第307話 勝つための手段
「クソ、本気でやる気なのかよ」
アルマが大剣を構えたのを見てアイアルは冷や汗を流す。
口でなんと言って強がろうが、この場にいる誰よりもアイアルがアルマの実力を知っている。
今のアイアルでは逆立ちしても勝つことはできない。それは本人が何よりも一番わかっていた。
だがしかしそれは、アイアル一人だったならの話だ。
「背に腹は代えられませんわ。わたくしがなんとか隙を作ってみせますから、なんとかしなさいな!」
「ちっ、んなこと言われなくてもわかってる。あたしは魔力を練り上げるから時間稼いでろ!」
「どうしてあなたはそうけんか腰なんですの? ですが、仕方ありませんわね。失敗したら許しませんわよ」
「うっさい。あたしが失敗するわけないだろうが。言っとくけど親父のことをただの鍛冶師だって舐めるなよ。親父は自分が作った武器を全部一通り試す。実力は超一流だ」
「クロエ姉様の仲間だったというのは知ってますけれど……」
コメットも銃を握る手に力が入る。コメットは近接戦闘が得意ではない。ここまで来れたのもアイアルの魔法の力と不意打ちするような戦法を取っていたからだ。
(さっきの一撃。わたくしの目では捉えることすらできませんでしたわ。まともに戦っては勝ち目がないのは明白ですわ。もし可能性があるとするならば……)
アルマから目を離さないままに意識を向けるのはコメットの後ろで飛んでいるキュウだ。クロエとレイヴェルから託されたキュウ。まだ幼い生まれたばかりの竜に頼るのは情けないと言われるかもしれない。しかし竜という稀少種族の幼体。その実力は未知数で、この状況では頼りたくなっても仕方が無かった。
「安心しろ。殺しはしない。ただしばらくの間動けなくするだけだ」
ブン、と剣を一振りする。それだけで凄まじい風圧がアイアルとコメットを襲う。
体が竦みそうになる。必死に自分を鼓舞しても心が折れそうになるほどの圧力だった。
「っ、行きますわよ!」
「わかってる!」
コメットとアイアルは示し合わせたわけではないが、反対の方向へと走り出した。同じ場所に居てもまとめて倒されるだけ。それならば一緒に戦うよりも離れた方が少しでも時間を稼げるという判断だ。
「愚策は百も承知。それでも今のわたくしに必要なのは一秒でも時間を稼ぐことですわ! 頼みますわよキュウ!」
「キュキュッ!」
アルマがコメットの方へと向かわないように牽制に銃を放ちながら、距離を詰められないように障害物に隠れながら移動する。
「殺傷能力の無い魔力の銃弾。あの銃にそんなものを撃ち出す機能はつけなかったはずだが……いいだろう。遊び相手になってやる」
「っ、来ますわ!」
追われるというのがどれほど恐ろしいことなのか。この瞬間のコメットは身に染みて感じていた。肉食魔獣に追われる草食魔獣の気持ちを知った瞬間だった。
「ええい、怖がってる場合じゃありませんわ! お姉さまだって今頃戦っているんですもの。わたくしが一人だけ臆すわけにはいきませんわ!」
「いい気勢だ。だが、それだけでどうにかなるほど甘くはない」
「っ!?」
気付けばコメットの目の前にアルマが現れていた。アルマはコメットとの間にあった数十メートルの距離を一瞬で無かったことにした。
コメットでは到底真似はできないことだった。とっさにアルマに向けて銃を撃つが、避けられてしまう。
「こうして間近で見れば見るほど似ている。サテラに」
「っ、お母様のことを!」
「知っているに決まっている。かつて一緒に旅をしたんだからな。だがお前の母親はもっと強かったぞ。忌々しいほどにな」
「余計なお世話ですわ!」
コメットは腰につけていた閃光手榴弾をアルマの目の前に投げる。
「っ!」
すぐさま爆発した閃光手榴弾は僅かな間であったがアルマの視界を奪うことに成功する。その隙にコメットは近くの建物へと身を隠した。
「倒れていたエルフから奪っておいて正解でしたわね。キュウ、大丈夫ですの?」
「キュ!」
「良い子ですわ。ふぅ……それにしてもなんとか作戦を考えないといけませんわね。知ってましたけどとんでもない実力差ですわ」
コメットは自分の手を見下ろす。その手は震えていた。武者震いではない。絶対的な強者と相対した恐怖から来る震えだ。
震える手を必死に抑え込み、コメットは必死に作戦を考える。
「わたくしの力では正面から勝つことは不可能。キュウ、少しの間周囲を警戒してくださいな」
「キュッ!」
キュウが周囲の警戒をしている間にコメットは逃げる間に咄嗟に拾った物を広げる。
「勝てないならば、勝つための道具を作るまでですわ」
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