第139話 奥の手のタイミング
剣を手にアレスとジャルクに向かって斬り込んだレイヴェル。
(まずは二人を分断する!)
ライアほどの実力があれば話は別だが、二対一でまともに戦って勝てるとはレイヴェルも思っていない。各個撃破、それがレイヴェルのこの場における唯一の勝ち筋だった。
たとえこの場にクロエがいたとしてもレイヴェルは同じ戦法を取っただろう。
クロエと契約してから、レイヴェルはことさら心に刻んだことがある。それは、決して自惚れないということ。
今まで何度も戦ってきて、その中にはレイヴェルよりも強い存在はいくらでもいた。それでも生き残ってこれたのはクロエの存在があったからだ。
もしそれを自分の実力だと過信した瞬間、己が己ではいられなくなると朧気ながら理解していた。
そしてそれが魔剣に呑まれるということだということをレイヴェルは本能的に理解していた。
「おっと、あぶねぇな。だがいい踏み込みじゃねぇか。仲間のこと言われて相当腹が立ったってか?」
「だがまだ青いな。そんな踏み込み方では——むっ!?」
「砕け散れ!」
剣の先から《破壊》の力を地面に流す。そしてレイヴェルの狙い通り、破壊された地面の破片がアレスとジャルクへと飛んでいき、二人はそれぞれ左右へと大きく後退することを余儀なくされた。
「よし、今だ!」
左右に分断した二人のうちまずはジャルクへと狙いを定めたレイヴェルはその後を追う。
「こっちからやろうってか? いい度胸じゃねぇか小僧!」
「はぁっ!」
レイヴェルの振った剣が短剣で受け止められる。力を込めて押し込もうにも、ジャルクの想像以上の膂力になかなか押し切れない。
しかもジャルクがその手に持つ短剣には傷一つつかず、欠けすらしなかった。たとえ本物ではないといえその手に持つのは魔剣であるというのに。
「くっ……」
「さっきのはどういうことだてめぇ。魔法を詠唱したようにも見えなかったが……まさか魔法剣士なんてことはないだろうしな。てめぇの動き方はどう見てもただの剣士だ。剣になんか細工でもしてあんのか?」
「答える義理は……ないっ!」
強引に剣を振り切りジャルクを後ろに下がらせるレイヴェル。そして後ろに近づいてきていたアレスの短剣をギリギリで受け止める。
二人を分断すると言っても、反対側にいたアレスを止めるものは何もない。すぐに追いついて来るのはわかりきっていた。
「お、気付いてやがったか。まぁそりゃそうだわな。お前の腕は悪くねぇが、それでも俺らに勝てるほどじゃねぇ」
「くっ……」
「よそ見してていいのかぁ!」
再び二人から挟まれる形になったレイヴェルは防戦へと追い込まれる。
レイヴェルにも切り札はある。アレスとジャルクを分断するのに使った《破壊》の力だ。少しずつではあるが、クロエの力を借りなくても《破壊》の力を制御できつつある。
それを使えばアレスとジャルクの持つ短剣を破壊することも可能だろう。しかし《破壊》の力は奥の手だ。
今のレイヴェルでは剣を伝って力を使うことしかできない。強力だが、もし乱発してその仕組みに気づかれれば容易く対処できるレベルだ。
そしてそれが魔物と人の違いでもある。魔物はよくも悪くも本能に忠実だ。人よりもはるかに高い身体能力を使って攻めてくるのが魔物。それに対して人は技術を用いて戦う。だからこそ、人同士の戦いは時として魔物と戦う以上に厄介なのだ。
ただ強い力を振るえばいいと言わけではない。その力をどのタイミングで使うかという駆け引きが存在する。強い力も使い所を間違えればその力を発揮しきることはできない。
その意味で、レイヴェルの奥の手である《破壊》の力は使いどころを見極めなければ有効打にはならないことはわかりきっていた。
(だからっていつまでも隠してたってしょうがない。さっき小規模とはいえ一回は使ってるわけだしな。それに手札を隠してるのは俺だけじゃないはずだ)
何度も二人と切り結ぶうちに、改めて二人の実力がレイヴェルと拮抗していると感じていた。そしてだからこそ、アレスとジャルクは何かしらの隠しだねを持っていると確信していたのだ。
使える手札が少ないレイヴェルと比べて、アレスとジャルクがどれだけの手札を持っているかわからない。それがレイヴェルが大胆に攻めるのを躊躇っている理由だった。
そしてレイヴェルが現状最大限に警戒しているのが二人の持っている短剣だ。
(昔イグニドさんから聞いたことがある。盗賊は短剣に毒を仕込むことがあるって。もし下手に掠ったりしたら面倒なことになりかねない)
当たらないのが最善、そうした意味でレイヴェルは普段よりもさらに防御に意識を割かなければいけなかった。
しかし、攻めきれていないのはアレスとジャルクにしても同じことだった。二人も当然のことながらレイヴェルが何か奥の手を持っていることはわかっていた。
普段の戦いであれば二人は多少の奥の手など気にせず攻めていただろう。全てを上からねじ伏せるという気概でもって。だが、レイヴェルの持つであろう奥の手にどこか危険な臭いを二人は感じ取っていた。それこそ攻め時を誤れば一気に逆転されてしまいかねないと思うほどに。
何の確証があるわけでもない。しかし二人は自身のその直感を信じていた。
盗賊にとって危機管理というのは非常に重要だ。常に死と隣合わせ、魔物や冒険者、果ては同業の他の盗賊団まで。全方位に敵がいる盗賊という稼業に身を置いているからこそ危機をいち早く察知できるその能力は重要なのだ。
「ち、しつけぇな。どんだけ粘るつもりだよてめぇ」
なかなかレイヴェルを攻め切れないことにアレスの中で徐々に苛立ちが募っていく。
二対一という圧倒的な有利状況でいつまでもレイヴェル一人に時間をかけていられないと判断したアレスはチラリとジャルクに目配せする。
それは、奥の手を使うという合図。そしてジャルクは小さく頷き、奥の手を使うことを了承した。
「いい加減てめぇと戦うのも飽きてきた。いつまでも時間かけるわけにもいかねぇからな。終わらせてやるよ」
「っ!」
「『インビジブル』」
アレスがそう呟いた次の瞬間、その姿がその場から消えた。
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