第191話 明かされる目的

〈レイヴェル視点〉


 ネヴァン達を追って精霊の森へやって来た俺達の前に現れたのは、一人の男だった。

 俺と同じ黒髪の男……年齢も同じくらいか? まぁ見た目だけの話だから、実際はどうかわからないが……だが、問題はそこじゃない。

 あいつから感じる圧力。半端なものじゃない。イグニドさんやライアさんも凄まじい気当たりだったけど、それとはまた違う。もっと何か別の、異質な何か。

 俺の本能とも呼べる部分が警鐘を鳴らし続けてた。隣にいるキュウも同じように警戒しているのか、低く唸っている。

 だが、そんな俺以上にその男に対して顕著に反応を示したのはクロエだった。

 驚きに目を見開き、目の前の現実を受け入れられないと言った様子のクロエ。それはまるで幽霊を目にしたかのようだった。


「久しぶりだな、クロエ」

「——ッッ!!」


 男の声は思ったよりも落ち着いていて、そして優しかった。だがその声を聞いたクロエはあり得ないと言わんばかりに足を震わせる。


「ハ……ル……?」


 震えた声で名を口にするクロエ。

 ハル? それがこの男の名前なのか? いやそれ以前にクロエはこいつのことを知ってるのか?

 明らかに普通じゃないクロエの様子。後ろにいるファーラさん達も事情を知っているのか、何か言いたげな顔をしている。


「ハル……か。そう呼ばれるのも懐かしいな。逆に聞くがクロエ、俺が他の誰かに見えるのか?」

「見えない……見えないけど、そうじゃなくて……だって、だって、そんなのあり得ない!! だってハルは——」

「あの時死んだ……か?」

「っぅ……」

「俺としてはこっちの台詞なんだがな。まさかあの後お前が生き延びたとは思わなかった。だから正直、お前が生きててくれて嬉しいよ」

「私だってハルが生きててくれて嬉しい。で、でも、どうしてあなたがそこにいるの!」

「…………」

「そこから出てきたってことは、まさか精霊の森に入ったの?」

「見ての通りだ。ま、思ったより手こずったが目的の物は手に入れた」

「目的の物って……まさか!」

「さすがにわかるか。お察しの通り——これだ」


 ハルと呼ばれた男が懐から取り出したのは、欠けた石のようなものだった。

 なんだあれ? ただの石みたいにしか見えないんだが。何か意味あるものなのか?


「やっぱり精霊の欠片……どうして……なんでっ!」

「なんで? なんで、だと? そんなの決まってるだろう。俺の目的を果たすためにこれが必要だからだ。これでようやく一つだ。ファーラやヴァルガ、ネヴァン達が時間を稼いでくれたおかげでここに来た目的も果たせた。『月天宝』も手に入れた。後は——いや、そっちもちょうど来たか」

「お待たせしました主様。少々手こずりましたが、なんとか捕まえました」

「いや、こっちもちょうど終わった所だったからな。よくやったノイン」

「いえ、主様の従僕として当然のことをしたまでです」


 スッとそいつの隣に降り立ったのはフードを被った奴だった。ノイン……それがあいつの名前なのか。

 そう言えばさっきから姿が見えなかったが、っておい、あいつの傍にいるのは!


「コルヴァ!!」

「んーっ、んーっ!!」


 あいつ、逃げたと思ったのに捕まったのか! くそ、迂闊だった。


「暴れるな。主様の前だぞ」

「んーーっっ!!」

「今この場で死にたいのか」


 スッと取り出したナイフをコルヴァの喉元に当てるノイン。

 ダメだ。助け出そうにもこの状況じゃ下手に動けない。いや、動こうにもクロエがこの状況じゃ。

 動揺を隠しもしないクロエはハルとかいう奴のことでいっぱいになってる。とても冷静な判断を促せるような状態じゃない。

 万が一の時はクロエだけでも連れて脱出しないと。

 クロエが平常な時ならまだしも、向こうにはファーラさんにヴァルガさん、ハルとかいう所にネヴァンにノインまでいる。しかもコルヴァが捕まってるおまけつき。状況は限りなく最悪と言ってもよかった。


「まさかここまで上手くことが運ぶとは思わなかったな。いや、全部が上手くいったわけでもないか。アリオスとヴォルケーノは失ったわけだからな。【剣聖姫】、侮ることはできないか。もうこれ以上ここにいる理由はない。戻るぞ」

「かしこまりました」

「残念ねぇ、噂の【剣聖姫】。直接会ってみたかったのだけど。ま、今回は彼女達と遊べただけで満足ということにしておきましょうか」


 あいつら逃げるつもりか!

 焦って動こうとしたが、それよりも早くクロエが口を開いた。


「待って!」

「……なんだクロエ」

「私の話はまだ終わってない。ハル……あなたもそうだけど、ファーラもヴァルガも、このまま行くなんて許さない」

「クロエ……」

「…………」

「許さない……か。本当に変わらないな、お前は。だがクロエ、許さないならなんだ? 力づくでも俺達のことを止めるか?」

「それがお望みならそうしてあげるけど。今の私を昔のままだと思わないで」


 クロエの体から魔剣としての力が溢れ出る。あいつ、本気だ。


「そうだな。性格は変わっていなくても、変わったこともあるか。そこの男が契約者か」

「っ!」


 冷たい視線が突き刺さる。

 その視線に込められていたのは、紛れもない敵意だ。


「そうか……だが、変わったのはお前だけじゃない。俺を昔のままだと思うなよ」


 なんだ、あいつの纏う雰囲気が変わった?


「来い——ハクア」

『イエス、マスター』


 どこからともなく声が響く。

 空中に穴が開き、そこからそいつは現れた。

 ゆっくりと、降臨するかのように。

 そして降り立ったのは白い少女。肌も髪も、どこまでも白い少女。

 あれは……魔剣だ。

 見た瞬間にわかった。この場の全てを支配するような、圧倒的な存在感。

 前に会ったディエドのダーヴよりも、そこにいるネヴァンよりも……なんなんだあいつは。


「その子は……」

「俺と契約した魔剣のハクアだ」

「……」


 降り立ったハクアはジッとクロエのことを見つめている。

 

「マスター、指示を」

「そうだな。俺達の力を見せてやるとしよう」

「わかりました。『魔剣化』します」


 ハクアの魔剣化した姿は、人の姿の時と同じ純白の剣だった。だがその剣から感じる力は並大抵のものじゃない。


「これが今の俺の力だ。わかっただろう。もう昔のままの俺じゃない」


 動けなかった。俺も、クロエも。動けば命はないと本能的にそう悟ってしまったから。


「ハル……」

「今回はここまでだ。道を開けハクア」

『わかりました。道を創造します』


 ハルが剣を一振りすると、空間が裂けて大きな穴が開く。


「ふふ、さようなら。また新しい契約者を見つけたら遊びましょうね」

「主様、この男を連れて先に戻ります。どうかお気をつけて」


 ネヴァンとノインが穴の中へと消える。コルヴァも連れて行かれた。

 それに続くようにファーラさんとヴァルガさんが穴の中へ入ろうとして——。


「ファーラ、ヴァルガ!!」

「っ……さよならだよ、クロエ」

「許せ、とは言わない。だが、これが俺達の選んだ道だ」


 二人は振り返ることなく、まるで未練を断ち切るように穴の中へと姿を消していった。


「ハル……あなた達は何をしようとしてるの……」

「俺の目的はただ一つだけ……キアラを取り戻すこと。ただそれだけだ」

「え……」

「この世界を壊してでも、キアラを取り戻す。邪魔をするならお前でも容赦しない」

「待ってハル! それってどういう——」


 クロエが問いかけるよりも早く、ハルは穴の中へと姿を消した。

 それと同時にさっきまで感じてた圧力が嘘のように消える。


「……キアラを取り戻すって、一体どういうことなの……」

「クロエ……」


 俯き、肩を震わせるクロエに俺は何の言葉もかけることができなかった。

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