第180話 クルトとネヴァンの出会い

 クルトは孤児だった。両親のことなど知らない。しかしそれ自体は別段珍しいことでも無かった。豊かではない村が口減らしに子供を奴隷商に売り渡す。表沙汰になるようなことではないが決して珍しいことでは無かった。

 しかし、そんな中にあってクルトは同じように売られ奴隷となった子供達とは決定的に違う部分があった。

 それは野心だ。絶対にこんな所では終わらないという決意。どんな手段を使ってでも上へのし上がってやるという思いだった。

 そのためにはなんでも利用した。どんなに下手に出てでも少しでも上客に気に入られようとした。

 そうして感じる屈辱も怒りもなにもかも、自分が上へ至るための糧になると信じて。

 その甲斐もあってか、それなりに良い身分の人たちにクルトは買われることができた。

 奴隷を奴隷として扱うようなことをしない、心優しい初老の貴族の夫婦。クルトと同じ奴隷達を実の家族のように扱う人たちだった。

 クルトのことも雑に扱うようなことはなく、綺麗な服を誂え、食事や風呂も用意してくれた。

 生まれてから初めて触れたと言っても過言ではない人の優しさや温もり。

 クルトが初めて『人』として扱われた瞬間だった。

 その瞬間にクルトが感じたのは——憎悪だった。

 抑えきれないほどの、気が狂いそうになるほどの憎悪。

 なぜ、どうして、こんなにも世は不平等なのかと。

 その憎悪はあっさりとクルトの体を呑み込み、気付けばクルトは短剣を手に血の海の中に立っていた。初老の夫婦も、同じ奴隷の仲間も、物言わぬ骸となって倒れ伏していた。

 クルトが明確に壊れたのはこの瞬間だったのだろう。


「は……ははは……あははははははははっっ!!」


 クルトは知ってしまった。人を殺す快感を。

 そこに彼女は現れた。


『驚いた。血の臭いに惹かれて来たけど、まさかこんな小さな子供だったなんて。ずいぶんたくさん殺したじゃない』

「え?」

『ここよ、ここ。後ろ』


 クルトの背後にあったのは剣だった。禍々しい紫色の剣。

 驚きのあまり腰を抜かすクルトだったが、その剣は誰が持っているわけでもないのに宙に浮いていた。


「ひっ?! ば、化け物!」

『化け物だなんて失礼ね。魔剣よ魔剣、知らないかしら?』

「魔剣?」


 それまでの人生でろくに知識を得る機会が無かったクルトは魔剣というものを知らなかった。だからこそ目の前の存在を奇妙な化け物だと勘違いしてしまったわけだ。


『仕方ないわね。本当は嫌だけど』


 宙に浮く魔剣はそう言って人の姿へと変身した。

 長身の、紫髪の女性。思わず見惚れてしまうほどに美しい女性だった。


「へ、変身した……」

「人の姿になるのは嫌いだけど、そういう畏敬の目を向けられるのは悪くない気分ね」


 豪奢なドレスを身に着けたその女性は、血だまりのことなど気にもせずにクルトへと近づいてきた。


「私はネヴァン。さっきも言った通り魔剣よ。光栄に思いなさい。あなたを私の契約者にしてあげる。こんな底辺で終わらないっていう野心も含めて、それなりに気に入ったわ。ちょうど暇だったし、暇つぶし程度にはなるでしょ」

「…………」

「どうしたの?」

「あんたと契約したらぼくは上に行けるのか。もっとたくさん人を殺せるのか?」

「……えぇ。私と契約するならあなたの望みを叶えましょう。多くを殺し、多くを奪う。そして誰にも奪われない。奪わせない。自由気ままに生きる。そんな生活を約束しましょう」


 それはあまりにも魅力的な言葉だった。

 ネヴァンと契約するだけでそれだけの力を手にすることができるというのだから。

 しかし幼いながらにクルトは知っていた。旨い話の裏には必ず何かあるということを。


「何が目的なの?」

「あら……ふふ、意外と賢いのね。でもそんなに心配することないわ。私が求めるのはただ一つ……多くの悲鳴と、血。ただそれだけ。どう? あなたの望みと一緒でしょ」

「…………」


 それが本当であるならばクルトにとっては願ってもない話だった。もちろんそれが全てではないことはわかっていたが、それでも二度とないかもしれないチャンス。

 底から這いあがるための機会を見逃せるわけがなかった。


「わかった。ぼくと契約して欲しい」

「ふふ、契約成立ね。さぁ、これからいっぱいいっぱい愉しいことをしましょうね」


 こうしてクルトはネヴァンと契約した。

 それからクルトはネヴァンと共に多くの殺戮を繰り返した。奪いたい者は奪う。殺したい者は殺す。ただしっかりと相手のことは見極めながら。

 同じ魔剣使いには極力喧嘩を売らなかった。もし戦うようなことになれば、どんなに卑怯な手段でも使った。それこそ戦う前からネヴァンの《毒》の力を使いもした。

 確実に生き残り、そして殺戮を愉しむために。

 まさに順風満帆な人生だった。

 しかしクルトは知らなかった。魔剣使いと契約した者がどんな末路を辿るのかということを。

 

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