第140話 インビジブル
「『インビジブル』」
アレスが小さくそう呟いた次の瞬間だった。まるで周囲の景色と同化していくかのようにその姿が透明になって消えていく。
「なっ!?」
「さぁ遊ぼうぜ。じっくりいたぶってやるよ」
「くくっ、大人気ねぇなぁ。でも、だったら俺も使うとするか——『ダブル』」
ジャルクがそう言うと、今度はジャルクの姿が二人に増える。
それを見たレイヴェルはさすがに冷や汗を流す。
これはまずいなどと言うレベルのものではない。一人は透明になって視認できなくなり、もう一人は分身を生み出した。
普通に戦うだけでもしのぐので精一杯だったこの状況でその変化はレイヴェルを追い詰めるには十分だった。
「「どうした? ビビってんのか?」」
全く同じタイミング、全く同じ仕草でジャルクが喋る。
そして、姿を消してから全く喋らなくなったアレス。それは声で居場所を探られないようにするためのものだろう。
そしてアレスは盗賊としての技量の一つとして、音を殺して歩く技術を習得している。この状況で姿も消し、動く音すらしないというのは脅威という他なかった。
レイヴェルはその気配を必死に探るが、なかなか兆候を見つけることはできていなかった。
(まずい、まずいまずいまずいっ! この状況は俺に圧倒的に不利過ぎる。一人は姿が見えなくて一人は分身だと? 俺にどうしろってんだ)
何よりもレイヴェルを焦らせている要因となっているのは、この状況ではレイヴェルの切り札である《破壊》の力が上手く機能しないということだ。
闇雲に使っても当たるはずが無く、もし外せば二人に対して隙を晒すだけ。アレスとジャルクの使う魔法は派手ではないがかなり強力だった。
(これがライアさんとかイグニドさんならそんなこと全く気にもせずに倒せるんだろうけどな)
ライアの気配察知能力は最早人智を超えた域にある。己に向けられる視線だけで相手の位置を把握できるのだ。そしてイグニドは協力は炎魔法の使い手。たとえ姿を消そうが増やそうが、周囲一帯を焼き尽くすことができる。
二人であれば今回のような事態にも対処できたことは容易に想像できた。
(でも、この場にいるのは二人じゃなくて俺だ。だったら俺は俺のやり方でこいつらに対処するしかない)
「なんだ、今さらビビってんのか? でももう遅ぇよ。俺らにたてついたんだ、生きて帰れると思うんじゃねぇぞ」
「っ……」
「行くぞおらぁっ!」
左右から攻めてくるジャルク。反射的にその両方を目で追ってしまうレイヴェル。短剣を受け止めるのは危険だと判断したレイヴェルは大きく後ろに跳んで距離を取る。
その直後のことだった。全身の血が粟立つような感覚に襲われたレイヴェルは咄嗟にその場に伏せた。
そして、それとほぼ同時にレイヴェルの頭上を短剣が通り過ぎる。前にいたジャルクではない、姿を消していたアレスによる攻撃だ。
「今の避けるのか、やるじゃねぇか」
「いつの間に後ろに……」
再び姿を現したアレスがひらひらと短剣を振りながら笑みを浮かべる。
レイヴェルが攻撃を避けることができたのは全くの偶然。奇跡に等しかった。
「運のいい奴だなぁ。だがその運もいつまで続くか……見ものだな」
再び姿を消すアレス。それによって気配もまた完全に感じ取れなくなってしまった。
「…………」
レイヴェルが魔法に長けていればまだ手はあっただろう。しかし、レイヴェルは魔法を使うことができない。
使える手段が限られたこの状況の中で、レイヴェルの意識はずっと前にライアと訓練を重ねていた時まで遡っていた。
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それは、冒険者としてやっていくために必要な知識をライアから教授されている時のことだった。
「姿を消す魔物……ですか?」
「あぁ、この世には面妖な能力を持つ魔物が多く存在する。炎を吐く魔物、雷を纏う魔物、一つ一つを上げていけばキリがないほどに。その中に存在するのが姿を消す魔物。より正確には周囲の景色と同化する能力を持つ魔物だ」
「そんな魔物、どうやって対処すれば……」
姿を視認できない脅威。それはその当時魔物と戦った経験がほとんどなかったレイヴェルでもわかった。
「……実演した方が早いか。レイヴェル、どこからでも斬りかかってこい。本気でな」
「え?」
ライアはそう言うと、持っていた布で完全に視界を覆う。
「遠慮はいらない。今のお前ができる限界まで気配を消してみせろ」
「……わかりました」
それまでの訓練で気配の消し方を学んでいたレイヴェルはその技術を駆使して気配を消し、そっとライアの背後を取る。そして、本気でライアを殺すつもりの一撃を放つ。
しかし——
「見えないから背後を取るのはさすがに安直過ぎるな。もう少し考えるべきだ」
「なっ?!」
レイヴェルが放ったその一撃は背後を見てすらいないライアに容易く防がれ、はじき返されてしまった。
「そんな、見えてないはずなのにどうやって……」
「まぁ見えていないときの対処はいくつかある。一つは魔力を薄く放ち、領域を作る。自分の領域内で動く何かがいればそこに敵がいる。もしくは単純に気配を探る。こちらは上手い方には通用しないが。だがこれが一番現実的な方法だ」
「魔力を薄く放つって言われても……」
「まぁこれは慣れだ。だがもう一つもっと簡単な、レイヴェルでもできる方法もある」
「俺でもできる方法ですか?」
「あぁ、それは——」
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「っ……」
刹那の追憶。この状況に置いて他の選択肢はないと腹を括る。
「一か八か、やってやるさ!」
そういうとレイヴェルは地面に剣を突き立て、そこから《破壊》の力を流し込み砂塵を巻き起こした。
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