第160話 必死の逃亡
「ほ、本当の計画? 言ってる意味がわからないぞ!」
コルヴァは完全に混乱していた。今自分が置かれている状況を正確に認識できていなかった。順調に進んでいると思っていた自分の計画。しかし、その実はノインに裏切る予定だったことを見抜かれており、逆に魔剣使いにコンズがやられてしまった。
コルヴァのとって考えうる限り最悪の状況になったと言ってもいい。
「コルヴァ様!」
「っ!」
「あれ、避けられちゃった。思ったより反応速度いいんだ」
頭上から振り下ろされた剣をギリギリで避ける。コンズのことを刺した魔剣使い、クルトがそこには立っていた。
クルトは不意をついたはずの一撃が避けられたことに僅かに驚いていた。
『避けれて当然でしょ。クルト、あなた気配が消しきれてないのよ。まったくそのあたりもアリオスと比べて情けないというか。私と契約したんだからもっと魔剣使いとしてしっかりしなさい』
「む、無茶なこと言わないでよ。あの人と比べたらほとんどの剣士は情けないってことになっちゃうだろ」
まるで気負いのない会話。今まさにコルヴァに剣を突き刺そうとしたとは思えないほどだ。
「ぬぉおおおおおおおおっっ!!」
身の丈を超える巨槍を振り回しながら走り寄って来るコイル。そして、コルヴァとクルトの間に割って入った。
「ご無事ですか、コルヴァ様!」
「あぁ、だがコンズが……」
コルヴァの視界の先、クルトの刺されたコンズが血を流しながら倒れ伏している。呻き声は上げているので、なんとか生きてはいるのだろうが、この状況ではそれも時間の問題だろう。
「今は後です。なんとかこの場を脱して他のチームと合流しなければ」
一瞬の思考の後、コイルはコンズを切り捨てる選択をした。コイルにとって一番優先されるのはコルヴァの命だ。コルヴァを守るためならば、仲間の命も、そしての己の命すら投げ捨てることに迷いはない。
「この場は私が食い止めます。コルヴァ様はお逃げください」
「だが——」
「早く!」
「っ!」
コイルの言葉に背を押される形でコルヴァはその場から逃げ出した。
「あ、逃げた」
『情けないわねぇ。早く追いかけるわよ』
「…………」
クルト達の意識はあくまで逃げたコルヴァに向いていた。目の前にいるコイルのことはまるで路傍の石のごとく気にしていなかった。
コイルは槍を握る手に汗がにじむのを感じていた。相手は魔剣使い、コイル自身がいかに使い手とはいえどれほど持つかわからない。
それでもコルヴァを逃がすために一秒でも多くの時間を稼がなければいけないのだ。
「待て、お前達をこの先に行かせるわけにはいかない」
「え、なに? まさかやるつもりなの?」
『へぇ、見た所魔剣使いってわけでもなさそうだけど。それでも私達とやるつもり?』
「お前達がコルヴァ様を狙うと言うならば私に止めない理由はない」
『ふふ……ふふふ、いいわ。ゾクゾクする。あなたみたいなのがどんな風に泣き叫ぶのかとっても興味があるわ。クルト、遊んであげましょう』
「余計な力使いたくないんだけど。まぁいいか。あんまりすぐ壊れないでね?」
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ノイン達の元から逃げ出したコルヴァはがむしゃらに森の中を走る。
こうしている間にもコイルがやられてクルトが、魔剣使いが追い付いてくるかもしれないという恐怖がコルヴァの足を止めることを許さなかった。
「くそ、どうして僕がこんな目に……ノインめ、よくも僕を裏切ったな」
最初は自分の方が裏切ろうとしていたことは棚に上げてノインのことを罵るコルヴァ。その頭の中はこの場をどうやって切り抜けるかということでいっぱいだった。ファーラやライア達と合流し、魔剣使い達を押し付けて逃げる。それがコルヴァの中で一番現実的な案だった。
「逃げた後のことは逃げきれてから考えればいい。そうさ、僕がこんなところで終わっていいわけがない。コイルとコンズは……いや、よそう」
コイルやコンズはコルヴァに忠実な従者ではあったが、それでも自分の命には代えられない。どちらを選ぶかと問われれば、迷うまでもなかった。
「とにかく今はいそいでこの場を離れないと……ん? あれは……」
必死に走り続けていたコルヴァは、正面から走ってくる人の気配に気付き、一瞬警戒する。しかしそれがファーラとヴァルガであることに気づいたコルヴァは表情を明るくした。
「おい、お前達!」
「っ、コルヴァじゃないか! どうしてこんなところに」
「一人なのか?」
「あぁ、敵の襲撃にあった。かなり不意を打たれてな。コンズとコイルはやられたし、僕達の持っていた『月天宝』は奪われてしまった」
「そう。それじゃあ今は……あんた一人なんだね」
「そうだな。お前達も二人だけなのか? クロエさん達はどうした」
「あの二人はライア達の方に行ってるよ」
「そうか。それは残念だが……まぁいい、わざわざ敵と交戦する必要もないだろう。早くここから離れないと」
「そうだねぇ、まぁちょうど良かったかな」
「ちょうどいい? いったい何の——」
ドスッ、と腹に何かが突き刺さる感覚。
「え……」
一瞬の空白の後、コルヴァは脇腹が燃えるように熱くなり、次いで強烈な痛みが襲う。
「あがぁっ!? あぁあああああああっっ!!」
自分の脇腹にナイフが刺さっていることに気づいた時にはもう遅かった。あまりの痛みにコルヴァはその場に崩れ落ちる。
「な、なん……で……」
「ま、アタシらにも事情ってもんがあってねぇ。あんたに話すことは何もないよ。とにかくあんたに、あんたらに生きてられると困る人もいるんだよ」
「ま、まさか……」
コルヴァの脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。
「まぁとにかく……死んでもらうよ」
そう言って、ファーラは手にした短剣をコルヴァに向けて振り下ろした。
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