第11話 神秘的な彼女

〈レイヴェル視点〉


 クロエと祭りを回る約束をしたその日、俺はいつも通りギルドへやって来て依頼に目を通していた。

 別に何か依頼を受けようってわけじゃない。冒険者になって身についた週間だ。商人にとって市場の流行を確認することが大事なように冒険者にとっては張り出される依頼を確認することが大事なのだ。

 張り出される依頼を見ればどこでどんな問題が発生しているかを把握できると俺の憧れる先輩も言ってた。

 それ依頼受けるつもりはなくても、最低一日一回は依頼を受けるようにしてる。


「……魔物が行方不明?」


 祭りの最中であっても依頼は常に張り出される。むしろいつもより多いくらいだ。

 失せモノ探しから何から、なんでも受けるのが冒険者ギルドなんだから。

 そんな中で、一際俺の目を引いたものがあった。

 それが『魔物の捜索依頼』だ。依頼主は闘技場になっていた。緊急の張り紙もされている。


「あの、すいません。これって」

「は、はい!」


 声を掛けただけなのにビクッとして少し怯えた目で俺のことを見る受付嬢。

 何度でも言おう声を掛けただけだ。別に脅したわけじゃない。なのにそんなビビらなくたっていいだろ。俺が何をしたって言うんだよ。

 でもまぁ、こんな反応もう慣れっこだ。慣れたくもないけどさ。


「な、なんでしょうか」

「この依頼なんですけど。詳しく聞いてもいいですか?」

「え、あぁ。その依頼ですか。その、最近魔物の捕獲依頼が出てたのは知ってますか?」

「はい、一応」

「そこで捕まえた魔物は闘技場に運んでたみたいなんですけど、その魔物がいくらか行方不明になったみたいで、だから闘技場から捜索依頼が」

「それ、大変じゃないですか!」

「ひぅ、すいませんすいません!!」


 いやなんであんたが俺に謝んだよ。別に責めたわけじゃないのに。

 しかも最悪なことに受付嬢が大声で謝るもんだから、他の受付嬢とか冒険者まで何事かって感じで俺の方を見てる。

 これ以上の情報収集は無理か。

 小さくため息を吐いて俺はギルドを出る。もうそろそろクロエと約束時間だったてこともあったし、これ以上ギルドに居て注目を集めるのも嫌だったからだ。


「魔物が行方不明……か。普通に考えたら結構な大事だぞそれ。大っぴらにしたくないのはわかるけどさ。もし何か起きたらどうするんだよ」


 祭りに水を差したくないからなのか、その割にはギルドは依頼を出してるし。

 何考えてるかなんて俺にはわからないけどさ。もし万が一にでも魔物が王都で暴れるようなことがあったら大問題だぞ。


「俺が考えることでもないか。ま、とりあえず警戒だけはしといて損はないか」


 いつも使ってる剣をしっかりと腰に佩いてクロエとの約束の場所へと向かう。

 確か噴水広場だったよな。

 しかし祭りでこんだけ人が多いとなると見つけるのも一苦労って感じがするが……。


「おい見たかよさっきの子、めちゃくちゃ可愛くなかったか」

「あぁ見た見た。黒髪の子だろ。あれって確か『黒剣亭』で働いてる子だろ。噂には聞いてたけどあんなに可愛いかったんだな」

「だよなだよな! 今度から通ってみようかなー。でも、あの店の店主顔怖いんだよなー」


 道行く男達がはしゃいだ様子で話してる。

 その内容から考えるに……まぁ明らかにクロエのことだよな。ってことはちゃんと噴水広場にはいるわけだ。

 それでも見つけれるかどうか心配だったわけだが、そんな俺の心配は杞憂に終わった。


「マジかあれ」


 噴水広場にクロエはいた。すぐに見つけれた。理由は単純だ。他の場所は人が密集してたのに、そこだけぽっかりと空間が開いていたからだ。

 近寄りがたい存在を見たかのように、不自然に人が避けている。それだけの神秘性が彼女——クロエにはあった。

 本人は避けられてることにまるで気付いてなさそうだけどな。

 よく売られている普通の服でさえ、クロエが着ていれば一級品のオーダーメイドに見えるから不思議なものだ。

 って、俺も遠巻きに見ててどうすんだよ。確実に俺のこと待ってんだろ。

 クロエは俺が近づいても気付く様子は無く、ただボーっとしている。


「ま、同族が見つかったらそれはそれで面倒だからいいんだけどさ」

「何が面倒なんだ」

「ひゃわぁっ!」


 それまでの神秘性はどこへやら、素っ頓狂な声を上げて跳び上がるクロエ。

 正直かなり間抜けな感じだ。


「レ、レイヴェル……」


 クロエの俺を見る目に怯えの感情は見えない。それどころか俺だとわかって安堵の表情まで見せてる。

 さっきのギルドの受付嬢と大違いだ。

 まぁ、受付嬢はクロエみたいに話したりしてないから当たり前と言えば当たり前なんだけどな。


「あぁ。それ以外の誰かに見えるか?」

「ううん。その目つきの悪さはレイヴェル以外いないもん」

「目つきが悪いは余計だ」

「あはは、ごめんごめん。冗談だから。半分くらいは」

「半分は本気なのかよ!」

「それにしてもレイヴェルよくわかったね。私のいる場所」

「まぁそりゃな。お前目立ってるし」

「目立ってる? どこが。そんな変な服着てるつもりないんだけど」

「いや服とかじゃなくて……まぁいいか。言ってもわかんないだろうからな」


 こうして話してる今も周囲の好奇の視線の晒されてる。正直かなりムズムズする。

 クロエは全く気付いてないみたいだけどな。

 好奇、嫉妬などなど、色んな感情が向けられてるのがわかる。

 むしろこんだけ見られてて気づかないって、こいつ相当鈍感なんじゃないのか。


「服じゃないなら……髪型? おかしいなー、ちゃんとセットしたはずなのに」

「だからそういうのじゃないって。お前が普通にしてたら気付かないってことは理解した」

「???」

「いいから行くぞ。ここにいたら目立つだけだからな」

「え、え?」


 正直一秒でも早く離れたい俺はクロエの手を掴んでさっさと噴水広場を出る。


「レ、レイヴェル!?」

「ん、どうし……って、あ。そういうことか。悪い。急に手を握ったりして」

「べ、別に謝ることじゃないんだけどね。その、急だったから驚いただけっていうか……」


 顔を赤くして俯いたかと思えば、急に思案顔をして、かと思ったら怒ったようにしかめっ面をするクロエ。

 わけがわからん。


「なんでしかめっ面してんだ?」

「別に。なんでもない」


 明らかになんでもなくはない。でも、ここで下手に踏み込んでもいいことなんかないのはわかってる。


「? ならいいけどよ。それで、今日はどうするんだ」

「どうするって、そうだなぁ。とりあえずは普通にお祭りを見て回りたいかも。どんな屋台があるとか、そういうの見たいかも」


 屋台か。まぁ確かに祭りだからそういうのいっぱい出てるけど。

 まぁ特段したいことがあるわけじゃないし。今日はクロエが満足するまで付き合えばいいか。


「何より、こういう祭りは雰囲気を楽しまないとね。みんなが楽しく遊んでる雰囲気に浸る。それが祭りの醍醐味なんだから」

「そうだな。じゃあとりあえず楽しむってことで」


 確かにクロエの言う通りだ。まずは楽しまないとな。

 魔物のこととかを考えるのは後にしよう。


「……ん?」

「どうしたんだ?」


 歩き出そうとしたクロエが不意に周囲を気にするような仕草を見せる。


「……ううん、なんでもない。行こ」


 結局クロエは何も教えてはくれず、俺はそのことが気にかかりながらもクロエの後についていった。

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