第182話 伸ばした手の先は

「ウォオオオオオオオッッ!!」


 レイヴェルと戦ってたクロウが『鎧化』する。

 『毒欄溶鎧』とか言ってたか。紫色の鎧……でもどこか様子が変だ。


「ぐ、ぐぅ……あぁあああ……」

『ほら、お望み通り『鎧化』してあげたんだからシャキッとしなさい』

「わかってる!!」


 どこか苛立ったようにクルトが言う。いや、違うか。苛立ってるというか……苦しんでる? なんだろう。『鎧化』の力を使ってどうしてクルトの方が……いや、今はどうでもいいか。

 何にしても、このタイミングで『鎧化』を使うってことはいよいよ本気になってきたってことだ。こうなったら今のレイヴェルでもさすがに厳しいだろう。

 『鎧化』は魔剣使いにとって奥の手とも言えるものだ。膨大な魔力を消費するけど、それに見合っただけの力はある。オレはさっき最初に使っちゃったけど……でも、切り札であることは間違いない。

 あの二人がそれを使うってことは、今のレイヴェルにすら勝てる方法があるかもしれないってことだ。だとすれば油断はできない。

 なんとかしてオレの力を使えるようにしないと。


「そのためにもレイヴェルとパスを繋ぎ直さないと……」


 レイヴェルとパスが繋がらない理由はわかった。あの【魔狩り】の血がオレとレイヴェルの間に繋がってたパスを阻害してるんだろう。

 だとすれば方法は一つだ。レイヴェルに直接触れるしかない。そうすればオレの干渉力は今よりも強くなる。レイヴェルとのパスを繋ぎ直せるかもしれない。

 確証はないけど……いや、できる。絶対にやれる。レイヴェルとパスを繋ぎ直せればオレの力もまた使えるようになるし、レイヴェルを正気に戻せるかもしれない。

 

「リスクは大きいけど、それでもこれしか方法はない」


 今のオレは生身の人間に毛が生えた程度の身体能力しかない。《破壊》の力も使えないからあの戦いに割り込むのは危険しかない。

 

「んっ!!」


 頬を強く叩いて気合いを入れる。

 ここでやらなきゃ何もできない。レイヴェルがどんな血筋だとしても、どんな力を持ってたとしてもオレはレイヴェルの相棒だ。

 それがオレの選んだ道だ。こんなことで臆してられない。


「私だけを蚊帳の外にはさせないから! いくよレイヴェル!」






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


〈レイヴェル視点〉


 ここはどこだろう。俺はいったい何をして……。


「っぅ!」


 頭に痛みが走る。咄嗟に頭を押さえようとしたが、動かそうとした左腕が上手く動かなかった。

 そこでようやく違和感を覚えて、左腕の方を見た俺は思わず絶句した。

 俺の左腕が肘の辺りまで黒い靄のようなものに包まれていたのだ。


「な、なんだこれ! 左腕が……く、この……」


 必死にもがいても左腕はビクともしない。それどころか暴れれば暴れるほどに黒い靄はしがみつくように、絶対離してなるものかと言わんばかりに絡みついてくる。

 しかも気付けばその黒い靄は左腕だけじゃなく俺の足にも纏わりつこうとしていた。


「くっ……」


 いよいよ立っていられなくなり地面に膝をつく。ゆっくりと、じわじわとその黒い靄は俺のことを呑み込もうとしていた。

 あまりにもあり得ない状況。なぜこうなったのかも思い出せない。

 何より恐ろしいのは、少しずつ抵抗しようという気持ちが薄れていることだ。体だけじゃなく心まで浸蝕されているかのようだった。



 モット……モットヨコセ……。

 アァ、ヤット、ヨウヤク手ニ入レタ……。



 突然声が響く。


「誰だ!」


 顔を上げてみれば、そこに立っていたのは黒い人影。

 どんな顔をしてるのかはわからないのに、どんな表情をしてるのかだけはわかった。

 笑っていた。心底楽しそうに、嬉しそうに。


「何を……言って……ぐぅっ」


 また頭に痛みが走る。

 なんだこれ……なんなんだよこれは……。


「っ……×××!」


 ……え?

 俺は今確かに名前を呼んだはずだ。

 あいつの名前を……あいつ?

 あいつって……誰だ?


「っ!!」


 大切だったあいつの名前が思い出せない。いや違う。名前だけじゃない。どんな顔をしてたのかすら……。

 その事実に気付いた途端、背筋がゾッとするような感覚に襲われた。

 自分が自分でなくなってしまったかのような。

 そんな俺の様子を見て、黒い人影はさらに笑みを深くする。



 ヨコセ……オ前ノ全テヲ……ソノ心モ魂モ……。



 声が頭の中に響く。

 体がゆっくりと暗闇の中へと沈んで行くのを感じる。

 でも抵抗できない。いや、する気が起きない。


「誰か……」


 意識が遠のいていく。だが、意識が完全に闇に落ちる直前、誰かの声が聞こえた気がした。

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