第84話 指名依頼

 レイヴェルの朝の鍛練……というか、しごきの後、鈴蘭荘に戻ったオレ達はマリアさんの朝の仕事の手伝いをしてからギルドへと向かった。


「はぁ……またあの人と会わないといけないと思うと憂鬱だよぉ」

「お前、本当にライアさんのこと苦手なんだな」

「当たり前でしょ。むしろ好きになる要素がないし」

「そうか?」

「初対面からいきなり攻撃されて、否定されて、こっちの話もろくに聞こうとしない。それで好きになれると思う? むしろまだ嫌いって言わないだけ優しいと思って欲しい」

「いやまぁ、確かにそうなんだが……」


 困ったような顔で頭を掻くレイヴェル。

 まぁレイヴェルの立場を考えればその気持ちはわからないでもない。

 オレは相棒で、ライアは姉弟子。

 それだけじゃない。レイヴェルにとっては憧れの人っぽいし、オレだってできるなら悪く言いたくなんかない。

 でもあそこまで露骨に嫌悪されたら文句の一つや二つ言いたくなるってもんだ。

 レイヴェルが初めてラミィと会った時も大概だったけど、あの人はそれ以上だ。

 仲良くなるとかそれ以前の問題だ。


「俺もできればなんとかしたいんだけどなぁ。ライアさんは誰かに何か言われたからって自分の意見を変えるような人じゃないし。良くも悪くも我が強い人だし」

「それは見てたらわかるけど……やっぱり上級冒険者って変な人が多いよねぇ。あの人と一緒にいたラオさんとリオさんもなかなか個性的っぽいし」

「あの人たちはまだ優しい方だと思うけどな。いたずら好きってところを除けばだけど……」

「なんとなくわかるかも。いたずら好きっぽいよね、あの人達」

「あぁ、本当にな。俺もしょっちゅういたずら仕掛けられて。穴に落とされたり、料理を激辛にされたり……数え出したらキリがないくらいだ」


 げんなりとした表情で項垂れるレイヴェル。

 本当に苦労したんだろうな。


「今日は三人ともいるんでしょ?」

「そのはずだけど……いったいどんな用事なんだろうな。俺達だけが呼ばれるならまだしも、ライアさんまで一緒なんて」

「本当ならその辺りも昨日聞けたんだろうけど、あの人のせいで聞けなかったしね」

「頼むから今日は喧嘩しないでくれよ?」

「私は喧嘩する気ないけど。あの人次第でしょ。言っとくけど、あの人が最強の冒険者だろうがなんだろうが、何か言われたら絶対言い返すからね」


 言われっぱなしを受け入れるほどオレは優しくない。

 レイヴェルが嫌がるだろうからこっちから仕掛けるようなことはしないつもりだけど、それでも向こうから来るなら見逃す理由もない。

 全力で受けて立つ。ただそれだけだ。


「さぁ、いざゆかん戦いの場へ!」

「いや、向かうのはギルドだからな? お前俺の言ってること絶対わかってないだろ」






 それからギルドにたどり着いたオレ達は、依頼を奪い合う冒険者でごった返すホールを抜けてイグニドさんの部屋へと向かった。


「相変わらずすごい人だよねぇあそこ」

「無理もないだろ。依頼を取れるかどうかって生活に関わる死活問題だからな。まぁ上級冒険者になったらそんな心配もいらないんだけどな」

「ふーん」


 言われれば確かに冒険者が集まってたのは低級の依頼が貼ってあるボードだったな。

 A級とかB級のボードのところにはそんなに人がいなかった。

 ふむ、なるほど。

 低級の冒険者は早く上にあがるために少しでも多く、実入りの良い依頼を受けたいってわけか。


「レイヴェルは新しい依頼受けなくていいの?」

「本当なら受けるべきなんだけどな。でもイグニドさんから直々に呼び出されてるのにそんな暇ないだろ。それに、実は前のラミィからの依頼が想像以上に報酬が良くてな。しばらくは依頼受けなくても大丈夫なくらいだ。まぁ、実績を積むためにも依頼は受けるけどな」

「へぇ、そうだったんだ」

「いや、そうだったんだって……お前にも報酬半分渡しただろ」

「うーん、特にお金に困ってるわけでもなかったから中身よく確認しないまましまっちゃった」

「マジかお前……」

「後でちゃんと確認しとくね」

「そうしてくれ」

「ふぁ~……朝から仲良しだなレイ坊とクロ嬢は」

「あ、イグニドさん! おはようございます!」

「おはようございます」


 目の前に現れたのは大きな欠伸をしながら背伸びしてるイグニドさんだった。

 わざわざ部屋の前にいるってことはオレ達のこと待ってたのか?


「眠たそうですね」

「あぁ、まぁ色々とあってな。ギルドマスターも忙しいんだ。だから本当なら昨日のうちに話を終わらせたかったのに……あのライアのせいで。ま、愚痴ってもしょうがないか。ライア達はもう中にいる。早く入れ」

「はーい」

「今日は喧嘩するなよ。喧嘩したら今日はアタシも実力行使するからな」 


 う、イグニドさんまで言うか……まぁ言われてもしょうがないかもしれないけど。

 イグニドさんに連れられて、オレは若干緊張しながら扉をくぐる。


「ようやく来たか」

「む……」


 部屋に入るなり聞こえてきたのは尊大な声。

 ここはイグニドさんの部屋だっていうのに、ライアはまるで自分が部屋の主であるかのようにソファに堂々と座ってた。

 ソファの後ろには昨日と同じようにラオさんとリオさんが立って、こっちに向かって笑顔で手を振ってた。

 っていうか最初の一言が『ようやく来たか』ってどういうことだよ。

 普通は挨拶だろ挨拶。

 でもここで怒るな。グッと堪えろオレ。


「お、おはようございますライアさん。それにラオさんとリオさんも」

「ふむ。ずいぶん殊勝な態度だな。ようやくどちらが上か理解したということか?」

「~~~~~~っっ!!」


 こ、こいつ人が下手に出たら調子に乗りやがって……いっそこの場で全部破壊してやろうか。

 一歩踏み出しそうになったオレの手をレイヴェルが握って止める。


「落ち着けクロエ。えっと、おはようございますライアさん。って言ってもさっきぶりですけど」

「あぁそうだな。体の方に問題はないか?」

「えぇ。大丈夫です。まだ多少は痛みますけど、動くのに支障はないです」

「そうか。まぁ痛みもそのうち引くだろう。回復速度も前回までより上がっているようだな。なるほど、確かに以前までよりは成長してるようだ」

「あはは……それでも全然でしたけど」

「当たり前だ。たかだか一年程度で追い付かれるような、生温い鍛え方はしていない」


 チャキ、とライアの近くにあった長刀が音を鳴らして揺れる。

 こうして近くで見るとあらためてその大きさがわかる。それに……相当な業物だ。

 あれは魔剣じゃない。でも、向き合ってるだけで気圧されるような迫力を放ってる。

 きっとこれはオレが魔剣だからわかることだ。

 なるほど。一流の冒険者らしい一流の武具か……相当手入れもされてるし、そういうところはレイヴェルにもちゃんと見習って欲しい。

 昨日オレの『魔剣化』状態の体を洗ってもらったけど、たどたどしさは拭えなかった。頑張ってはくれたけどさ。

 まぁ今後の課題ってところか。繰り返してるうちになれるだろう。たぶん。

 オレも多少は恥ずかしいから慣れないといけないんだけど。


「だが安心しろレイヴェル。お前は私が魔剣に頼らずとも強くなれるように鍛えてやる」

「む……」


 おいおい。今の言葉は聞き捨てならないぞ。

 これは喧嘩だな? 喧嘩売られた判定で構わないな。

 上等だ買ってやる。


「あの——」

「そこまでだ。まだ昨日と同じこと繰り返す気か。おいバカ弟子。クロ嬢を挑発するは止めろって言っただろ」

「あぁ確かに聞いた。だが了承した覚えはない」

「あのなぁ……はぁ、頭が痛くなる。もういい。とりあえずレイ坊もクロ嬢も座れ。いい加減話を進める」

「……わかりました」

「なんとか堪えてくれたかクロエ」

「ギリギリだけどね」

「それじゃあ伝えるぞ。って言ってもライア達にはもう伝えてあるんだが。たぶん二人も察してるだろう。つーわけで、今回はアタシからの指名依頼だ」


 そう言ってイグニドさんは不敵な笑みを浮かべる。

 オレはその笑みにどうしようもない悪寒を覚えるのだった。


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