第111話 試すために

〈レイヴェル視点〉


 軽く体を動かせる場所に行こう、そう言われてやってきたのは人気のほとんどない開けた場所。

 それ自体は別に変なことでもなんでもないんだが、移動中俺はずっとヴァルガさんの様子に違和感を覚えていた。

 どこか気が張り詰めているというか……そう、まるでライアさんが本気で戦う時みたいな気の練り方だ。

 少なくとも、軽く体を動かそうっていう雰囲気じゃない。

 どういうことだ?


「よし、これだけの広さがあれば十分だろう」

「ここでやるんですか?」

「あぁ。ここなら多少派手に暴れても村に迷惑をかけることもない。それに、クロエ達に気づかれることもないだろう」

「え? っ!?」


 全身を貫く強烈な殺気。それを感じた瞬間、俺はその場から飛び退いていた。 

 俺の立っていた場所に突き刺さっていたのは、巨大な槍。目にも止まらない速さで突かれたものだった。

 もし避けてなかったらその槍が俺を貫いていたのは間違いない。


「……どういうつもりですか」

「今の不意打ちを避けたか。まぁ、それくらいできなければ話にならないか。剣を抜け、レイヴェル・アークナー。ここで大怪我をして戦線離脱したくなければな」

「問答無用、ですか」


 強烈な殺気に全身の毛が逆立ってるのを感じる。脳が警鐘を鳴らし続けてる。でも、俺とこの人の実力差を考えたら逃げれるはずもない。つまり、この場において剣を抜かないって選択肢はそもそもあり得ないってわけだ。


「なるほど。それがクロエが渡しているというクロエ自身のレプリカか。レプリカとはいえ、それなり以上の力を感じる」

「…………」

「まず最初の不意打ちは謝ろう。しかし、あの程度の、それもあからさまな殺気に反応できないようなレベルでは話にならないからな。そして今から始めるのは俺の……いや、俺達の我儘だ」

「俺達?」

「あぁ。俺とファーラの我儘だ。ちなみに今回のことに関してクロエはいっさい感知していないから安心するといい。もししていたらこんなこと許さなかっただろうからな。もし気付かれれば烈火の如く怒り狂うだろうな」


 なんとなく、本当になんとなくだが、ヴァルガさんとファーラさんの狙いが読めてきた気がする。たぶん、この感じだと俺が言い出さなくてもなんだかんだと理由をつけて俺とクロエを引き離していたんだろう。この場を作るために。


「うすうす察しているようだな。簡潔に言おう。レイヴェル・アークナー。お前のことを試させてもらう。俺達にそんな資格がないことは重々承知したうえであえて言わせてもらおう。レイヴェル、お前がクロエに相応しいか否かを」

「なるほど、やっぱりそういうことでしたか」

「あぁ。お前がクロエのことについてどこまで知っているかは知らない。あいつがどこまで話しているのかも。あいつはこれまで多くの出会いと別れを経験してきた。おそらく、俺達が知っている以上に。そんななかで、おそらくクロエの心をもっとも傷つけたのはキアラとの別れだろう。クロエとキアラは強い絆で結ばれていた。本当に強い絆で。そのキアラを失ったクロエの苦しみを推し量ることはできない。そしてキアラを失い、クロエは一人になってしまった。その苦しみを救うことができなかったことを、俺とファーラはずっと後悔していた。事情があったとはいえ、クロエ達の傍を離れてしまったことも。もし俺達が傍に居れば、何度そう悔いたかわからない」


 それは、ヴァルガさんとファーラさんがずっと抱えていた後悔だ。

 言葉の端に滲むのは自身への怒りか。手が白くなるほどに強く握りしめられた槍から、強烈な感情が伝わって来る。


「だからこそ、昨日クロエと再会した時、本当に驚いた。クロエがレイヴェルと一緒にいて、本当に楽しそうにしていたからな。そしてその時悟ったんだ。あぁ、ようやくクロエは前に進むことができたんだと。そしてそれを為したのがお前……レイヴェルであるのだとな」

「……」

「だからこそ決めた。先ほども言ったように、クロエを一人にしてしまった俺達にそんな資格はないことも承知している。だが、俺達にとってクロエは姉同然の存在だ。お前の存在がクロエに相応しいかどうか。お前が、もう二度とクロエを一人にしないための力を持っているかどうか、これからも苦難の道に進んでいくであろうクロエの隣に居続ける資格があるのかを確かめるとな」


 その真剣な眼差しは紛れもなく本気を告げていた。

 中途半端な気持ちで答えることは許さないと。もし俺が中途半端な気持ちで答えたらきっと怪我をする程度じゃすまない。

 でも、それなら俺はこの人の覚悟に応える義務がある。満足させるだけの力を示せるなんて自惚れたことは言わない。でも、俺にだって覚悟がある。

 あいつと一緒に最強になるって決めた。こんな所で引いてなんかいられない。

 受けて立つ、そんな意思を込めて俺は剣を構える。


「ふっ、感謝するぞレイヴェル」

「いえ、俺にとっても必要なことだと思うので。全力で立ち向かわせてもらいます」

「あぁ、その意気だ。来るがいい!」


 ヴァルガさんは圧倒的格上。どんな戦い方をするのかもわからない。

 それでもまずは一歩だ。


「はぁああああっっ!!」


 こうして、俺とヴァルガさんの本気の立ち合いが始まった。

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