第197話 きっと乗り越えていける
カムイとの話し合いを終えたオレは、そのまま王城を出て歩き続けていた。
頭の中にあったのはさっきカムイに言われたことだ。
『不変であるお前達とワシは違う』
そうだ。確かに違う。魔剣という不変の存在であるオレと、獣人であるカムイ。オレにとってはたった数十年の出来事でも、カムイにとってはそうじゃない。
はは、自分じゃわかってなかったけどオレも魔剣に染まり切ってたってことか。数十年のことを、たった、なんて言えるんだから。
そっか、考えれば当たり前の話だ。会わなかった数十年という月日は人を変えるには十分過ぎる。オレは過去のカムイばっかり見て、今のカムイとちゃんと向き合おうとしなかった。
そんなオレの言葉が届くはずはないし、カムイが積み重ねてきた月日を否定することなんてできるわけがない。
「ダメだなぁ、私」
ファーラもヴァルガもそうだ。会わなかった二十年という月日。その間に何があったのかなんてオレはほとんど知らない。二人がどんな決意と想いでハルと一緒に行ってしまったのか。オレはそれを知らないんだ。
「大丈夫かクロエ」
「そんなに大丈夫じゃなさそうに見える?」
「俺にはな。というか、そんな泣きそうな顔してる奴が大丈夫に見えるわけないだろ」
「え、そ、そんな顔してた?」
ちょっと落ち込みはしてたけど、さすがに泣きそうな顔まではしてなかったはずだ。
「自分でもわからないとか相当重症だな。出て行く時はあんな啖呵切ってたくせに、城から離れた途端に急に纏う雰囲気が重くなるんだからな。気付かないわけないだろ」
「うっ……」
確かにカムイの部屋から出て行くとき、『逃げないし、目を逸らさない』って言ったけど。
もちろん言ったこと自体は本気だ。でも、あの場で何か言わないと本当にカムイが遠くに行ってしまうような気がして。
気が付いたら口をついて出てたって感じだ。
「私のことならなんでもわかるんだね、レイヴェルは」
「そりゃ相棒のことだからな」
「~~~~~ッ、そういう恥ずかしいこと急に言うの禁止!」
「恥ずかしいことってなんだよ。ってか、お前だってよく言ってることだろうが」
「わ、私はいいの!」
「なんだよその暴論は!」
まったくもう、恥ずかしいったらありゃしない。なんか落ち込んでるのも馬鹿らしくなってくるっていうか。
「……ふふっ」
「なんで急に笑ってんだよ」
「なんでもない。でも、ありがとうレイヴェル」
「ん? なんでいきなり礼なんて言うんだよ」
「わからないならそれでいいよ。ただ言いたくなっただけだから」
確かにカムイの言う通りオレ自身は不変の存在なのかもしれない。でも、そんなオレにも確かに変わったことが一つある。
それがレイヴェルだ。魔剣として初めて契約した何よりも大切な人。
レイヴェルとの繋がりを感じるだけで、冷たくなりかけてた心がじんわりと温かくなる。
大丈夫。オレには、『私』にはレイヴェルがいる。だったら大丈夫だ。
不思議となんでもできそうな気がしてくる。
カムイのことだけじゃない。ハルのことも、ファーラやヴァルガのこともそうだ。
レイヴェルと一緒ならきっと乗り越えていける。
「よしっ! 落ち込むのも考え込むのももう終わり!」
「うぉっ、な、なんだ急に」
「あはは、ごめんね。でももう大丈夫だから。今度こそ、本当にね」
「……確かにさっきまでよりはマシな顔つきだけど」
パンッと頬を叩いて気合いを入れ直す。
ちょうどその時だった。
「クロエさん、レイヴェルさん」
「あ、フェティ。どうしたの?」
「どうしたの、じゃありません。あなた達が王城に向かったと聞いて、それで……」
「あ、ごめん。心配させちゃったかな」
「別に心配していたわけでは。その、少し気になっただけで」
若干頬を赤くしながらそっぽを向くフェティがあまりにも可愛らしくて思わず抱きしめる。
「わぷっ、ちょ、ちょっと、なんで急に抱きしめるんですか」
「んー? なんとなく?」
「なんとなくで抱き着かないでください」
「よいではないかよいではないかー」
「止めてくださいっ」
「あっ逃げた」
強引に腕を振り払われて、その隙に逃げられる。逃げたフェティはレイヴェルの後ろに逃げ込んだ。
レイヴェルの後ろから顔を半分だけ出してふーっ、ふーっと威嚇してる。
「やり過ぎだアホ」
「えへへ、ごめんなさーい」
「全然反省してるようには見えないぞ。まぁいいか」
「ほらほら、フェティももうしないから出ておいでー」
「信用できません」
「あぅ」
「自業自得だろ。まぁでも、フェティもそのままだと話にくいから、出てきてくれないか?」
「ん~、わかりました」
「なんでレイヴェルの言うことは素直に聞くのかなぁ」
それがちょっと納得いかない。
まぁ自業自得な部分があるのは認めるけど。
「あの、お二人はこれからどうされるんですか?」
「え、どうって?」
「色々な事情があることは理解しました。どう解決するつもりなんですか? まさか放っておくわけじゃないでしょう?」
「それはそうだけど……」
確かになんとかしたい、というかするんだけど。
具体的なことは何も考えてなかったな。
「まずはハル達の情報を集めることから始めないと」
「そうだな。何か企んでることは間違いないみたいだし。フェティは何か知らないのか?」
「すみません、詳しいことは何も。私にも教えてくれてはいなくて。彼らと取引をしていたことも今日まで知らなかったので」
「まぁその辺りはロゼだし。フェティが相手でも教えてなかったんだろうね」
ハルはキアラを取り戻すって言ってた。それが目的なんだとして、じゃあ次に何をするのか考えないと。
ケルノス連合国での目的は果たしただろうし、精霊の森で何かしてたっていうことは他の精霊の森も狙うかもしれない。
だとしたら次に可能性があるのは……。
「もしかしたら次はエルフの国に行くかもしれない」
「エルフの国?」
「うん、あくまで可能性の話なんだけど。あそこの近くにも精霊の森があるから。それに、エルフの国とその隣にあるドワーフの国には私が昔一緒に旅した人達がいるから。もしかしたらハルのことも何か知ってるかもしれない」
「なるほど、エルフの国ですか。あの……」
「ん? どうしたの?」
「……いえ、なんでもありません。お二人は明日帰られるんですよね」
「うん、もうギルドに直接報告もしないといけないから。明日ライアさん達の飛空艇でいセイレン王国に帰る予定だよ」
「わかりました。すみません、少し用事があるので失礼します」
「え、ちょっと」
呼び止める間もなくフェティは走り去ってしまう。
「どうしたんだろうフェティ」
「俺に聞かれてもな。あぁまた明日帰る前に会いに行けばいいだろ。それにしても、本当にエルフの国に行くのか?」
「うん。あ、もちろんレイヴェルがいいならだけど……」
「ダメだ、なんて言うわけないだろ」
「ふふ、それじゃ決まりだね。次はエルフの国に行こう!」
こうして、オレ達が次に向かう国が決まった。
次に向かうのは太古の秘術の伝わる国。エルフ族が住む『グリモア』だ。
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