第13話 子供を探して
「ウォオオオオオオオオオッッッ!!!」
その声を聞いた瞬間、体が一瞬硬直した。
だってそれは、絶対にこんなところで聞こえるはずがない声だったから。
「ま、魔物だーーーーーっっ!!」
どこかで誰かが叫ぶ。そしてその叫びは、周囲の人を混乱に陥れるには十分だった。
「きゃーーーー!!」
「いやーーー!!」
一人が走り出したのを皮切りに、その場にいた人々が一斉に走り出す。
オレはといえば、状況が上手く呑み込めなくて呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「おい! おいクロエ! しっかりしろ!」
「え、あ……」
「ボケっとするな。いいか、声がしたのはあっちの方だから反対側に逃げれば魔物から逃げれる。おい聞いてるのか!」
「き、聞いてるけど。レイヴェルはどうするの?」
「この状況をほっとくわけにはいかないだろ。魔物退治なら冒険者の仕事だ」
「そんな、危ないよ!」
「危ないのなんて百も承知だ。でも、ここで逃げたら俺は俺でいられなくなる」
「レイヴェル……」
「大丈夫だって。そんな無茶するわけじゃない。勝てる相手としか戦わないからな。それじゃあお前はさっさと逃げろよ。また後でな」
「あ……」
レイヴェルはそれだけ言うと、魔物の声がした方へ走って行った。
きっと大丈夫。言った通り無茶なんてするわけない。そう何度自分に言い聞かせても、心は落ち着かない。
「戦うのはレイヴェルだけじゃないし。きっとなんとかなる……よね」
レイヴェルのことは心配だけど、オレ自身だって大丈夫とは言い難い。このままここに居たらオレだって危ないんだから。
安全な場所に行かないと。って言っても、安全な場所とかどこだよって話だけど。とりあえず人の波に逆らわずに動いたらいいかな。
「うわわわっ!」
どこに移動しようかと思ってたら、後ろから走って来た人にぶつかって思いっきり押される。
みんな逃げるのに必死で周りのことなんて何も気にしてない。というより、できないか。オレだって怖いからその気持ちはよくわかるけど。
とにかく逃げようと、そう思ってた時だった。
「誰か! 娘を、娘を見ませんでしたか!」
そんな声が聞こえて来た。でも誰も相手にしない。当たり前だ。みんな自分が逃げることで必死なんだから。
聞かなかったことにして逃げることはできる。でも……だけど。
「大丈夫ですか!」
「娘が、娘がいないんです! ずっと手を繋いでたはずなのに、気付いたらいなくなってて。あぁもうどうしたら」
「落ち着いて、深呼吸してください。どのあたりでいなくなったことに気づいたんですか」
「さっき、地面が大きく割れて。魔物が出てきて……必死に逃げてたので、どこかまでは……」
「魔物が現れたって……つまり、レイヴェルが行った方ってことだよね」
控えめに言って最悪だ。つまり子供を見つけようと思ったら魔物に近づかなければいけないのだ。
「早く戻らないと——っぅ」
「怪我してるじゃないですか。その足じゃ無理ですよ」
「でも、私が見つけてあげないと。私のせいなんです! 私が、私が手を離してしまったから」
「…………」
自責の念に駆られて涙を流す女性。
このままほっといたら絶対に元居た場所に戻ると思う。でも足に怪我した状態で戻るなんて自殺行為だ。
よしんば子供を見つけれたとしても、その後逃げれるかどうかは怪しい。
……聞いちゃった以上は、見てみぬふりはできないよな。
「わかりました」
「え?」
「私子供さんを見つけてきます。子供の髪型とか、色とか服装とか教えてもらっていいですか」
「そんな、あなたに行っていただくなんて。危ないですよ。私が行きますから。あなたも早く逃げて」
「大丈夫です。向こうでは冒険者の人も戦ってますし。これでも私、結構足速いんですよ。怪我をしたあなたが行く方がずっと危ないです。初対面の私のことなんて信じられないかもしれないですけど……任せてくれませんか」
言えることは言った。後はこの人の判断次第だ。
見知らぬオレを危険に晒すことと、娘のこと。きっと色んなことを考えているんだろう。その表情には迷いと焦燥が見て取れる。
迷いに迷ったあげく、女性はポツリと言った。
「わかりました……お願いしても……いいですか」
「はい、任せてください!」
□■□■□■□■□■□■□■□■□
子供の特徴を女性から聞いたオレは、来た道を引き返して子供のことを探していた。
「ロロちゃーん!! いたら返事して!」
教えてもらった名前を必死に呼ぶが、返事はない。
まぁ当たり前だけど。響き渡る魔物の叫び声の方が大きいくらいだ。
オレの声なんてそもそも届いてないかもしれない。
向こうの返事は期待できないし、こうなったら聞いた特徴をもとに探すしかないか。
えっと、茶髪にツインテールで赤柄のチェックのワンピース着てるんだよな。赤なんて結構目立ちそうだし。
早く子供を見つけないとだけど、魔物にも気をつけないといけない。もうけっこうチラチラ見えてるし。
大きな魔物から小さな魔物まで、見たこと無い魔物もいっぱいいる。冒険者っぽい人が戦ってるけど、全部を相手にはしきれてない感じだ。
何体がゴブリンが屋台を壊したりしてる。
うぅ、ゴブリンって見た目も気持ち悪いし、できれば見つかりたくないんだよなぁ。
女を襲うことで有名なゴブリン。小柄な体躯のくせに腹だけ出っ張ってて、しかも気持ち悪い緑色してるし。
生理的嫌悪感っていうか、そういうのを抱かずにはいられない。
とにかくゴブリンからは離れるように移動して……。
「うぇええええん!! お母さーーーん!!」
え?
今の声、もしかして……。
「ゲギャギャギャギャッ!!」
弾かれるようにゴブリンのいる方を見る。
そこに居たのは予想通りって言うべきなのか、ゴブリンと、そして赤のチェック柄のワンピースを着た女の子。
女の子がゴブリンに連れ去られようとしてるところだった。
あぁくそ、マジか。どんな確率だよ。
あの子が探してたロロちゃんである可能性は高い。っていうか、万が一ロロちゃんで無かったとしても、あれを見過ごすことなんてできない。
でも普通に戦ってもオレじゃゴブリンに勝てるかどうかも怪しいし……いや、でもやるしかない! 別に倒す必要はないんだ。あの子を連れて逃げれればそれでいいんだから。
周囲に目を走らせたオレは、近くに落ちてた棒に屋台で使ってたであろう火をつける。
魔物は本能的に火を恐れる。ゴブリンみたいな低級の魔物ならなおのことのはずだ。
よし、勇気だせオレ! いくぞ!
「おりゃ!」
「ゲギャッ!?」
火のついた棒でゴブリンの腕を叩く。さすがに熱かったのか、子供から手を離したゴブリンは殺気の孕んだ目でオレのことを睨む。
他のゴブリンにも気づかれた。
でも、子供から手を離させることはできた。
「立って!」
「え?」
「いいから立って、走って!」
子供を無理やり立たせて、手を引いて走り出す。
悪いけど子供に気を使ってる余裕なんてない。そんなことしてたらまたゴブリンに捕まるだけだから。
殴られた怒りからなのか、新しい獲物であるオレを見つけたからなのか。ゴブリン達は必至にオレのことを追って来る。
でも地の利ならオレの方にある。こっちは一年間王都で過ごしてきたんだから。
複雑に入り組んだ路地を利用して、右へ左へと曲がりながらゴブリン達のことを撒く。
「はぁ……はぁ……もう、追ってきてない……よね」
呼吸を整えながら周囲を確認する。
どこにもゴブリン達の姿は見えない。
撒けた……かな。
「あ、そうだ。大丈夫、怪我してない?」
「うぅ……ひぐっ……」
恐怖とか色んな感情がごっちゃになってるのか、子供は泣き続けてる。でも、大きな怪我をしてる気配はない。
「大丈夫。もう大丈夫だから。ねぇ、あなた……ロロちゃん?」
小さな体を抱きしめて、もう大丈夫だと安心させる。
「ひぐ……う、うん。お姉ちゃんは?」
「私はクロエ。あなたのお母さんに頼まれてね、あなたのこと探してたの」
「お母さん、お母さんは!?」
「大丈夫だよ。この先であなたのこと待ってるから。お姉ちゃんと一緒に行こうね。まだ動ける?」
「うん、大丈夫」
「そっか。ロロちゃんは強い子だね」
本当はもう動けないほど疲れてるだろうに、お母さんが待ってるからなのか。気丈に涙を拭って言うロロちゃん。
早く連れていってあげないと。でもここどこだろ。
路地を複雑に走ったせいか、まともな位置がわからなくなったから。まずは大通りに出ないと。
そう思って、ロロちゃんの手を引いて大通りへ出たその瞬間だった。
「っ!」
「ひぅっ!」
ゴブリン達を撒けたこと、ロロちゃんを見つけれたことで気が緩んでたのかもしれない。
まだここが安全な場所じゃないってことを、オレは完全に失念してたんだ。
「グルアァアアアアアアッッ!!」
オーガ。
最悪の人食い鬼がオレ達の前に現れた。
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