第95話 ロリババア現る

 その店は、大通りから少し外れた場所にある。

 ひっそりと隠れるように。昔オレが……というより、キアラがこの店を見つけた時もある意味偶然が重なった結果だったし。

 最後に来たのはもう二十年くらい前になるか。カムイと一緒で今回会うつもりは無かったけど……でも、こうなったらいっそ腹を括るべきだろう。


「こんな薄暗い……というか、外れた通りに店なんかあるのか? 誰も来るとは思えないんだが」

「あはは、まぁ確かに立地は最悪だし、見つかりにくい場所にある店だけど。でもいい店だよ。店主がいい人かどうかは置いといて」

「おい、その一言で激しく不安になったんだが」

「あ、見えてきた。ふふ、やっぱり残ってたんだ。まぁ潰れてるとは思わなかったけど」


 見えたのは相変わらずボロボロの看板。

 そこに書かれてる店名は『猫奪屋』。


「ずいぶんボロボロだけど……本当にやってるのか?」

「うん。間違いないと思うよ。潰れた時は看板どころか店ごと更地にするって言ってたから」

「店ごと更地って……どんな店なんだよ。猫……奪屋? どんな店なんだ?」

「どんな店……どんなって言われると難しいけど。簡単に言うとなんでも屋?」

「なんでも屋?」

「そう。本当になんでも扱ってるよ。入ってみたらわかるんじゃない? ってわけでさっそく入ろう」

「あ、おい!」


 レイヴェルの止める声も聞かずに店の扉を開く。

 その瞬間に臭ってくるのはかび臭い感じの臭い。でも、その臭いも今はどこか懐かしい。

 その店の奥に鎮座しているのは……。


「ふん、何しに来たんだい世間知らずの小娘」

「そっちこそ。まだ耄碌はしてないみたいだねロリババア」

「……ふふ」

「……あははっ」


 自然に笑みがこぼれる。

 この憎たらしい声に不貞腐れた顔。昔と全然変わってないな。


「久しぶり、ロゼ」

「あぁ、久しぶりだなクロエ」


 ロゼ……正式はローゼリンデ。

 この国が今の形になった時から……いや、それよりもずっと前からこの場所に店を構えてるらしい。

 具体的にいつからかは知らないけど……二百年以上とかいう噂もある。

 長い、というか無造作に伸ばされた金髪に猫耳のロリババア。なんて属性もりもりだって感じだけど。

 しかもその上に伝説ともいえる化猫族だ。


「まぁお前が来ることはわかってたがな」

「だろうと思った。実際来るかどうか迷ったところあるけど」

「それでも来ると確信していた。お前のことだからな」

「さすがというかなんというか。あ、紹介するね。彼は——」

「レイヴェル・アークナー。年齢十七歳。イージアを拠点とする新米D級冒険者。師匠の名はイグニド・フレイスタ。今日共に来ているライア・レリッカーの弟弟子にあたる。そして……竜に選ばれた者で魔剣であるお前の契約者。こんなところか?」


 スラスラと並べられるレイヴェルの情報。

 オレの隣に立つレイヴェルは初めて会うロゼに自分の情報が丸裸にされていることに驚いてる。まぁ無理もないというか。

 オレも初めて会った時は驚いたし。


「さすがだねロゼ。腕は衰えてないと言うかなんというか。でもそうやって情報なんでも丸裸にするのは止めてって何回も言ったと思うけど」

「性分だ。お前にとやかく言われる筋合いはない」

「全くもう……ごめんねレイヴェル。こういう人なんだ。ちなみに猫族に見えるけど猫族じゃないよ。化猫族っていうちょっと特別な種族なの」

「化猫族って、そんな種族がいるのか?」

「もうごく少数しか残っていないがな。ま、猫族とそう相違はない。多少寿命が長い程度だ。ふむ……あらためて自己紹介してやろう。私の名前はローゼリンデ。そこのアホ娘とは一応六十年近くの付き合いになる」

「ちょ、誰がアホ娘なの! っていうかさらっと六十年とか言わないでよ!」

「なんだまだ年齢を誤魔化してるのか? お前の年齢は——」

「わーっ! わーっ!! ロゼ、それ以上はぶっ飛ばすよ」

「はっ、小娘に何を脅されたところで——」

「ふんっ!」


 手近にあった商品棚を破壊の力を使って壊す。

 今のオレと昔のオレは違う。契約者が……レイヴェルがいるって時点で。


「……なるほど。それが契約して発現した力か。ふん、なかなかのものじゃないか。いいものを見せてくれた礼に黙っておいてやろう」

「ビビったねロゼ」

「だ、誰が貴様にビビるか!」

「尻尾、思いっきりお腹の方に動いてるけど」

「はっ!?」


 猫が尻尾をお腹の方に持ってくるのは怖がってる時だ。

 それはロゼも変わらない。

 尻尾は正直ってことだ。


「ふ、ふん! 知るか。全くお前は……に無くていいところまでキアラに似て来てるな」

「別にキアラに似てきてるつもりはないけど」

「似てるさ。十分。お前にそんなつもりは無かったとしてもな」

「……そっか」

「あやつの話は知っている。慰めの言葉を言うつもりもないが……まぁ、面白い奴ではあった」

「ふふ、最後の最後まで振り回してくれたけどね。ありがとうロゼ」

「別に礼を言われるようなことじゃない。それよりも……レイヴェルだったか。お前も災難だな。こんな奴に選ばれるとは」

「ちょっとそれどういう意味」

「そのままの意味だ」

「はは、別に災難だとは思ってないけど。むしろ助けられてることの方が多いし。えーと、ローゼリンデさん、でいいのか?」

「ロゼで構わない。そこの女もそう呼んでいるからな。それにお前とは長い付き合いになりそうだ。どうだレイヴェル。今後とも贔屓にしてくれるならそこの女の秘密話をいくつか教えてやるぞ」

「それはちょっと興味あるけど」

「レイヴェル! ロゼも! いい加減にしないと怒るよ!」

「ふっ、どうやらその男が相当大事らしいな。そんなに昔のことを知られたくないか」

「別にそういうわけじゃないけど……でも、こういうのって順序ってものがあると思うし。なにより私の口から話すのが筋でしょ」

「ややこしい奴だなお前は。まぁいい。おいレイヴェル。聞きたければそこの女がいないときに来い。色々と教えてやろう」

「ロ~ゼ~ッッ!!」

「まぁクロエの話は興味あるけど」

「レイヴェル?!」

「それよりも、クロエがここに来たのは挨拶がしたかったからってだけなのか?」

「それよりもで済ませたくない話題だけど……挨拶がしたかったっていうのが一番の理由だし、レイヴェルの紹介をしたかったってのもあるけど。でもそれだけじゃないよ」

「ほう……つまり私の力を頼りに来たわけか」

「そういうこと。ちょっとばかし情報が欲しいなって思って」

「情報か。欲しがる情報に目星はつくが……高いぞ?」

「タダでよろしく」

「ふざけるな小娘!」

「久しぶりに会ったんだからそれぐらいまけてよロリババア!」

「久しぶりに会った程度でタダにしてたら商売あがったりになるわこの阿呆が! 払うもんは払わんか!」

「ケチ!」

「なんじゃとこの!」

「二人とも落ち着けって。クロエもあんまり無茶なこと言うなよ。いきなり来て情報をタダで寄こせってのはいくらなんでも無茶だろ」

「むぅ……」

「ふん。レイヴェルの方が話がわかるではないか。全く……だが、そうさな。クロエには譲らんがレイヴェル、お前には情報をやろう」

「む。どういう風の吹き回し? ドケチなロゼがレイヴェルに情報をあげようだなんて。もしかして……」

「阿呆な想像するな。情報をやる……というのも少し語弊があるか。こっちにも少し事情があってな。おい、出てこいフェティ」

「?」

「はい。ババ様」

「うわぁっ!」

「っ!」


 影からヌッと現れたのは十三歳くらいの見た目のロリっ子……見た目で言うならロゼも同じくらいの感じだけど。

 初めて見る子だけど。もしかしてこの子もロリババアだったりするのか?


「ババ様は止めんか。それとクロエ。こやつは見た目通りの年齢だぞ。今年で十四になる。ちょっとした事情があって預かっておる娘だ。」

「へぇ……」


 銀髪の猫耳、無表情な感じもまたグッド。

 つまり何が言いたいのかと言えば、めちゃくちゃ可愛い。

 フェティか……ローゼリンデが子供預かるなんて珍しい。どういう風の吹き回しだろうか。


「こやつは私の後継として育てておる」

「え、後継って……ロゼ引退するの?」

「アホか。そんなつもりはさらさらないわ。だが、継ぐ者はおっても良いと思ってな」

「ふーん……珍しいこともあるんだね」

「私も色々と考えているんだ。それでなレイヴェル。情報というのはそやつのことだ」

「? 言ってる意味が良くわからないんだが」

「つまり、私から情報は渡さない。そいつに欲しい情報を集めさせろ。それが私からお前達に与えられるものだ」

「ロゼ、この子に情報を集めろって……」

「そんな顔をするな。その娘には一通りの技術は叩き込んである。筋も良い。それなりに使えるはずだ。言ってしまえばこれは私からフェティへの試験のようなもの。レイヴェルの望む情報を調べられるかどうかのな」

「そのために私達を利用しようってこと?」

「ふふ、まぁそういうことだ。ちょうど良い機会だしな。まぁ、二人とも存分に使ってやってくれ。クロエも、これで知りたい情報を知れるかもしれんぞ」

「でも……」

「遠慮はするな。フェティ、挨拶を」

「……フェティです。これからよろしくお願いします」


 ニヤニヤと楽しそうに笑うロゼと、無表情なままぺこりと頭を下げるフェティ。

 挨拶と情報を貰おうと思ってきただけなのに、まさかこんなことになるとは……。

 予想もしてなかった展開に、オレとレイヴェルは顔を見合わせて戸惑うことしかできなかった。

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