第73話 二人の約束

 一週間。

 ディエド達との戦いから一週間の時が流れていた。

 その間に色んなことがあった。主犯格であるドヴェイル達の処分についてとか、魔人族に攻められてめちゃくちゃになった里の補修工事とか。

 今もまだ外は騒がしいままだ。

 でも、正直今はそんなことどうだって良かった。


「レイヴェル……」


 あの戦いから一週間経った今もレイヴェルは目を覚ましていない。

 傷はもう塞がってるのに、死んだように眠ったままで……このまま目を覚まさなかったらどうしようとか、そんな不安に襲われて他のことなんて気にしてられない。


「クロエ」

「クゥン……」

「ラミィ、それにシエラも」


 声を掛けられて後ろを向いたらそこに立っていたのはラミィとシエラだった。

 二人もあの戦いで大怪我を負ってたみたいだけど、動き回れるくらいには回復したみたいだ。それでもまだ色んな所に包帯巻いてるけど。


「どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。あなたずっとレイヴェルの傍に付きっきりでしょ? まともに寝てすらいないじゃない」

「私なら大丈夫だから。ほら、私って魔剣だし」

「魔剣だからどうこうって話じゃないでしょ! いいから休んで。レイヴェルのことなら私達が見ておくから」

「ダメ! 私が傍にいないといけないの。レイヴェルは私の契約者だから。私の……私のせいでこうなっちゃったんだから」

「クロエ……ねぇ、あの戦いで時間稼ぎくらいしかできなかった私が言えるようなことじゃないけど、あんまり自分を責めないで。あなたとレイヴェルはよくやったわ。おかげで私達は何も失わずに済んだ。それは誇っても良いことなの」

「……ううん。違うよラミィ。確かに守れたのかもしれない。でもダメなの。私が一番に守らなきゃいけなかったのはレイヴェルなの。でも、守れなかった」


 確かにラミィの言う通りオレは守れたものもあるのかもしれない。でもやっぱり違うんだ。オレが一番守らないといけないのはレイヴェルなんだ。

 そのレイヴェルを守れなかったのに他を守れたから良かったねなんて、口が裂けても言えない。


「私が怒りに呑まれたりしたから……ダメだね私。あの時から何も変わってない。何も守れない。弱い私のまま……」

「クロエ……」


 今のレイヴェルの姿がどうしようもなくオレの過去の記憶と重なる。あの時もオレは怒りに呑まれて、そのせいで大事なモノを守れなくて……。


「ん……」

「っ! レイヴェル!?」

「う……っ……クロ……エ……?」

「うん、そうだよ! えっと、わかる? これ何本に見える?」

「……二本」

「そうだよ! すごい! 当たってる!」

「当たってる! じゃないでしょ。私医者の人連れてくる!」


 感動するオレを他所に、ラミィとシエラはバタバタと慌てて部屋を出て行った。






□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


〈レイヴェル視点〉


 知らない天井……ってわけじゃないか。

 見覚えあるけど、なんで俺こんな所に。


「俺……は……」

「ダメだよレイヴェル、無理に起きたりしちゃ。まだ寝てないと。もうすぐラミィ達がお医者さん連れてきてくれるから」


 体起こそうとしたらクロエに無理やり止められて再びベッドに寝かされた。

 うん、無理やり寝かされたせいでちょっと体が痛い。


「医者……俺……あのあと、どうなって……」

「体……痛い?」

「え?」


 レイヴェルがそっと俺の手を握る。その手は僅かに振るえてた。

 怖がってるのか?


「痛いよね。私のせいで」

「な、なんでクロエのせいになるんだよ」

「私のせいなのっ!! 私がレイヴェルの傍に居れなかったから。こんなに傷だらけになっちゃった。私が……弱いから。ごめん……ごめんねレイヴェル」


 痛いほど強く俺の手を握るクロエ。

 伝わって来るのは強い後悔の念。クロエの胸中でどんな感情が渦巻いているのか、俺には想像もできなかった。


「クロエ……」


 気にするなとか、俺は大丈夫だとか、そんな安い言葉じゃきっとクロエは納得してくれない。

 でも、これは俺がなんとかしなきゃいけない問題だ。クロエの相棒である俺が。

 どうすればいい。どうすればクロエに心に言葉を届けれる。

 

「……クロエ」

「え、きゃぁっ!」


 悩んだすえに、俺はクロエの体を思いっきり抱き寄せた。

 まだ全身が痛いし、何よりこういうのは柄じゃないけどそんなこと言ってる場合じゃない。クロエが苦しんでるなら一時の恥だって飲み干してやる。


「ど、どうしたの急に?」

「どうだ俺は。生きてるか? 死んでるか?」

「え、そ、それは……生きてる……けど……」

「だろ? あの時も言った。俺は生きてる。そんで、約束する。俺は死なない。これからもずっとだ。お前の相棒として傍にいる」

「レイヴェル……」

「俺の言うことは信じられないか?」

「……ううん。そんなわけないよ」

「そりゃよかった。これでもし信じられない、なんて言われてたら何も言えなくなるところだった」

「私がレイヴェルのこと信じないなんて、そんなことあるわけないよ」

「そこまで過大に信じられるのもそれはそれで困るけどな。でもとにかく、俺は生きてる。生きてるんだよクロエ。他でもないお前のおかげでな。当たり前だけど俺一人じゃどうにもならなかったんだ。俺が今こうしてここにいられるのはクロエがいてくれたからなんだよ」


 伝えなきゃいけないのは偽りのない俺の本音だ。クロエが納得してくるかどうかなんてわからないけど、それでも伝えなきゃダメなんだ。


「こうして生きていられれば次がある。そして、次があれば、俺は……俺達はもっと強くなれるんだ」

「次……」

「そう。次だ。次はあいつらに負けない。次に会う時までに俺はもっと強くなる。そのためにも、お前の力が必要なんだクロエ。だからクロエ、一つ約束を増やそう」

「約束を増やす?」

「あぁ」


 今回の一件で改めて痛感した。俺には力が足りない。俺一人じゃ何もできない。

 でもそんなのは言い訳でしかない。言い訳はもういらない。

 俺には才能なんてないかもしれない。それでもこいつが居てくれたなら、俺はきっとどこまでも上に行ける。行ってみせる。


「俺は最強の魔剣使いになる。誰よりも、何よりも強い魔剣使いに」


 最強の魔剣使いになる。これは言ってしまえば、世界最強の存在になるって言ってるのと同じだ。ディエドだけじゃない。イグニドさんも超える。クロエと一緒にだ。


「レイヴェル……」


 クロエは涙を手で拭うと、小さく笑った。


「……最強の魔剣使いはちょっとカッコつけすぎじゃない?」

「いいんだよ。それくらいの気概がないと、魔剣使いなんてやってられないだろ」

「そうだね……そうかも。じゃあレイヴェル。私も約束する。口だけじゃない。最強の魔剣になってみせるって」

「あぁ、約束だ。やってやろうぜクロエ!」

「うんっ!」


 クロエは弾けるような笑顔で頷き、俺の体を思いっきり抱きしめて——。


「いっっったぁああああああっっ!!」

「あぁ、レイヴェル!?」


 喉から絶叫が漏れる。クロエに抱きしめられた体が痛みと共に悲鳴を上げた。


「どうしたの! って、ちょっと目を離した間に何してんのよあんた達はぁっ!!」

「クゥーンッ!」


 悲鳴を上げる俺と、慌てるクロエ。そこに医者を連れたラミィとシエラが戻って来て、部屋の中が一気に騒がしくなるのだった。


 

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