前もだ」

「…………」


 押し黙った二人はそっと元の位置に戻る。

 なんとなく思ってたけど、この二人相当口が軽いな。


「何はともあれ、レイ坊、受けるんだな?」

「はい」

「ならよし。ロミナにはそう伝えて手続きをさせておく。出発は二日後だ。それまでにしっかり準備しておけよ。伝えることは以上だ。後は現地に行ったら現地のギルド職員から説明される」

「わかりました」

「話は終わりか? なら私達も行くぞ、リオ、ラオ。準備を始める」

「はーいっ♪ それじゃあまたね二人とも」

「わかった。二人とも、また今度」

「レイヴェル。お前も今日からしっかり準備をしておけ。いいな」

「わ、わかりました」


 それだけ言ってライアはリオさんとラオさんを引き連れて部屋を出て行く。

 っていうか、オレには何もなしかよ! 別に言って欲しくもないけど!


「私達も行こうレイヴェル。マリアさん達にまたしばらく出るって伝えてこないと」

「そうだな。それじゃあイグニドさん、失礼します」

「あぁ、お前達も十分気を付けろよ」


 イグニドさんに見送られてオレとレイヴェルも部屋を後にする。

 竜人族の次は獣人族か。

 獣人族っていうとあいつらがいる場所だけど。

 まぁとにかく、今回は前回みたいなことにならないように全力を尽くしてみせる!

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