第62話 氷剣と呪剣
『リバースペイン』
ダーヴの声が無情に響く。
カタカタと震える氷剣が、その色を青から紫紺へと変え切っ先をレイヴェルとダーヴに向けた。
見えてはいないはずのダーヴがニヤリと酷薄な笑みを浮かべる姿をレイヴェルは幻視した。
背筋に走る悪寒そのままにレイヴェルは叫んだ。
「まずいぞラミィ!」
「っ、わかってるわよ! シエラ!」
「クゥンッ!」
まっすぐにレイヴェル達に向けて飛んできた氷剣を、シエラが機動力を生かして避ける。しかし氷剣はそのまま地面に突き刺さることはなく、途中で軌道を変えてレイヴェル達のいる方向へ向かって来る。
「やっぱり追って来る、しかも速い!」
『あっははははぁ♪ 無駄だよぉ。ダーちゃんの力が付与されたその剣はぁ、どこまでもどこまでも君達のことを追うよぉ。だって君達がさぁ、ディエドを串刺しにしちゃったんだからぁ。同じ運命を辿ってもらうんだからぁ』
逃げ回るレイヴェルとラミィを見てダーヴが心底楽しそうな笑い声をあげる。
そしてそんなダーヴの言葉を証明するかのように氷剣は徐々にレイヴェル達に近づいて来る。
これまで速さだけはレイヴェル達の方が上だった。
だからこそかろうじて押し切られることなく戦うことができていたのだ。しかしここに来てレイヴェル達を上回る速さを持つ氷剣をダーヴに手に入れられた。
「おい、このままじゃ追い付かれるぞ!」
「くっ……氷剣よ!」
ラミィは残った氷剣を操り、追いかけてくる氷剣の迎撃にまわす。
しかし——。
「なっ!?」
『あはぁ♪ それも無駄なんだよねぇ』
ぶつかり合ったラミィの氷剣とダーヴの氷剣は、ラミィが一方的に打ち負ける結果となった。
『自分の作ったものだから相打ちにできると思ったぁ? ざんねぇ~ん。ダーちゃんの力が加わった時点で、この氷剣はもうこっちのものだからぁ、下手な剣よりもずっとずぅ~っと強いよぉ。そうだなぁ。名づけるなら氷剣改めて呪剣、なんていいと思わない?』
「ムカつくわねあいつ、あの口黙らせてやりたい」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 追い付かれるぞ!」
完全にコントロールを奪われ呪剣と化した氷剣はラミィがどれほど操ろうとしてもピクリともしない。支配権は完全にダーヴのものになっていた。
「そんなこと見りゃわかるわよ! こうなったら……レイヴェル、あんたに賭けるしかないわ」
「は? どういうことだよ」
「私の作った氷剣は全部砕かれた。今さら新しく作り直してる余裕もないし、そんなことしてもさっきの二の舞になるだけ。魔力の無駄。残ってるのはあんたがその手に持ってる氷剣だけ。それを作り直す。私の作れる最高硬度の氷で。だからあんたは」
「斬ればいいんだな。追って来るあの剣を」
「そういうことだけど……できるの? もしかしたらその剣でも負けるかもしれないのに」
「できるできないじゃなくてやるしかないんだろ。どのみちこのままやられるくらいなら、俺はお前の作る氷剣を俺は信じる。そっちこそ、俺程度の剣の腕に任せていいのか?」
「ふんっ、あんたは全然頼りないけど……でもまぁ、少しくらいなら信用してあげる」
ラミィの脳裏を過るのは早朝のレイヴェルの訓練。
あの時ラミィは僅かに、しかし確かにレイヴェルの振るう剣に魅せられた。
確かにレイヴェルに才能はないのかもしれない。しかし、レイヴェルの努力をラミィは信じることにしたのだ。
「『氷剣創造』!」
想像するのは硬さ。より硬く、より鋭く。レイヴェルに相応しい剣を。
『いひぃ♪ 足掻くねぇ、何をしたって無駄なのに。あぁでも、そのおっきな木の後ろに隠れたら防げるかもねぇ』
暗に竜命木を盾にしろというダーヴにラミィの中に怒りの炎が巻き上がる。しかしその怒りすらも力に変えて、ラミィはレイヴェルの氷剣を完成させる。
「レイヴェル、あいつのこと黙らせてやりなさい!」
「任せろ」
迫りくる数多のダーヴの呪剣を前に、レイヴェルは目を閉じ呼吸を整える。
緊張していないはずがない。レイヴェルは自身の剣の腕をよく知っている。
できない、不可能と判断するのが妥当。
レイヴェルの頭の中では無理だ、逃げろと騒ぐ自分もいる。しかしそんな声をレイヴェルは全て無視した。
黙っていろと。怯える心はいらないと、心を無理やり奮い立たせる。
ラミィの信頼に応えるために、そしてクロエの相棒として相応しくあるために。
(ここで逃げたら、俺が俺じゃなくなるんだよっ!)
カッと目を見開いたレイヴェルは間近に迫った呪剣に向けて剣を振る。
「はぁああああああっっ!!」
氷剣と呪剣がぶつかり合う。
折れたのは——呪剣だった。
『あれぇ? 折られちゃった。おっかしいなぁ。でもまぁいいや。呪剣は一本じゃないしね。ほらほら、まだまだおかわりはたーくさんあるよぉ』
次々と迫る呪剣。レイヴェルはその全てを視界に収めるように視野を広く保つ。
「あいつのやってたことを思い出せ。同じじゃなくてもいい。俺にできる最善をっ!」
ディエドがラミィの氷剣を防いだ時と同じように、レイヴェルはどの呪剣が一番速く自分に到達するかを見極める。
ごく僅かな差。しかしその差を見極めることができなければ一瞬でレイヴェル達は串刺しになるだろう。
あまりに膨大な情報の処理に追われてレイヴェルの脳は焼き切れそうになる。
それだけじゃない。なんとか呪剣を防ぐことには成功しているが、呪剣の硬さは本物だ。
一つ防ぐだけでレイヴェルの腕にビリビリと大きな衝撃が走る。
剣を落とすことなく握り続けれているのは奇跡に等しかった。
そして斬り落とした呪剣の破片がレイヴェルのことを襲っていた。
腕、足、頬。レイヴェルの体の至る場所が切り裂かれ、とめどなく血を流している。
レイヴェルの体から流れる血でシエラの白い背に血の赤が広がるほどだ。
「レイヴェル、後少し耐えなさい!」
ラミィのそんな言葉に返事をする余裕もない。
ラミィはレイヴェルが呪剣を防ぐ内に、その進路をディエドとダーヴの方へと向ける。
『え、ちょとちょっとぉ。こっちに来る感じ? まだディエド回復しきってないんだけどぉ』
「だからそこを狙うんでしょうが! 『氷槍創造』!」
ラミィは作り出した巨大な氷槍を構える。
ディエドが動けない今こそが、最後のチャンスだった。
「全力で行くわよシエラ。『竜氷槍牙』!!」
ラミィが氷槍を構え、シエラが加速して敵に突っ込む。ラミィとシエラが協力した最強のチャージアタック。
レイヴェルが作り出したチャンスを無駄にしないために、なんとしても決めるという強い意志を込めてラミィとシエラはディエド達に向けて突進する。
『うわわわわわっ! ちょっとちょっとぉ、そんな攻撃したらっ』
これまでとは一転して慌てたような声を上げるダーヴ。
ディエド達までの距離は後わずか。
ラミィの氷槍がディエドに届く——その直前だった。
『そんな攻撃したら——死んじゃうよぉ?』
「っ!」
何かが氷槍の先端に触れた。
そう認識した時にはもう遅かった。
『『残撃』発動♪』
「ルォオオオオオオオンッッ!?」
「シエラッ!? くぅっ!」
シエラの体が突然ズタボロに切り裂かれる。
純白だったその体の至る所に裂傷が走り、膨大な血を流す。
そしてそれはラミィも同様だった。
体の至る所に急に何かに斬られたかのような裂傷が走る。
シエラは空中の姿勢を維持できなくなり、地へと落ちていく。
「「っ!」」
「ル……ォオオッッ!!」
全員が地に叩きつけられる直前、シエラが最後の力を振り絞り勢いを殺す。
しかしできたのはそれだけだった。
背に乗っていたレイヴェルとラミィは地に投げ出されるが、シエラのおかげでなんとか無事だった。
しかし——。
「ル……アァ……」
二人の無事を見届けたシエラは、そのまま倒れ力尽きてしまった。
それを見たラミィの目が恐怖と絶望に染まる。
「シエラ……シエラァアアアアアアッッ!」
ラミィの悲痛な叫びが、空しく周囲に響き渡った。
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