第109話 精霊の森とは

〈レイヴェル視点〉


 馬車で移動を始めてから、俺達はヴァルガさんから今後の行動予定について聞かされていた。


「獣王様もおっしゃっていたが、精霊の森までは四日ほどの道のりとなる。それまでに三つの村を経由して向かうことにあるだろう。泊まるのはサンガ村、ピッド村、そしてカウス村の三つだな。今日はサンガ村を目指すことになる」

「サンガ村かぁ、まぁ精霊の森に行くなら当然通るんだろうけど。遠いなぁ。それまでずっと馬車なんて、お尻が痛くなりそう」

「あはは、それは同意だけどね。でもまぁ途中の村で休憩は挟むから大丈夫じゃない? もちろん何事もなければ、だけど」

「何事もないなんてありえないってわかってるのにそういうこと言う?」

「確かにそうですね。いつになるかはわかりませんが、精霊の森に入るまでに襲撃を仕掛けてくることは確実でしょう。あそこに入ってしまえば誰も手だしできませんから」

「……」

「あれ、どうしたのレイヴェル。さっきからずっと黙ってるけど」

「あぁいや……」


 聞いていいのかわからなかったからずっと考えてたんだが……いや、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥って奴だ。作戦行動のためだし、知らないままってわけにもいかないだろ。


「その……精霊の森って、なんなんだ? みんなが当たり前のように話してるから聞くのもどうかと思ったんだが」

「あー……」

「そっか、アタシ達にとっては馴染みあるものだけど」

「そうですね。私も師匠から聞くまでは知らなかったわけですし。レイヴェルさんが知らなくても無理はないかもしれません」

「すまないな。配慮に欠けていたようだ」

「確かに知らなくても無理はないかもしれないか。っていうか、知らなくて普通かも。でも精霊って一度くらい聞いたことない?」

「確かに聞いたことはあるけど、でもほとんど知らないぞ」

「うーん、それも珍しいというか。子供の頃とかに『悪いことした子は精霊様に連れ去られるぞ』とか言われたりしなかった?」

「いや、聞いたことないな」


 俺の父さんからも母さんからもそんなこと言われた記憶はない。いや、小さい頃のこと過ぎて覚えてないだけかもしれないけどな。


「ふぅん。結構有名だと思ったんだけど。まぁそういうこともあるか。えっと、精霊の森って言うのはこの世界にいくつか存在する場所なの」

「その昔、世界は六大種族ではなく八大種族……つまり、今より二つ種族が多かったと言われている。だが、時の流れと共に一つ種族が滅び七大種族となり、そしてそれからさらに時が流れてさらに一つの種族が滅び、今の六大種族という形となったらしい。そして滅びた種こそ精霊族、と言われている」

「精霊族……」


 昔八大種族だったとか、そんなの初耳だぞ。しかもそのうちの一つが精霊族……伝承の類だと思ってたけど、精霊族って昔は実在したってことか。

 まぁ、魔剣少女なんて存在がいるくらいだから不思議じゃないのかもしれないけど。


「精霊の森っていうのはね、その精霊族が滅びる直前に遺した聖域なの。何者も侵せない不可侵領域。入れるのはかつて精霊族に仕えた巫女の一族に認められた人だけ」

「巫女は現存するのか」

「うん。どこにある精霊の森にもいるよ。もちろんこの国の精霊の森にもね。で、ここからが肝心な話なんだけど。精霊の森は不可侵領域だって言ったでしょ? 私も直接入ったことがあるわけじゃないから、これは聞いた話になるんだけど、精霊の森の中では外の理が働いてるらしいの」

「外の理? なんだそれ」

「神が作った魔剣と同じようなものかな。とにかくこの世のものじゃない超常的な力が働いてるって思えばいいよ。竜命木も結界に守られてたけど、精霊の森はそんなレベルじゃない。たとえ魔剣の力で打ち破ることはできない。魔剣の力でも……ね」


 ? なんかえらくクロエが神妙な顔してるっていうか。

 ヴァルガさんもファーラさんも同じような顔してるけど、どうしたんだ?

 フェティは……いつも通りか。


「なるほどな。全部理解できたわけじゃないけど、とにかく要約すると……物を預けるならめちゃくちゃ安全な場所ってことか」

「……ぷっ、あははははははっ!」

「なんだよ急に。何か変なこと言ったか?」

「だ、だって今結構大事な話したのに、そんなまとめ方……確かにレイヴェルの言う通りだけど……あはははっ、ダメだ、面白い」

「アハハハッ、なるほどね。確かにその通りだ」

「ふふっ、そうだな」


 堪えきれないとばかりに笑い続けるクロエ。目尻に涙まで浮かべてやがる。

 ファーラさんとヴァルガさんまで笑ってるし。

 俺なんか変なこと言ったか?


「なるほどね。クロエがレイヴェルのことを契約者に選んだ理由がなんとなくわかったかも」

「あぁ、確かにな」

「どういうことですか」

「いや気にするな。こちらの話だ。それに君のことをバカにしているわけでもない。確かにそうだな。俺達は精霊の森に思う所があるとはいえ、今回の任務とそれは別の話だ。確かにただ安全な場所に宝珠を預けにいくだけの話だ」

「精霊の森。私も行くのは初めてですね。師匠からはいつか行くことになるだろうと言われていましたが。まさか今回行くことになるとは思いませんでした」

「ま、用事がなかったら近づくこともないような場所だからね」

「精霊の森……それに巫女……か」


 これから『月天宝』を預けるために向かう場所。

 正直クロエからの話で全部を理解できたわけじゃない。クロエだけじゃなく、ファーラさん達も色々とあるようだしな。

 精霊の森か……なんでかはわからない。でもその名前を聞くと胸の奥がざわつく。


「とにかく今は前に進むしかないか」

「あ、そうだレイヴェル。一つだけいいかな」

「どうした?」

「今回の依頼中なんだけど、できるだけ私が魔剣だってことは隠しておきたいんだよね」

「なんでだ?」

「まぁ理由はいろいろあるけど。一番の理由はレイヴェルの成長を実感するため、かな」

「? どういうことだ」

「だってほら、魔物と戦う時は私が一緒だし。いつも訓練してるあの人は、認めるのは癪だけどレイヴェルより強いでしょ?」

「ライアさんか。まぁそうだな」

「でも、それじゃあ成長の実感もできないんじゃないかって思って。もちろん魔剣使いが出てきたら私も出るけど、それ以外の戦いはサポートに徹しようかなって」

「なるほどな。でも成長って言われてもな」

「レイヴェルは成長してるよ。私と会った時よりもずっとね。そのことを知るためにも、ね?」

「……あぁ、わかった。それじゃあ今回はできるだけ一人で頑張ってみる」

「うん、頑張ってね。私も頑張るから」

「クロエも何かするのか?」

「うん、ちょっとね。一人でも戦えるように、拳闘術をファーラから教えてもらおうと思って。いいでしょファーラ」

「もちろんさ。まさかクロエに戦い方を教える時が来るなんてね。キアラが聞いたら驚くだろうね」

「あはは、かもね。というわけで、私もレイヴェルに負けないくらい強くなってみせるから! 一緒に頑張ろうね!」

「……あぁ!」


 精霊に森に『月天宝』に魔剣使い。考えることはいくらでもあるが、まずは目の前のことを一つずつだ。

 馬車に揺られながら、俺はそう心に決めたのだった。


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