第190話 邂逅
逃げたネヴァンの気配を追って走る。
気配はそこまで離れてないけど、これは……精霊の森の方に向かってる?
今のネヴァンは契約者を失った状態だ。いくら魔剣って言ってもあの状態じゃできることは限られるはず。だとしたらファーラ達と合流する可能性が高い。
あの二人ともちゃんと話さないといけないし、ネヴァンをこのまま野放しにするわけにもいかない。
なんとしても追い付かないと。
「クロエ、こっちの方で合ってるのか?」
「うん。間違いないはず。気配はこっちの方からするし」
ネヴァンのあの独特な気配は消そうとして消えるものじゃない。甘ったるい花の匂いだ。
それがまるで道しるべのように残り続けてる。
「罠の可能性は?」
「……否定はしきれないけど、だからってこのまま放置もできない。飛び込んでみるしかないでしょ。大丈夫、レイヴェルには私がいるんだから」
「そうだな。それに今はキュウもいるしな」
「キュウ!」
「むぅ……」
「だからなんでそこでむくれるんだよ」
パタパタと飛ぶキュウは非常に可愛らしい。可愛らしいけど油断してはいけない。
この子はもしかしたらレイヴェルの相棒ポジションを奪い合うライバルになるかもしれないんだからな。
そんなことを言ってる間に、ネヴァンの気配が動きを止める。
間違いない。あそこは精霊の森の近くだ。でも『月天宝』はファーラとヴァルガが持ってるはずだし。精霊の森にいったい何の用があるっていうんだ?
意識を切り替える。ここから先は油断できない。ネヴァンのことだから罠が仕掛けてあってもおかしくないし。
そのことはレイヴェルもわかってるのか、オレ達は周囲を警戒しながらも迅速に進んでいく。
でも、いっそ恐ろしいほどに何もなかった。ただネヴァンの気配だけがあって、オレ達はまるで導かれるように先へ先へと進んでいく。
そして——。
「見つけた!」
「っ!」
「キュ~」
突然鬱蒼とした森が無くなり、開けた場所に出る。
そしてオレ達の目の前に現れたのは荘厳な雰囲気を放つ門だった。その大きさは軽く十メートルは超えてるだろう。
あの門は知ってる。あの先に精霊の森があるんだ。認められた者しか入ることができない領域。
その前に彼らはいた。
「あら、もう来たのね。思ったよりも早かったじゃない」
「……クロエ、レイヴェルも」
「…………」
ネヴァンと……それからファーラとヴァルガ。やっぱり一緒にいた。
改めてファーラ達が裏切ったんだって事実が胸に突き刺さる。
「あなたを……ううん、あなた達を逃がすわけにいかないでしょ。『月天宝』は返してもらうよ」
「ずいぶんと勇ましいことね。どうやって取り返そうって言うのかしら?」
「大人しく投降してくれるなら穏便に済ませるけど」
そう言ったけど、あいつらにそんなつもりがないことはもちろんわかってる。
だったら無理やりにでも、力づくになったとしても『月天宝』は取り戻すし、ファーラとヴァルガには戻って来てもらう。
「怖いわねぇ。せっかくの綺麗な顔が台無しよ。あなた達もそう思わない?」
「答える義理はないよ。それよりもまだなのかい?」
「冷たいわね。でも、そろそろじゃないかしら」
そろそろ? いったい何の話をしてるんだ?
まだ何かを企んでるのか。だとしたら好きにさせるわけにはいかない。
「レイヴェル、行くよ!」
「あぁ、一気に制圧する!」
先手必勝。数の利は向こうにあるとはいえ、ネヴァンは魔剣としての本領を発揮できないし、ファーラとヴァルガは強いって言ってもオレの力に勝てるほどじゃない。たとえ三人がかりで来たとしても今のオレ達なら勝てるはずだ。
そうして、『魔剣化』しようとしたその時だった。
「悪い、待たせたな」
それほど大きな声じゃないのに、この場にいた全員の耳にその声は聞こえた。
そしてゆっくりと精霊の森の門が開き、中から“彼”が姿を現した。
「……え?」
思考が止まる。
目の前の光景を、そこにいる人物を、脳が受け入れない。
だって、だってあいつは……。
「思ったより時間がかかった。俺もまだまだだな」
呑気に話す彼は、場の空気などまるで気にせず歩いて来る。
そして、その目がオレのことを捉えた。
「久しぶりだな、クロエ」
「——ッッ!!」
昔と変わらない声。オレの……オレとキアラの……。
「ハ……ル……?」
かつて一緒に旅をした仲間が、そこに立っていた。
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