第158話 炎と風

 ライアとアリオスの戦い。

 最初に動いたのはライアの方だった。


「臆せず攻めてくるか。いいだろう。受けて立つ!」


 ライアの獲物は長刀。深い森の中では振り回すには不利な獲物だ。しかし、ライアはそんなことなど露程も気にせずに剣を振る。

 音すらも置き去りにする速さの剣に、アリオスは驚きながらも冷静に対応してみせた。


「スピードもパワーも申し分ない。さすがに最強の冒険者と言われるだけのことはありそうだな」


 ぶつけ合った剣から伝わるのは混じり気の無い殺意。そこには一切の躊躇も、そして魔剣使いであるアリオスに対する恐れもない。

 そのことをアリオスは心から喜んだ。これまでアリオスは最強の戦士となることを夢見て鍛練を重ねてきた。そんな努力を認められ、【ヴォルケーノ】と契約することができた。

 そこまではよかった。しかし、強くなった力を試そうとしても、誰もがアリオスのことを魔剣使いだと知れば恐れる。もし戦ったとしても、その勝利は魔剣の力だと言われる。

 そんなことは認められるはずが無かった。己の力を全て魔剣の力と思われる。そんなことのためにアリオスは強くなったのではないのだから。

 だからこそ求め続けていた。より強く、己の全力を出せる相手を。

 そしてライアにその資質を見出したのだ。


「俺の全力を受け止めてもらう。早々に潰れてくれるなよ!」

「っ」


 アリオスの手にした真紅の魔剣が輝き始めたのを見て、ライアはアリオスの剣を振り払う。その直後だった、アリオスの持つ剣の剣身が赤い炎に包まれたのは。


「ほう、よく気付いたな。あのまま剣を合わせていればそのまま溶かされていたということに」

「炎を操る魔剣。なら剣身に炎を纏わせる程度のことできてもおかしくない。それくらいは馬鹿でもわかる」

「確かにそれもそうだ。だが、ただの炎だと思うなよ!」


 アリオスが剣を軽く一振りしただけで、近くにあった木が斬り倒される。否、正確には焼き切られた。


『アタシと打ち合った剣はこの木と同じような感じになるけど。さぁ、あんたはどう対処するのかな』

「…………」

「行くぞ!」


 挑発するヴォルの言葉にライアは反応せず、ただ静かに構える。

 アリオスはライアに向かって炎を飛ばし、そしてその炎の後を追うようにしてライアに迫る。炎を躱せばその躱した先にアリオスが攻撃をしかける。アリオスの方に意識を割き過ぎれば今度は炎がライアを襲う。二段構えの攻撃。

 これが普通の炎と剣士であったならばなんの苦もなく対処できるだろう。しかし、魔剣の炎は生半可な攻撃では相殺できず、そしてアリオス自身も一流の剣士だ。

 避けることは最早間に合わないタイミング。しかし、ライアに焦りは一切なかった。


「風ノ太刀、一の型——『おろし』」


 ライアが剣を振った直後のことだった。激しく吹き荒れる風がライアに向かってきていた炎が風にあおられて掻き消える。

 そしてそのままライアは向かって来たアリオスと剣を合わせた。しかし、溶け斬られるはずのライアの剣は溶けることなく、拮抗を保った。


『ちょっとちょっと、なんでアタシの炎に剣が耐えられるのさ!』

「答える義理はないな」

 

 激しく切り結ぶライアとアリオス。その衝撃は凄まじく、一度剣を合わせるだけで炎と風が周囲の木々をなぎ倒していく。すでに二人の戦っている周辺は完全に開けた状態になっていた。

 その中心にいる二人はそんなことなど露程も気にせず戦い続けている。

 長刀の利点であるリーチを活かし、アリオスの間合いの外から攻撃を仕掛け続けるライア。アリオスは止まることなきライアの連撃に仕掛けるタイミングを見つけられずにいた。


「なるほど。その風が俺達の炎が効かなかった理由か。その剣、いや、刀と言うべきか。剣身に風を纏わせているな。剣と打ち合う瞬間に風を一転集中させ炎を散らしている。だから剣が溶けなかったというわけか」


 戦いの最中でその事実に気付いたアリオスだったが、その内心は驚きで満ちていた。【ヴォルケーノ】の炎を防ぐほどの風。それを剣と剣がぶつかる刹那にコントロールし、一点に集中させる。もし僅かでもコントロールが狂えばライアの刀は溶け、折られていただろう。

 一度でもできれば神業と呼べるだろう。しかしそれをライアは何度も平然と、当たり前のことのように行っているのだ。

 並々ならぬ集中力と技量。ライアが【剣聖姫】と呼ばれる所以をアリオスはその身で理解した。


「嬉しいぞライア・レリッカー。並みの冒険者ならばすでに百度は死んでいた。しかしお前はいまだにこうして俺の前に立ち続けている。その事実がこの上なく嬉しい」

「よく回る口だな。喋る間に私に一撃でも与えてみたらどうだ?」

「言われずとも!」

『骨の髄まで焼かれてから後悔しないことだね!』


 ヴォルがその身に纏う炎がさらに炎圧を増していく。そして赤かった炎は白炎へ変化した。


「『白焔剣』だ。今度の炎はさっきよりもなお熱い。同じ手で防げるとは思わないことだな」


 アリオスの周りの空気が熱せられ、陽炎のようにゆらゆらと揺らめいている。

 それを見てライアは小さくため息を吐いた。


「まったく、魔剣というのは面倒ばかり増やす。まぁいい。なんであれ魔剣と魔剣使いは——狩るだけだ」

 

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