第12話 わかりやすいクロエ

〈レイヴェル視点〉


 祭りを楽しむ! そう高らかに宣言するクロエに乗せられて気付けば俺も心から祭りを楽しんでた。

 こんな風に祭りを心から楽しんだのは村にいた時以来かもしれない。

 それもこれも、クロエが心から祭りを楽しんでるのが俺にも伝わって来たからだ。

 こいつ、本当に楽しそうに笑うんだ。俺なんかといて何がそんなに楽しいのかわからないけど、でもクロエが俺といて楽しいっていうなら楽しませてやりたいと思う。

 祭りが終われば俺も王都を出てニンギルに戻るわけだし。そうなったら王都に来る機会も減るだろうしな。

 そう考えると少しだけ寂しいような気もする。

 はは、変な感じだな。まだ会ってから数日しか経ってないのに。思った以上に俺の中でクロエの存在は大きくなってるみたいだ。


「どうしたのレイヴェル」

「いーや。なんでもない。それで、もう結構いろいろ食べたけどまだ何か食べるのか?」


 焼きそばから始まり、イカ焼き、フランクフルト、わたあめ、リンゴ飴にバナナチョコなどなど。もうすでに俺が当初予定したよりも多く食べていた。


「そうだなぁ。私ももう結構お腹いっぱいだし、でもあと一つだけ気になるのあるから最後にそれだけ食べよ」

「結局まだ食うのかよ」

「大丈夫大丈夫。最後の一つはそんなにいっぱいあるものじゃないから」

「それで、何食べるんだ」

「ふっふっふ。買って来るからちょっと待っててね」

「? あぁ、わかった」


 こいつ、なんか企んでやがるな。

 まぁそんな変なものを買って来はしないだろうし、別にいいか。

 それから少しして、クロエが戻って来た。その手には手のひらに乗るほどの箱が握られていた。


「なんだそれ」

「ふふん、これはね。『君の運を試せ! ドキドキ、ロシアンスッパボール!!』らしいよ」

「……なんだそれ」

「だから『君の運を試せ! ドキドキ、ロシアンスッパボール!!』だよ」

「いや名前言われてもわけわからん。酸っぱい食いもんってことか?」

「そうだけど。それだけじゃないよ。この三つあるうちの二つがめちゃくちゃすっぱいお菓子。最後の一つは普通に美味しいお菓子なの」

「あぁ、運試しっていうのはそういうことか」

「そう! 最後に運の勝負だよレイヴェル!」

「本音は?」

「すっぱいの食べて苦しんでるレイヴェルが見たい!」

「正直な奴……まぁいいけどな。それじゃあクロカから選ぶのか?」

「ううん、レイヴェルから選んでいいよ」


 俺からねぇ。この自信、確実に何か仕込んでるだろ。

 うーん、そうだな。このまま普通に食べるのも癪なんだけど……。

 右に手を伸ばす。クロエが嬉しそうな顔をする。真ん中に手を伸ばす。嬉しそうな顔をする。左に手を伸ばす。嫌そうな顔をする。

 ……いや、マジか。え、マジか? こいつこれが演技じゃないならわかりやすすぎるぞ。

 でも嘘吐けるようなタイプじゃないしなぁこいつ。


「それじゃあこの一番右の奴を……」


 右に手を伸ばした瞬間、クロエの表情がパァッと明るくなる。


「クロエにやろう。俺はこの一番左の奴をもらうよ」

「うぇえっ!?」

「どうかしたのか?」

「い、いや別に……な、なんでもないけど。こ、これが私? いやぁ私はそっちの方がいいなぁって」

「俺から選んでいいんだろ?」

「うぐぐ……そ、そう言ったけど」

「なら俺はこれで。さぁ、クロエも手に取れよ」

「う、うん……」


 あからさまに青い表情で一番右のお菓子を手に取るクロエ。

 俺はなんの躊躇いもなくお菓子を口に放りこむ。これで騙されてたなら俺は一生女を信用できないかもしれない。

 でも、俺が食べたお菓子はかなり美味しかった。噛んだ瞬間に口の中に広がるほど良い酸味。それだけじゃなく、甘みもしっかりある。酸味と甘みのバランスがとれた美味しいお菓子だった。

 そして一方のクロエはと言えば。ダラダラと汗を流しながらお菓子を前にフリーズしてる。


「ほら、食べろよクロエ」

「う、うん……」


 恐る恐る口を開けるクロエ。しかしそこから先に手が進まない。ので、俺はクロエの腕を掴んで無理やり口に押し込んだ。


「んぐっ!? っっっ!! すっっぱぁぁあああああああああっっっ!!!」


 口を抑え、涙目で地団駄を踏むクロエ。相当酸っぱいのか、目に涙まで浮かべてる。

 ちょっと可哀想だけど、まぁ俺に食わせようとした罰だ。


「んぐっ、んぐっ、酷いよぉレイヴェルゥ……」

「運試しなんだから、クロエの運が悪かっただけだろ」

「うぅ……」


 こうして悶えてる姿ですら可愛いのだから美人というのは得だと思う。正直涙目のクロエを見てるとちょっと嗜虐心を煽られるような気がする。

 いや、俺に女の子虐めて喜ぶような趣味はないんだけどな。


「ま、まだだよ!」

「?」

「まだお菓子は一つ残ってるんだから」

「いやでもそれは普通に酸っぱい奴なんだろ。それがわかってて食わないって」

「でも残すのももったいないでしょ。だから、じゃんけんしよ」

「じゃんけんってなぁ。まぁいいけど。負けたら食うんだな」

「うん。私の恨みも乗せていくよレイヴェル。じゃんけん——」


 その後のじゃんけんの結果は伏せさせてもらいたい。

 ただ一つ言えることがあるなら……女の子の悲鳴がこの場に響き渡ったってことくらいだ。





□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 ちょっとした事件はあったものの、それ以降は特に何事もなく祭りを回っていると不意にクロエが一つの張り紙の前で足を止める。


「モンスターフェスティバル?」

「あぁそれか。闘技場で行われる催しだろ」

「へぇ、モンスターって魔物だよね。闘技場で何が行われるの?」

「調教師による生調教だそうだ。そのために最近冒険者に魔物を捕まえてくれ、なんて依頼も出てたみたいだな」

「そうだったんだ。でも魔物って調教できるの?」

「あいつらも基本的には本能で動く。だから相手を上だと思えば言うこと聞くようになるよ。ま、普通の動物よりは難しいけどな」

「そうなんだ。そういえば見たことあるかも。魔物連れてる人。あの時は深く気にしなかったけどそういうことなんだ」

「結構な人気行事みたいだぞ。普段は見れない魔物を間近で見れるからって。俺からしたらわざわざ魔物を見たがるなんて物好きにしか思えないけどな」

「そうだね。私も見たいとは思わないかな。ちょっと怖いし」


 クロエの言うことは最もだ。普通魔物なんて見たくない。

 魔物は人の命を脅かす生物なんだから。

 その魔物の一部が行方不明になってるなんて言ったらさすがにクロエも怖がりそうだな。

 祭りを楽しんでるクロエの気持ちに水を差したくはないし、とりあえず黙っとくか。


「レイヴェルも何か捕まえたりしたの?」

「いや、俺はそのたぐいの依頼は受けてない。捕まえるとかそういうことになると一人じゃ厳しいし。だいたいその手の依頼はチーム組んでる奴が受けてたよ」

「そっか。そういえばレイヴェルはチームは組んでないんだね。レイヴェル……組んでくれる人がいないんだ」

「うっせ!」

「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ。でもチームを組んでくれる人はいた方がいいでしょ? 普通はチーム組んで行動するものなんじゃないの?」

「まぁクロエが何を考えてるかはだいたいわかるけど。俺にも色々あるってことだ」

 

 俺だってチームが組めるならそうしたい。その方が安全だし、確実だからな。

 でも俺とチームを組みたがる物好きなんていない。理由はいくつかあるけど、実力が足りてないってのも大きな要因だ。

 チーム組むのなんて大抵は故郷から一緒に出て来た友達同士とかだしな。そうじゃなけりゃ実力を認められないことにはチームなんて組んでもらえない。

 そんなことを考えてると、クロエが思いもよらないことを言い出した。


「ふぅん。私がチーム組んであげようか?」

「お前が? はっ、ふざけるのも大概にしろって話だ」

「む、馬鹿にしてない? 私のこと」

「してる」

「ひどい?!」


 そうは言うけど、明らかにクロエは素人だ。

 歩き方とか見てたらわかる。クロエは戦い方というものを知らない。

 っていうかそもそもの話、クロエは冒険者じゃないしな。


「なに考え事してるんだ?」


 また考え事してるし。チラチラ俺のこと見てるし。

 なーんか言いたいことがあるのにそれを隠してる感じなんだよなぁ。

 俺に関係のあることならさっさと言って欲しいんだけど……無理やりにでも聞いてみるか?


「え、ううん。なんでもないよ。気にしないで。それよりもさ、あっちの方でさっき面白そうなお店を見つけて——」


 あわあわと手を振って誤魔化そうとするクロエ。でも、その言葉は途中で遮られる。

 それと同時に俺は全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。


「ウルォオオオオオオオオオオッッッ!!!」


 響き渡る魔物の咆哮。

 俺がずっと感じてた嫌な予感が現実になった瞬間だった。

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