第70話 鎧化

「こんのぉおおおおおっっ!!」

「あははははっ! その程度じゃ当たんねぇぞ!」

「くっ……」


 ラミィの高速の連撃をディエドは全て紙一重で避け続ける。

 しかしその紙一重の差がディエドとラミィの決定的な差だった。

 ラミィの攻撃は当たらないのではない、当てれないのだ。ディエドは目にも止まらぬ速さで動き続けるラミィを全て見切っていた。


「右右、左、そらまた右だ。攻撃が単調になってんぞ。俺らに勝つんだろうが。もっと気張ってみせろや!」

「っ!」


 ディエドに一撃を竜爪で受け止めるラミィ、しかしその一撃は速く、そして重い。受け止めたラミィの腕にビリビリと痺れが走った。

 ラミィはディエドといったん距離をとりながら、レイヴェルとクロエへと目を向ける。

 二人はジッとしたまま動かない。何が起こっているのか。何をしているのか。ラミィには何もわからない。

 しかし、ラミィは信じていた。レイヴェルならば必ずクロエのことを連れ戻すと。

 

「私はそれまで時間を稼ぐ……稼いでみせる!」

「なんだぁ? 俺と戦ってる最中によそ見か? ずいぶん余裕だなぁ」

「えぇ、余裕よ。あなたと戦うのなんてお母様に怒られるのに比べたら万倍マシだわ」

「くははっ! 言うじゃねぇか。そんじゃ今度は……こっちから行くぞ」


 来る、そうラミィが感じた次の瞬間には正面にいたディエドの姿は掻き消えていた。

 陽炎のように姿を消したディエド。その姿はラミィの強化された動体視力でもっても追えず、ゾッと悪寒を感じたラミィは本能の叫ぶままに地面を転がった。

 その直後、数瞬前までラミィの頭のあった位置をディエドの剣が過ぎ去る。後コンマ数秒でも頭を下げるのが遅れていれば、ラミィの頭と胴体は永遠に別たれることになっていただろう。


「はっ、やるなぁ。だがこんなもんじゃ止まんねぇぞ!」

「っ! 『氷嵐爆塵』!」


 左手に溜めた魔力を地面に叩きつけて爆発させる。

 リューエルがドヴェイルと戦った時使った技の強化版だ。

 しかしそれはラミィを中心にして放たれたその一撃はリューエルの時と同様、ラミィの体にも多大なダメージを与えた。

 強化されたラミィの体でもってしても氷の爆発は耐えがたく、ラミィの左腕は完全に凍り付いていた。


「うわ冷てっ! 自爆攻撃とか正気かよ」

「正気じゃあんたに勝てないなら、いくらでも狂ってやるわ」


 ラミィはさらに爆発の勢いを利用してディエドと距離を取る。

 しかし、ディエドはラミィの至近距離での自爆攻撃を受けてもなおほとんど無傷だった。


「あの攻撃を受けても平気なんて……並みの人間なら十回氷像になってもお釣りがくるくらいなのに」


 改めて魔剣使いというものの規格外の力を見せつけられるラミィ。僅かな時間の攻防だというのに、ラミィは満身創痍でディエドは無傷。

 そして本能的にラミィは感じていた。ディエドはまだ全力を出し切ってはいないと。あくまでラミィの足掻きを楽しんでいるだけなのだと。

 しかし、どれだけ悔しがろうがそれが現実だ。ラミィとディエドの間にある覆しようもない力の差。


「でも、だからって——っ」

「諦めねぇなぁ。でもよぉ、そろそろ終わりにしようぜ——ダーヴ」

『はーい♪』

「呪剣技——」


 そして、ディエドとダーヴは世界を置き去りにした。

 二人の声が重なる。


「『怨撃ノ呪哭』」

「——っ」


 何をされたかわからなかった。

 その目に捉えることすらできず、気付けばディエドとダーヴはラミィの背後へと回り込んでいて。


「かはっ!」


 ラミィの視界が赤く染まる。

 全身が燃えるように熱くなり、痛みが走る。

 斬られたと気付いた直後には、ラミィの全身から血が噴き出していた。


「終わりだ」

「っ!」


 ディエドの剣がラミィの首に迫る。その速さはラミィの反応速度をもってしても捉えきれるものではなかった。

 そしてラミィの首にその剣が届く——。




「『させるかぁ!!』」




 二つの声がラミィの耳に届く。

それはラミィが何よりも待ち望んでいた声で。


「あっ……」

「悪い……待たせた」

『遅くなってごめん』

「レイヴェル……クロエ……」


 ラミィに迫っていた剣を弾き飛ばし、レイヴェルがラミィとディエドの間に割って入る。

 その姿を見たディエドはこれ以上ないほどに笑みを深くする。


「くはは……くはははははっっ! 信じらんねぇ、あの状態から正気に戻しやがったのかよ!」

『いひ、ひひひっ! あぁそう。まだ楽しませてくれるんだぁ♪』

「ラミィは下がってろ」

『後は……私達に任せて』

「そんな体で俺とやろうってか?」


 クロエを取り戻し戻って来たレイヴェルだったが、その体はボロボロだ。傷が治ったわけではない。

 《破壊》の力しかもたないクロエではレイヴェルの傷を癒すことはできない。


「あぁそうだな。もうボロボロだ。正直立ってるのもキツイ。でもなぁ、不思議と負ける気がしねぇ」

「あ?」

『へぇ……』

「俺とクロエが揃ったんだ。魔神が来たって負けるわけがねぇ。そうだろ?」

『うん! 私がいる。レイヴェルがいる。だったらもう私達に敵はない! この間の王都で借りも、今回のことも、全部きっちり返させてもらうから!』


 レイヴェルとディエドの間に静寂が満ちる。

 ピンと張った糸のように張り詰めたその空気はいつ爆発してもおかしくなかった。

 そしてついに、その時が訪れる。


「「ふっ!」」


 レイヴェルとディエドは同時に走りだす。


「呪剣技——」

「破剣技——」

『怨撃ノ呪哭!』

『破塵鉄閃!』


 二つの剣が激しくぶつかり合い甲高い音をかき鳴らす。

 剣に込められたダーヴの《呪い》をクロエの《破壊》が片っ端から無力化していく。

 傷だらけの体だというのに、不思議と体が軽くなる感覚をレイヴェルは感じていた。それが気分が高揚しているせいなのか、それともクロエが傍にいるからなのか。

 その理由はレイヴェル自身にも判然としない。


「あははははっ、壊れねぇ、なんで壊れねぇんだよお前らぁ!」

「あいにくと……壊すのはこっちの得意分野なんでなぁ! クロエ!」

『任せて! 破壊!』


 レイヴェルの意思をくみ取り、クロエはディエドに向けて破壊の波動の飛ばす。


「っ! ダーヴ!」

『させないよぉ!』


 ダーヴはクロエから飛ばされた破壊の波動を残撃を盾にして防ぐ。

 しかしそれはレイヴェルとクロエの予想の内。

 ダーヴが残撃を放った後に生まれる僅かな隙。レイヴェルはそこを狙って攻撃した。


「はぁっ!」

「ぐっ!」

「ち、浅いっ」


 レイヴェルの剣はディエドの胸を僅かに斬り裂いただけだった。しかしそれは同時にレイヴェルとクロエの力がディエドとダーヴに届いた証拠でもある。


「あははははっ、やっぱり楽しいよなぁおい! 気を抜けば死ぬ。これが命のやり取りってもんだ。なぁおい、もっともっと上げていこうぜぇ!」

『うるさい! もうあなたには何一つ傷つけさせない。私が……私が全部守ってみせる!』


 クロエは決意と共に叫び、その剣身から漆黒の光が放たれる。

 その光はレイヴェルを包み込み、漆黒の鎧へと変化していった。




『【鎧化】——『破黒皇鎧』!』



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