第112話 レイヴェルvsヴァルガ

〈レイヴェル視点〉


 圧倒されるような闘気を放つヴァルガさんの姿に一瞬怯みそうになる。でも、それじゃあダメなんだ。

 俺がこの人に示すべきは覚悟。ビビッて震える無様な姿を見せるわけにはいかない。


「はぁああああああっ!」


 気合いを入れて踏み込む。仕掛けるのは接近戦だ。遠距離の攻撃手段を持っていない俺にとって、それは当然の選択肢ともいえるかもしれない。だが今回いつも以上に近づくことを意識する必要がある。 

 理由は単純、ヴァルガさんが槍使いだからだ。長いリーチを活かした中距離戦闘をメインとした戦い方をする槍。逆に言ってしまえば、懐に潜り込んでさえしまえば今度はそのリーチが仇になる。

 もちろんヴァルガさんが近接戦闘に心得が無いなんてことは思わない。だが、俺に活路が見いだせるとしたらそれはやはり近距離での戦闘だけだ。

 ヴァルガさんの得意とするリーチで戦い続けても俺に万が一の勝機もないのは目に見えている。

 そのためにもまずは最初の一撃を避ける!


「ふっ!」

「ほう」


 突き出された槍を、身を低く屈めることで避ける。俺の体すれすれを通る鋭い切っ先に肝が冷えるが、それも一瞬のことだ。最初の死線は超えた。

 後は一気に攻めるだけだ。ヴァルガさんは間違いなく俺より格上。そんな格上相手に自分の動きをされたらあっという間にやられる。

 俺のペースを保ち続けること。それを意識しなきゃダメなんだ。

 思い出せ。ライアさんとの訓練で言われたことを。

 ライアさんとの朝の早朝訓練。いつものように本気のライアさんと立ち会うなかで注意されたことがいくつもある。


『レイヴェル、お前は少し様子を見すぎるきらいがある。だが、私のような格上相手にそれは悪手に他ならない。お前が私の一つを観察している間に私はお前は百回殺せる。もちろん観察眼は磨くべきものだ。相手の癖を見抜くことは勝つために必要な要素だからな。だが、それだけじゃダメだ。まずは動け。致命的な一撃さえ受けなければどうとでもなる。動きながら、攻撃しながら観察する癖をつけろ』

 

 これはライアさんだけに言われたことじゃない。イグニドさんにも言われたことがある言葉だ。つまり様子を見すぎて相手に初動を譲ってしまう。それが俺の悪癖なんだ。

 一度相手にペースを譲ってしまえば、そこから巻き返すのは至難の業だ。

 

「悪くない動きだ。だがまだ甘い!」

「っ!?」


 袈裟斬り、突き、逆袈裟、横薙ぎ、その全てを最小限の体の動きだけで避けられる。

 完全に見切られてるのか。


「ふっ!」


 上段からの振り下ろし。体重を乗せた渾身の一撃も槍の柄であっさり防がれる。押し切ろうとしても、まるで大木を動かそうとしてる感覚だ。

 足から根っこでも生えてるんじゃないかってレベルだ。


「速さも、鋭さも悪くない。力も申し分ない。なるほど、ある程度の力は持っているようだ。だが、まだ足りない」

「っ!」


 槍の一振りでいとも簡単に吹き飛ばされる。来るのはわかってたから覚悟してたのにも関わらずだ。ったく、どんな膂力してんだ。


「レイヴェル、お前の剣は真っ直ぐすぎる。どこを狙っているのか、何をしようとしているのか。それが丸わかりだ。視線の動き、呼吸、踏み込みのタイミング。その全てがお前の行動を予測させる。そしてこちらが見せた隙にすぐに食らいついてしまう単純さ。どれをとっても未熟であると言わざるをえない」


 俺の足りてない点を指摘しながらの猛攻。たった一瞬でペースを握られた。まるで槍が何本もあるかのように幻視してしまうほどだ。

 もう一度懐に飛び込もうにも、そんな隙すら与えてくれない。避け続けるだけで精一杯だ。足を怪我するわけにはいかない。機動力を奪われたらそれこそ一貫の終わりだ。


「どうしたレイヴェル、その程度か!」

「っ……まだまだぁ!」


 腕に槍が掠るくらい気にするな。剣を握れるなら、振れるなら問題ない!

 確かに槍の振るわれる速度は尋常じゃない。でも、全く見えないわけじゃない。

 ヴァルガさんは俺の機動力を奪うために足を、そして剣を持つ俺の利き腕を中心に狙ってきている。タイミングは不規則、それに俺がその部分だけに意識を取られてたら今度は別の場所を狙って来る。

 一瞬の見極めだ。狙うべき一瞬さえ間違えなければ隙を作れる。


「そこだっ!」


 槍の先が足元に来た瞬間に身を翻し、思いっきり柄の部分を踏みつけて高く跳ぶ。

 俺の全力を込めた一撃でも通用しないなら、今度はそれに上空から全体重と落下するスピードも加えて叩きつける!


「はぁっ!!」

「っ!」

「っぁ!」


 間違いなく今回の戦いの中で最高の一撃。だが、その一撃もあっさり防がれ、弾き跳ばされた。

 無様に地面を転がされ、それでもすぐに起き上がろうとした俺の目前に突きつけられたのは槍の切っ先だった。

 完全な詰み状況。完全に逆転は不可能な状況だった。


「終わりだ」

「っ! くっ……」

 

 俺の負け……か。

 俺の勝てる可能性は限りなく低かった。そんなことは百も承知だ。だが、それでもゼロじゃなかったはず。

 ライアさんも言っていた。どんなに相手が格上だろうとも、勝負に絶対はあり得ないと。

 この勝負もそうだ。俺はヴァルガさんの戦い方を知らなかったが、それはヴァルガさんにしても同じこと。その隙をつければ勝機は見いだせたはずなんだ。

 でも、それでも負けたのは俺の完全な実力不足だ。あれだけ啖呵を切っておきながらこの程度のことしかできないなんて。自分で自分が情けなくなる。


「何を俯くことがあるレイヴェル」

「え?」

「確かにお前がこの勝負に敗れたかもしれない。だが、それでもお前は確かに俺に意思を示してくれた。クロエと共に戦うために意思を。そしてお前の意思は確実に力を示した。見てみろ」

「これは……槍の柄に罅が」


 槍の柄の中心あたりに入った罅。それは俺の最後の一撃を受け止めた部分でもある。


「あぁ。この罅は間違いなくお前がつけたものだ。練習用の槍とはいえ、その頑丈さは折り紙つき。まさか罅を入れられるとは思わなかった」

「……」

「足りない部分は多々ある。お前よりも強い戦士は俺も含めていくらでもいるだろう。それでもお前は俺に示してくれた。その強い意思と、この先に通じる力の片鱗を。今はそれだけで十分だ」

「ヴァルガさん……」

「期待しているぞレイヴェル。お前なら俺達に出来なかったことを……本当の意味でクロエに寄り添うことができるかもしれない。クロエは何も考えていないようで考えていたり、深く考えているようで何も考えていない、そんな奴だ。これからも呆れることは多々あろうだろうが……どうか傍に居てやって欲しい」

「……はいっ」

「さて、それじゃあクロエ達の所に戻る……前に、傷の手当てをしておかないとな。クロエに何事かと心配されてしまう」

「あぁ、そうですね」


 こうして、突発的に始まった戦いは終わりを迎えたのだった。


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