第181話 溢れる憎悪
レイヴェルとクルトが激しい戦いを繰り広げる。
ただ淡々とクルトを殺すために剣を振るうレイヴェルに対して、クルトの剣は一撃一撃が憎悪に満ちていた。
その憎悪は自分自身が傷つけられたことに対するもの。クルトは自分を傷つける者を絶対に許すことはしなかった。
右腕を斬り飛ばされた痛み。それを何倍にもして返してやると息巻いていた。
そんな中にあって今の状況を楽しんでいるのはネヴァンだけだった。クルトの手から伝わる憎悪の感情。それが何よりも心地よく、クルトの感情の肥大に呼応してネヴァンの自身の力もこれまで以上に引き出されていた。
これこそがネヴァンの求めていたものだ。最初クルトと契約した時に、何に惹かれたのかと言えばその激しい感情だ。
クルトの見せた憎悪の感情と血の臭い。それに惹かれてネヴァンはクルトと契約を結ぶことを決めた。
しかし、ネヴァンにとって想定外なことがあった。それはクルトが想像以上に臆病だったことだ。
人を殺すことに快楽を覚えながらも、決して無茶な冒険はしない。確実に勝てる戦いしかしなかった。ネヴァン自身も弱者の命乞いや悲鳴は嫌いではない。だからこそ過度に文句を言いはしなかったが、真にネヴァンが求めるのはクルト自身も含めた苦悶だ。
だからこそ無理やり難しい依頼を受けてクルトを苦境に立たせようともした。しかし、ネヴァンと契約したことで力をつけたクルトは滅多なことでは苦戦しなかった。
しかしここに来てレイヴェルの存在は嬉しい誤算だった。最初は取るに足らないただの魔剣使いだとしか思ってなかったレイヴェルがネヴァンにとって天敵だった【魔狩り】の血脈であったという事実。
驚きこそしたものの、クルトを苦境に立たせるという意味ではこれ以上ない存在だった。そしてそんなネヴァンの目論見通りクルトは最初に契約した時と同じレベルの憎悪の感情を顕わにしている。
(ふふ、ふふふ……たまらない。憎悪に奥に隠した恐怖の感情。私はあなたのそれを感じたかった。もっと、もっと彼のことを恐れなさい。怒り、怯え、それらを憎悪で塗りつぶすことであなたは私の望む存在になる)
ネヴァンは人の負の感情が何よりも好きだった。負の感情を抱く時、人は様々な反応を見せる。喚く者、暴れる者、その形は様々だが、そのどれもがネヴァンにとっては滑稽で……それを見ている時だけはネヴァンも心が満たされた。生を感じることができた。
魔剣少女として永き時を生きてきたネヴァンにとっての唯一の生き甲斐だった。
「らぁああああああっっ!!」
「魔剣は壊す。絶対に。この世にあってはならない存在だ」
目を血走らせながら剣を振るクルトは気付いていた。レイヴェルの目がクルトを見ていないことに。その目が見ているのはあくまでクルトの持つ魔剣——ネヴァンだけだった。
その事実が憎悪に塗れたクルトの心をさらに乱す。
「僕は見るにすら値しない存在だっていうのか? ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁああああっっ!!」
かつての奴隷としての日々が脳裏を過る。人ではない物として扱われ、怪我をしようが病気になろうが興味すら持たれない。
それが許せなかったからこそクルトは力を求めた。這い上がるために力を。
ネヴァンと契約することで力を手にしたクルトは人の上に立つ存在となった。誰もが魔剣を持つクルトのことを恐れた。
クルトをゴミのように扱っていた奴隷商も、クルトを売り払った両親も、その村の人々も、何もかも。クルトのことを恐れ、命乞いをした。
心地よかった。己が上位者になったのだと感じることができて。そうして許しを乞う人々をクルトは全て殺した。自身の求める殺しという快楽のために。
魔剣使い、世界における絶対者。同じ魔剣使いにすら自分なら負けることはないとすら思っていた。この世界における最上位の存在となったのだと思っていた。
しかしどうだ。今クルトの目の前にいるレイヴェルはそんな最上位者であるクルトのことを意にも介していない。
その目がクルトのトラウマを刺激する。忘れたと、乗り越えたと思っていた過去の日々を思い出させる。
湧き上がる恐怖を塗りつぶすように、クルトは自身の怒りと憎悪に身を任せる。
「ネヴァンッ!! 僕の全身を『鎧化』させろ!」
『あら、いいの? 部分『鎧化』じゃなくて』
「いいから早くしろ! 僕を舐めたことを後悔させてやる!!」
『ふふ、いいでしょう。なら使ってあげる。ちゃんと耐えなさいよ』
クルトの周囲を漂っていた紫色の瘴気。それがクルトの体を覆い尽くしていく。
「ぐ、が、がぁあああああっっ!」
苦悶の声を上げるクルト。
やがてクルトの全身を覆い尽くしたその瘴気は、紫紺のよりへと変化した。
『これが私の鎧。その名も『毒爛溶鎧』。触れるだけで死に至る毒……その身で味あわせてあげる』
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