第98話 ご飯が食べたいだけのお話
お腹が空いたというレイヴェルのために、大通りを歩いている内に目をつけていた店へとオレ達はやって来ていた。
あくまでレイヴェルのためだ。別にオレがお腹空いてるとかそういうわけじゃない。絶対にない。それだけは理解しておいて欲しい。
入ったのは大衆料理店。なんか他の店と比べてやたらと人が多かったからちょっと気になったんだ。
他の店が少ないってわけじゃないけど。こんだけ人が多いってことはなんか理由があるんじゃないかって思ったわけだ。
「ここがクロエの言ってた店か? なんかやたら人が多いけど」
「でしょ。だからちょっと気になったんだよねぇ」
「……虫料理の店じゃないよな」
「たぶん」
「たぶんっておいお前なぁ!」
「あはは、大丈夫だって。それに虫料理だってそんなに悪いわけじゃないし」
「お前、虫嫌いなのに虫料理は平気なんだな」
「それはそれ。これはこれ。気持ち悪いとは思うけど……だからって食べれないわけじゃないよ」
「うーん、まぁそういうもんなのかもしれねぇけどなぁ」
待つことしばらく、ようやく店の中に入れたオレ達は席へと着くことができた。
上品なレストランってわけじゃないから、店の中はかなり騒がしかった。というか、普通に昼から酒飲んでる人もいるし。
大衆料理店というか、大衆居酒屋って感じか。獣人以外の客はオレ達だけか。
ま、そりゃそうだって感じだけど。普通の旅行客はもっと違う、有名な所にいきそうだし。
こういうところだからこそ隠れた名料理なんてものがあったり……なかったりするけど。
こんだけ人がいるなら味は大丈夫だと思っても大丈夫そうだし、そんなに心配することもなさそうだ。
「お待たせしましたー」
席についてからすぐにウェイターの女の人が水とメニューを持ってきた。
犬族か……うん、見事にモフモフな犬耳に尻尾。ちゃんと手入れをしてるみたいだ。
「ありがとう」
「どうも」
「お二人とも旅行者ですかぁ?」
「あー……まぁそんなところです」
「ふふ、旅行者の方がこの店に入って来るのは珍しいですねぇ。向こうの方に大陸雑誌にも載るようなお店がいくつもありますし」
「そうなんですか? 実は今回この国に来るのって結構急に決まったことだったんで。あんまりお店については調べる余裕がなかったんですよ。もしかして……あんまり旅行者が入るの歓迎じゃなかったりします?」
「全然全然! むしろ大歓迎ですよ! 勘違いさせちゃったならごめんなさい」
「ううん、こっちが早とちりしただけですから。人がすごく多くて人気みたいだから気になったんです」
「あぁ、そういうことですか。もちろん味には自信はありますし、人気がある方だと思いますけど。でも、今日はいつも以上に忙しいんですよね」
「? 何か理由があるんですか?」
「はい。あちらの方なんですけど」
ウェイターの視線の先、そこにはある他の場所以上の人だかりができていた。
「なんですかあれ?」
「実はちょっと有名な人が来てまして。そのことが口コミで広がっちゃったみたいなんです。それでこんなにいっぱい人が」
「なるほど、そうだったんですね」
「騒がしかったらごめんなさい」
「それこそ気にしないでください。こういう騒がしいの嫌いじゃないですから」
「ふふ、ならよかったです」
それにしても有名な人か……うーん、人だかりができてるからちょっとここからじゃ姿も見えないな。
まぁいいか。獣人族で有名な人とか言われてもわからないだろうし。
「あ、そうだ。せっかくだからついでに聞きたいんですけどいいですか?」
「はい、なんですか?」
「このお店のおススメメニューとかあったりします? 私達、せっかくだからこのお店のおススメのものが食べたいなって思って」
「それなら全部おススメですって言いたいですけど……そうですねぇ。外からこられた方なら……虫料理とかはあんまりダメですよねぇ」
「うーん、そうですね。できれば」
「それなら魚料理なんてどうでしょう。実は今日は新鮮な魚が入ってまして。白身魚のフライ定食なんてどうです?」
「あ、いいですねそれ。レイヴェルもそれでいい?」
「ん、あぁ。任せる」
「わかった。それじゃあ決まりで。それ二つでお願いします」
「はい、かしこまりました。白身フライ定食お二つですね。すぐできますから少々お待ちくださいね」
ニコッと可愛らしい笑みを浮かべて厨房の方に去っていく犬っ娘さん。
うーん、やっぱり可愛いなぁ。人当たりもいいし。頼んだから尻尾とか触らせてくれないかなぁ。
「お前、なんか変なこと考えてるだろ」
「っ! べ、別にそんなことないけど」
「嘘吐け、思いっきり目が泳いでるぞ」
「あはは……バレた? 実はちょっと尻尾とか触らせてくれないかなぁって思って」
「いや、さすがにそれは無理だろ」
「わかってるって。本気じゃないから。ただ後でちょっと頼んでみるくらいは」
「止めろ」
「ちぇっ」
「それにしてもお前……話すの上手いな」
「ん?」
「いや、さっきのだよ。よくまぁあんな初対面の人と話せるもんだ」
「別にこれくらい普通だと思うけど。普通のコミュニケーション能力があればだけど」
「うぐっ!」
なんか知らんけどレイヴェルがダメージ受けてる。
ま、理由はなんとなくわかるけど。
レイヴェルは話すのとか苦手だろうし、何より目つきが悪いから話しかけられることも少ないだろうし。
「まぁそういうのは私に任せてよ。誰にでも得意不得意はあるものだし。そういうのを補い合うための相棒でしょ?」
「そういうわりにはお前に助けられすぎな気がするけどな」
「そんなことはないんだけど……レイヴェルがそう思うなら、これからレイヴェルにはいっぱい頑張ってもらっていつか私のことを助けて欲しいな」
「……おう、任せろ」
「ふふ、楽しみにしてる。そう言えば……虫料理勝手に断っちゃったけど良かった?」
「それは全然大丈夫だ」
「そっか。残念。勝手に頼めばよかったかな」
「止めろバカ」
それから少しして、犬っ娘ウェイターさんの言った通りすぐに定食は運ばれてきた。
白身魚フライの定食、想像してた倍くらい大きいんだけど。
「あはは、おっきいですよねこのフライ」
「えぇ、ちょっとびっくりしちゃいましたけど。これが普通なんですか?」
「はい。ビックコッパっていう魚なんですけど。その名前の通りかなり大きくて。見つけたら捕まえないと近くにいる魚を全部食べちゃったりする案外危険な魚なんですよね。でも味は保証しますよ。かなり美味しいです」
「へぇ、そうなんですね」
「もし食べきれなさそうなら彼氏さんに食べてもらったらどうですか?」
「「か、彼氏?!」」
「あれ、違いましたか? さっきからずっと仲良さそうに話してたんで恋人同士なのかと思ってたんですけど」
「ち、違います違います! レイヴェルは彼氏とか、そういうのじゃないですから!」
「あ……なるほど。ふふ、ごめんなさい。勘違いしちゃったみたいで。それじゃあゆっくり食べて行ってくださいね」
な、なんかさらに変な勘違いされた気がする。
っていうかどいつもこいつもなんなんだ。男と女が揃ってたらすぐにそういう目で見る。
恋愛脳ばっかりか!
なんか呼び止めて訂正するのも変な感じだし。
はぁ、まぁしょうがないか。これはもう慣れていくしかない。
「と、とにかく食べよっか。冷めてももったいないし」
「そ、そうだな」
レイヴェルとの間に流れる微妙な空気を振り払うように咳払いし、オレ達は定食を食べるのだった。
ちなみに、白身魚のフライは犬っ娘ウェイターの言ってたとおりかなり美味しくて、オレでもペロリと平らげることができたほどだった。
味が美味しかったからで、決して腹を鳴らすほどにお腹が空いてたことが原因ではないということだけ言っておく。
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