第159話 圧倒的な差

 アリオスとライアが戦い始めてから、二十分以上の時間が経過していた。そして、その趨勢はライアへと傾きつつあった。


「焔帝剣技——『白烈火』!!」

「風ノ太刀、三の型——『風巻しまき』」


 炎と風がぶつかり合う。その結果は相殺。それどころかライアは相殺した直後、剣を振り切った姿勢のアリオスへ向けて連続で『風巻』を放った。

 アリオスは己にむかってくる風を剣で打ち払うが、そこに生じる僅かな隙を狙ってライアはさらに攻撃を重ねてくる。


「風ノ太刀、二の型——『颶風ぐふう』」

「がはっ!」


 風が体に当たったと思ったその次の瞬間にはライアはアリオスの背後に回っており、無数の斬撃がアリオスの体に傷を作った。


「どうやって俺の後ろをとった。一体何をした」

「何をした? バカなことを聞くな。私はただ駆けただけ。お前が捉えられなかっただけだ」

「っ!」


 思わずカッとなり剣を振るアリオス。しかしそこにすでにライアの姿はない。背筋に走る悪寒に従って身を屈めれば、数瞬前まで首のあった位置を刃が通り過ぎる。

 捉えられない。魔剣の力で強化された身体能力でもってしても、追うので精一杯。

 まさしく風の如く。捉えたと思ってもすり抜けていく。


「は……はははははっ!! いいぞ、ライア・レリッカー。期待以上だ! 最強の冒険者というのもあながち間違いではなさそうだな」

「そんな肩書はどうでもいい。私の力は魔剣と魔剣使いを狩るためにある。そのために私は力を手に入れた」


 ライアはアリオスがこれまで戦ってきた誰よりも強かった。アリオスの体から流れ出る血がライアの強さを証明している。

 魔剣使いとなってから初めて流した血で、負った傷。しかしその傷は炎がその表面を包み込んだかと思えば、消えてなくなっていた。


「なるほど。これが再生の炎か」

『アタシも使ったのは初めてだけどねぇ。ま、でこれでわかったんじゃない? アリオスにどれだけ傷をつけれたとしてもアタシの炎がある限りアリオスの傷は治るのさ。逆にそっちは一撃でももらったらアウトだけど』

「さぁ、まだ始まったばかりだ。もっともっと楽しませてもらうぞ!」


 アリオスの精神が高揚するのに合わせるかのようにアリオスの周囲の気温も上昇していく。

 駆け出したアリオスの姿が三つに分かれる。三方向から同時に剣を振りかぶる。


「「「さぁ、どれが本物の俺かわかるか!」」」

「くだらないな」


 しかしライアは三人のアリオスに背を向け。背後に向かって剣を振る。

 ライアの手に伝わったのは確かな手応え。そして、ユラユラと周囲の景色が揺らめいたかと思えば、そこにアリオスの姿が現れた。

 脇腹の部分を貫かれたのか、表情を歪めながら手で押さえている。その傷も炎ですぐに治っていくが、アリオスは驚きを隠そうとはしなかった。


「なぜわかった」

「さぁな。答える義理はない」

「っぅ……」

「正面から挑むとみせかけての背後からの奇襲。なるほど、それがお前の戦い方か。ずいぶんと情けないな」

「なんだと?」

「怖いんだろう。私に正面から挑むのが。私の剣にお前の剣が及ばないと認めることが。魔剣の力で誤魔化しているが、お前自身の力の底はもう見えた。断言してやる。弱いな、お前」


 ただ淡々と、ライアは己の感じた事実をアリオスに伝える。


「薄々わかっていたんだろう。自分の力の限界に。だから魔剣に縋った。自分の限界から目を逸らすために」

『アッハッハ! めちゃくちゃ言われてるねぇアリオス』

「ヴォル、黙っていろ。そしてライア……俺が本当に弱いかどうか、その身をもって教えてやる」


 剣を構えたアリオスが猛然と突進してくる。そして再び分身を作るが、その数が今度は四体になっていた。


「風ノ太刀、四の型——『疾風はやて』」


 目にもとまらぬ高速移動。そしてすれ違いざまにライアはアリオスの分身体を斬る。斬られた分身体は炎となって掻き消える。

 しかし、一人だけは消えずに残った。それがアリオスの本体だ。

 膝をついたアリオスに対して、ライアはその首を刎ね飛ばそうと駆ける。だが、それよりも僅かにアリオスの傷が治る方が早かった。

 ギリギリで避けたアリオスは反撃を仕掛けるが、その反撃はなんなく読まれて躱された。


『アリオス、もっとアタシの力使いなって。じゃないと負けちゃうよ』

「うるさい、黙っていろと言っただろヴォル」

『あーあ、完全に頭に血が昇ってるし。まぁいいけどさ。期待以上なのは確かだしね。気張るんだね』

「わかっているっ」


 語気強く言い返すアリオス。その時点で冷静さを失っていることは明らかだった。


「風ノ太刀、二の型——『颶風』」


 目の前から消えたライアを探すアリオス。しかし風とは目で捉えられるものではない。

 アリオスの体には耐えることなく斬り傷が生まれ、炎による治癒が行われた上からさらにもう一度傷をつけられる。

 ここに来てライアの速度はさらに一段階上のものへとなっていた。

 底を見抜いたというライアに対して、アリオスは未だライアの力の全てを計り切れていない。これが本気なのか、それともまだ上があるのか。

 しかしどれほど考えたところで、今のライアに手も足も出ていないのは事実だった。


「え、焔帝剣技——『白烈火』!」

「風ノ太刀、三の型——『風巻』」


 苦し紛れに放った一撃もあえなく相殺される。

 反撃しようとすれば、それよりも前にライアに攻撃を仕掛けられる。距離を置いて立て直そうにもライアを振り切ることができない。致命の一撃こそ防いでいるが、アリオスは追い詰められつつあった。

 そんな時だった。手に持っていた剣からそれまでとは比べ物にならない炎が噴き出し、アリオスの周囲に炎の壁を作り、ライアとアリオスを分断した。




 

 炎の壁の中で、アリオスは手にした剣——ヴォルのことを睨みつける。

 

「なんのつもりだ」

『ねぇアリオス。あんたもうわかってるんでしょ。あんただけの力じゃライアには勝てないって。もっとちゃんとアタシを使いなよ』

「黙れ」


 あくまで頑ななアリオスに、ヴォルはため息を吐きながら言う。


『あんたが魔剣を、アタシを求めたのは強さのため。それは、あんた自身が自分の力に限界を感じてたから。そうだろ?』

「…………」


 否定はしない。いや、できない。アリオスがヴォルと出会う前、アリオスは己の力に限界を感じ始めていた。すでに一流と呼ばれるだけの力は手に入れていた。しかし、それでも最強と呼べるほどではない。そんな時にヴォルと出会ったのだ。


『あんたは最強を求めた。アタシは強者との戦いを求めた。がむしゃらに強さを求めてたあんたと気に入ったから、アタシはあんたと契約した』

「だったらなんだ」

『受け入れな。今のアリオスじゃあいつには勝てないよ。あいつは正真正銘の化け物だ。でも、アタシの力をちゃんと解放したら、あの化け物とだってやり合える。こんな生温い炎じゃない。もっと本気の炎で、あいつを焼き尽くせるんだからさぁ。真の強さの前にはプライドも何も必要ない。アタシらに必要なのは欲望だけだ。心も燃え上がらせるような、炎みたいに燃え滾る欲望。ねぇアリオスあんたの最強になりたいって思いは、そんなちっぽけなプライドに邪魔されるほど小さくないだろ?』


 その言葉にアリオスはハッとする。

 最強の冒険者【剣聖姫】ライア・レリッカー。アリオスがずっと求め続ける最強の称号を持つライアを目の前にして、アリオスは思ってしまった。自分自身の力がどれだけ通用するのかと。

 ヴォルの力を使いながらも、己の剣で戦い続けようとしてしまったのはそのせいだった。

 その中途半端さが、アリオスの強さもヴォルの強さも最大限発揮できない理由だった。


「そうだな。そうだった。俺は最強となるためにお前を選んだ。ならお前の力も俺の力だ」

『ったく、最初からそれでいいってのに。あんたも頭が固いっていうか』

「昔からの性分だ。だがそうだな。認めよう。ライア・レリッカーは強い。まさか魔剣使い以外にこの力を使うことになるとは思わなかったが」

『ハハッ、それでいいんだよ。これでやっとアタシも楽しめるってもんさ。いくよ』

「鎧化——『焔鎧灼天』」


 アリオスの言葉に呼応するように剣が紅く、紅く輝く。そして炎がアリオスの体を包み込んだ。





 炎の壁の外にいたライアは無理やり炎の壁を突破しようとしていた。しかし普通の炎ではない。魔剣の生み出した炎だ。

 普通の炎なら剣で斬ることもできるが、魔剣の炎ともなればそう簡単にはいかない。


「風ノ太刀、三の——っ!」


 剣技を使って炎の壁を壊そうとしていたライアだったが、炎の内側から膨大な力の膨れ上がりを感じて飛び退く。そんなライアの真横を炎の塊が通り過ぎる。

 それと同時に炎の壁が消失した。


「よく避けたな」

「…………」

「まずは今までの非礼を詫びる。俺は本気を出すと言っておきながら、どうやら本気を出しきれていなかったようだ。だが、もう迷わない。この力でもってお前のことをねじ伏せよう」


 真紅の鎧に身を包んだアリオスが、大剣へと変化したヴォルを手にライアへ向けて宣言した。

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