第157話 裏切り
「どうかしたのかノイン。まだ約束の時間までは少しあったはずだぞ」
「あぁ、確かにな。だが昨日の報告の段階ではもう問題はない。いつでも大丈夫だと言ってたはずだが?」
「そ、それはそうなんだが……」
コルヴァは背中に隠した『月天宝』を手に思考を張り巡らせる。
(どうする。どうするべきだ? 結界はまだ解除できてない。このまま渡すわけにはいかない。いや待てよ? そうだ。その手があるじゃないか。ふふ、やはり僕は天才だ)
コルヴァは近くにいたコイルに一瞬目配せをする。その意味に気付いたコイルは静かに頷いた。
その手に持っているのは連絡機。襲撃に遭った時に他の二チームに連絡が行くようにするための装置。
コルヴァの考えはこうだ。
コイルに連絡機を使わせ、他の二チームに襲撃があったと思わせる。そう思わせることによって、コルヴァが無理やり結界を壊しても襲撃してきた敵に奪われ壊されたとクロエ達に思わせる。
もちろんすぐにクロエ達が駆けつけてくるかもしれない。しかしそれよりも早く渡してしまえばいい。そして駆けつけてきたクロエ達に襲われて奪われたと言えばそれで終わりだ。
もちろん責任は問われるだろうが、それでも手にする報酬と比べれば気にするほどのことでもない。
そしてそれ以外にももう一つ、コルヴァには考えていることがあった。
(報酬を受け取った後、こいつらの存在は確実に邪魔になる。消すのはほとんど決定事項だ。もしあのライア達と潰し合ってくれれば最高だな。完璧な計画だ。どう転んでも僕に利益しか生まれない)
ノイン達もどのみち潰す相手。そう考えているからこそ、偽物を渡しても問題ないとコルヴァは考えていた。
結界を壊す準備を進めながらコルヴァはそんな未来を夢想しながら内心でほくそ笑む。
「おっと、そうだ。その前に報酬の魔剣だけもう一度確認させてもらっていいか?」
「? どうしてだ?」
「こんなことは言いたくないが、渡した後に裏切られても嫌だからな。最後の確認をしておきたい」
「……まぁいい。これだ」
「おぉ」
ノインが差し出したのは真っ白な魔剣。柄も剣身も、全てが白い。穢れを知らぬ魔剣だ。
「これが僕の魔剣か」
『まだあなたと契約したわけじゃない』
剣から聞こえるのはまだあどけない少女の声。しかしその声はどこか無機質で、感情を感じさせないものだった。
「ははっ、そうだったな。だがこれでようやく僕も魔剣使いとなれるわけだ」
『…………』
コルヴァはすでに目の前にある魔剣を手にしたような気になっていた。目の前の魔剣がどんな銘で、どんな能力を持っているかも知らない内からだ。
しかしそれも無理からぬことではある。魔剣を手にするということはこの世界においてある意味で超越した存在になれるということなのだから。
逆に言えばレイヴェルがあまりにも魔剣を持つということの意味をわかっていないとも言えるのだが。
「それで、『月天宝』はどうした」
「っ、そうだったな。今用意する」
コルヴァはコイルがすでに連絡を送っているのを確認してから、手にした『月天宝』の結界を無理やり破壊する。
無理やり破壊されようとしたことでリオの結界が反応したが、それに被せるようにコルヴァは別の結界を貼り、結界からの反射攻撃を防ぐ。
(っぅ、危ない。ふっ、だが僕にかかればこんなものだ)
「これが約束のモノ。『月天宝』だ」
僅かな緊張と共にコルヴァは『月天宝』をノインに向けて差し出す。喉がならないようにするので精一杯だった。コルヴァの計画もここでもしノインが『月天宝』が偽物だと見抜かれればご破算になってしまう。
最大にして最後の難関だった。
ノインはコルヴァから受け取った偽物の『月天宝』をマジマジと見つめる。
「…………」
「ど、どうかしたのか?」
「……いや、なんでもない。確かに受け取った」
「おぉ、そうか! それじゃあ——」
「あぁ。もう用済みだ」
「え?」
「ぐぎゃぁっ!?」
「っ! コンズッ!!」
後ろから聞こえてきた苦悶の声にコルヴァは振り返る。するとそこにいたのは、人族の男。その手には毒々しい色をした剣が握られている。
その剣身は血で赤く染まっていた。
『はぁい、初めまして。哀れな子羊さん』
「あぁ、こういう不意打ちだけでいいなら全部楽なのになぁ」
「な、なんだお前は! 魔剣? まさかそれは魔剣か! どういうつもりだノイン!!」
声を荒げるコルヴァ。しかしそんなコルヴァに対してノインはどこまで冷めたままだった。
「どういうつもりも何もない。お前と同じことをするだけだからな」
ノインはそう言って手の中にあった『月天宝』を素手で砕いた。
「こんな物で騙せると本当に思ったのか? あぁいや、違うか。知らないというのは本当に愚かなことだ。さぁ、始めるとしよう。私達の計画を」
愕然とするコルヴァ達に向けて、ノインは冷酷に告げた。
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