第71話 決着の時

『【鎧化】!』


 魔剣には大きくわけて三つの形態がある。まず基本の『魔剣化』。そして人の形態を保つ『操人化』。そして最後に契約者を守る絶対の鎧となる『鎧化』。

 『魔剣化』や『操人化』と違って、『鎧化』だけはすぐにはできない。『鎧化』は契約にとってもっともふさわしい形態となる必要があるからだ。

 だから魔剣の『鎧化』した姿は千差万別。動きやすさを重視した鎧もあれば、守りに特化した鎧もある。中にはマントに姿を変えるなんていう特殊な『鎧化』まで存在するくらいだ。

 オレもずっと考えてた。レイヴェルに相応しい鎧がどんなものなのか。オレが『鎧化』するためには、それをはっきりと強く思い浮かべないといけない。

 できるかどうかは一か八かの賭け。でも絶対に失敗しない確信があった。

 レイヴェルを守りたい。レイヴェルにもう傷一つつけない。そんな強い想いを込めて、オレはレイヴェルのための鎧を完成させた。

 この鎧の名は——。


『——『破黒皇鎧』!』


 襲い来る全ての苦難を打ち破り、レイヴェルを守る鎧。

 レイヴェルの全身を覆うこの鎧は光すら反射しない、この世の全ての闇を凝縮したかのような漆黒。

 頭部を覆う兜はその目元だけが鮮血のように爛々と赤く輝いている。

 

『この鎧で、私がレイヴェルを守る、守ってみせる!』

「いいじゃねぇかお前ら! もうその領域までたどり着いてやがったのか、だったらよぉ、こっちも遠慮しなくていいよなぁ! ダーヴ!!」

『きっひひひぃ♪ はぁーい、やっちゃうよぉ。【鎧化】——『呪葬邪鎧』!』

 

 ディエドの全身をダーヴの紫紺の光が包み込む。

 やがて光は姿を変えて、その姿を現した。

 オレの作りあげた鎧とは全然違う。あれはライトアーマーだ。

 守る部分は最低限。ディエドの動きを阻害しないことを大前提としてる感じ。

 でも何よりオレの目に引っかかったのが、兜の代わりにつけられたモノクルだ。あれに一体どんな機能が備わっているのか、見ただけじゃわからない。

 ここが正念場だ。絶対に負けない。オレとレイヴェルの力で勝ってみせる!





□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 最初に仕掛けたのはディエドだった。地を踏み砕かんばかりの勢いで蹴ったディエドは瞬きの間にレイヴェルに肉薄する。

 最初の加速をも利用した下からの斬り上げ。神速にも迫る勢いで振りぬかれたその剣は目で追うことすらできない。

 完全に虚を突かれたレイヴェルは咄嗟に防御しようとするも間に合わない。

 殺った! そう確信したディエドだったが、次の瞬間には驚愕に目を見開くことになった。


『もうレイヴェルには傷一つつけさせないって言ったでしょ!』


 キィン、と甲高い音を響かせながらクロエの生み出した鎧はディエドの一撃を防いだ。その漆黒の鎧には傷一つついていない。

 まさしく完全防御。逆にディエドの腕の方が軽く痺れたほどだ。


「くははっ、マジかよ。結構本気で斬ったんだがなぁ。まさか傷一つつかねぇとは」

『何あの硬さぁ。ダーちゃんが刃こぼれしちゃったらどうするわけ?』

『そんなの知らない。勝手に刃こぼれしてれば? あなた程度の切れ味じゃ私には傷一つつけれないけどね。あなたみたいなのを鈍らって言うんだよ』

『……あぁ?』

「おいおい、言われてんぞダーヴ」

『うるさい。何あいつ。一回攻撃防いだくらいで調子乗っちゃってさぁ。そういうのマジでムカつく、ムカつくムカつくムカつくぅ!!』

「あーあ。こいつキレちまったよ。どうなっても知らねーぞ?」

『ふん、上等。レイヴェルは攻撃に集中して。あいつらの攻撃は私が全部破壊するから』

「わかった。攻撃は任せろ」


 鎧に全身を覆われているレイヴェルと違い、ディエドの鎧は露出している部分も多い。狙える部分が多いことはレイヴェルにとって有利に働く要素の一つだ。

 しかし、そんなレイヴェル達に対し、ディエドは不敵な笑みを浮かべて言った。


「勘違いしてるようだからなぁ。一つ教えといてやる。ダーヴのこの鎧はなぁ、俺を守るための鎧じゃねぇ。俺が……攻めるための鎧だ」

『っ! レイヴェル後ろ!』


 クロエは鎧から薄く魔力を放ち、全方位を把握している。一瞬たりともディエドの気配を見逃がしてはいない。だというのに、ディエドの気配はレイヴェルの真後ろに出現したのだ。

 それはすなわち、クロエが認知するよりも早くディエドが動いたということだ。


「んだとっ!?」

「反応がおせぇ!」


 そこから始まるのは目にも止まらぬ速さの猛攻。ヒットアンドアウェイどころの話ではない。レイヴェルが一撃放つ間に、ディエドは十回の攻撃を放った。

 そして何よりディエドの剣は速いだけでなく重い。


「見える。見えるぜぇ、お前らの魔力の動きがなぁ。どこを守ろうとしてんのか、どこに意識を割いてるのか。全部丸わかりだぁ」

『くぅっ! 破壊!』

『甘いなぁ、そんなんじゃディエドは捉えられないよぉ』


 クロエが破壊の波動を飛ばしても、飛ばした先にディエドの姿はない。

 縦横無尽に駆け回るディエドの捉えるのは容易ではなかった。


『あぁもう! チクチク鬱陶しい!』

「苛立つなクロエ! そんなことしたらあっちの思うつぼだ!」

『でも!』

「俺はお前の力を信じてる! だからお前も俺を信じろ!」

『そんなのとっくに信じてるよ!』


 クロエはレイヴェルを選んだその瞬間からずっとレイヴェルのことを信じている。

 それはクロエにとって、これから先も変わらない。絶対不変だと本気で思っている。


「いいのかよ悠長なこと言ってて、そんなこと言ってる間にお前の魔力が尽きちまうぞ」

『その鎧を保つのも楽じゃないもんねぇ』


 『鎧化』はその鎧を維持するために膨大な魔力を消費する。そしてそれだけでなく、クロエはディエドの位置を把握することにも魔力を使っているのだ。

 常人であればとっくに魔力は枯渇していてもおかしくなかった。


「その鎧だけじゃねぇ。ここに至るまでお前はずっと戦い、魔力を使ってきた。魔力が尽きりゃその鎧も終わる。つまり、俺らの勝ちだ」

『ねぇどんな気分? ジワジワと終わりが近づいて来る気分はさぁ』

「……ふっ」

「なに笑ってんだよ」

「お前らにとって脅威なのはクロエだけなんだろ? お前らは俺の力なんて大したことないと思ってる。いや、実際それは間違いじゃない。俺一人の力なんてたかが知れてるしな。でも、こんな俺にも他の奴に負けないって自信があることがあんだよ」


 ディエドの攻撃を受けて身をよろめかせながらも、大地をしっかり踏みしめて剣を振り被るレイヴェル。

 クロエは防御は任せろとレイヴェルに言った。だからこそレイヴェルはその意識を全て剣へと集中する。


「魔力の量なら……俺は誰にも負けねぇ!! やるぞクロエ!」

「うんっ!」


 底知らずのレイヴェルの魔力がクロエによって破壊の力へと変換され、その剣身を包み込む。

 暴発するギリギリまで力を注ぎ込まれた剣はその形状を徐々に変化させ、やがて身の丈ほどある大剣になった。


「破剣技——」

『破砕牙断!!』


 大剣が振り下ろされ地面に触れたその瞬間、大地が悲鳴を上げた。

 レイヴェルを中心として、耳を劈くような轟音と共に巨大なクレーターが出来上がり、近接攻撃を仕掛けていたディエドの足場を奪い去った。


「っ! マジかよ!」

『ちょっと、なにこれぇ!?』


 自身に向けて飛んでくる破片を切り飛ばしながらも驚きに目を見開くディエド。

 地面をまるまる破壊されてしまったことで、ディエドは足場を奪われた。


「くははははっ! 俺の足を奪うのが目的だったってわけかよ。でもなぁ、それでもまだ甘ぇ!!」


 そしてディエドは跳んだ。飛ばされ、宙に浮いた地面の破片の中でも足場に使えるほどに大きなものを選び、それを蹴ることで高速移動を可能としたのだ。


「足場奪ったくらいで俺の速さは——っ!!」


 ディエドは再び驚きに目を見開いた。

 舞い上がる土埃を切り裂き、距離を詰めたディエドが目にしたのは剣を構えるレイヴェルの姿。


「だろうな。地面を壊したくらいじゃお前の速さは変わらない。そんなのわかってた。飛ばした破片を足場にすることくらいな。でも、飛ばした破片なら……それを足場にするなら、お前の攻撃してくるルートは読める」


 足場にできるほど大きな破片は限られている。あの一撃の目的はディエドの足場を奪うことではない、ディエドの攻めるルートを限定することだったのだ。


「破剣技——」

『破剛穿!!』

「っ!」


 迫る剣を前にディエドは咄嗟に回避しようとするが、それよりもレイヴェルの方が僅かに早い。


「これで、終わりだぁあああああっっ!!」


 そして、レイヴェルの放った渾身の刺突がディエドの体に深く突き刺さった。

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