第302話 螺旋階段の先で

 無限に続いているのではないかと錯覚してしまいそうになるほど長い螺旋階段。体力的な問題と言うよりも、同じ光景がずっと続くことによる精神的疲弊がレイヴェルの心を蝕んでいた。


「……クロエ、どれくらい上った?」

『うーん、今でだいたい千段くらい?』

「聞くんじゃなかった」


 上を見ても下を見ても同じ光景。どこに出口があるのか、そもそも出口が本当にあるのかすらわからない。クロエの力で階段や壁を破壊してみてもすぐに修復されてしまう。

 

『ここの壁はすぐに再生されちゃうから、私とはちょっと相性悪いかも』


 破壊の力を持つクロエにとって、再生は相性が悪い力の一つだった。


『でもなんか妙な違和感はずっとあるんだよね。上手く言葉にはできないんだけど』

「違和感?」

『なんていうか……ごめん、わかんないや。でもレイヴェル急いでこの空間を脱出しないと『鎧化』が持たなくなっちゃう』

「そうだな。なんとかしなきゃなんだが」


 レイヴェルの魔力量がいくら膨大だとはいえ限度はある。ずっと『鎧化』を維持できるほどの余裕は無かった。クラン達との戦いがまだ終わっていない、その真っ最中であることを考えればできる限り魔力の消耗は避けたかった。


『省エネモード』

「いきなりどうしたんだ?」

『何があるかわからないから『鎧化』は維持したままにしとくけど、ちょっと重くなるかも』

「は? うおっ!?」


 急にずしんと全身に負荷がかかり、思わず膝をつく。


『あ、ごめん! 重かった?』

「いや、急だから驚いただけでなんとか大丈夫だ。それにしても、普段はこの重さもクロエがなんとかしてたってことか」

『そりゃだって鎧だし。今も多少は補助してるよ。もし完全に補助を解除したらこの見た目の重量そのままだけど』

「それはさすがに勘弁だな。これ以上の重さに耐えたまま階段上るのは地獄過ぎる」

『ホントにキツくなったら言ってね。さすがにそこまでレイヴェルに無理はさせたくないから』

「いや、今くらいなら大丈夫だ。魔力も温存しときたいからな。頑張って上るさ」


 立ち上がったレイヴェルは再び階段を上がりはじめる。体力の消耗は増えたが、魔力の消費が抑えられたおかげか少し楽になっている部分もあった。


「それにしても……本当になんなんだここは。まさかずっとこのままなんてことはないよな」

『他の魔剣ならともかく、あのワンダーランドがそんなやり方はしてこないと思う。私達のことを殺すならもっと別のやり方を選びそうだし、何かアクションは起こしてくるはず』


 このままここから抜け出すことができなければレイヴェルはいずれ体力も魔力も尽き、そのまま死ぬことになるだろう。しかしそんな死に方はあまりにも地味だ。

 ワンダーランドの性格的にそれはありえないだろうとクロエは考えていた。だからこそこの状況であっても油断ができないのだが。


『油断した一瞬の隙を突いて、なんてこと平気でしてきそうだし』

「だな。仕方無い、何か変化があるまで上るか。よしっ、頑張れ俺!」

『頑張ってレイヴェル!』


 気合いを入れ直して螺旋階段を上り続けるレイヴェル。それからしばらくの間、会話もなくただただ階段を上り続けた。

 そうしてどれほどの時間上り続けたか。いよいよレイヴェルの体力の限界が見え始めたその時、変化が起きた。


「……なぁ、クロエなんか変な音しないか?」

『うん。なにか……転がってきてる?』


 ゴゴゴゴゴ、という音と共に上から何かが転がり落ちてくる音がするのに気づいたレイヴェルはその音の方を見て目を見開く。


「鉄球?!」

『なにあの鉄球、あんなのどこから』

「考えるのは後だ!」


 階段の幅的に避けることはできない。かと言って鉄球の転がり落ちてくる速度はかなり速く、レイヴェルが駆け下りたとしても逃れきれるものではなかった。


「壊すしかないか」

『任せてレイヴェル。私の力で粉々にしてみせるから!』

「頼んだぞ。できなきゃぺしゃんこだ」


 剣を構えてタイミングを計るレイヴェル。チャンスは一瞬、レイヴェルは息を呑み鉄球が間合いに入ってくるその一瞬を待った。


『今だよレイヴェル!』

「はぁあああああああっっ!!」


 クロエの声に合わせて剣を振り抜くレイヴェル。

 剣は狙い違わず鉄球を真っ二つに切り裂き、その切り口から伝播した《破壊》の力が鉄球を粉々にする。

 しかし――。


『っ、レイヴェル!』

「こいつは!」


 粉々に破壊したはずの鉄球が再生していく。そしてレイヴェルの真横で二つに裂けた状態にまで戻った。


「まずいっ!」


 その先の展開を予想したレイヴェルが咄嗟に避けようとしたが、鉄球の再生はそれよりも早かった。

 

『私達を挟んで潰す気!?』

「そんなことになってたまるか!」


 とっさに横に手を突き出したレイヴェルは元の形に戻ろうとする鉄球を必死に押しとどめる。クロエが《破壊》の力を使っても、壁や階段と同じくすぐに再生してしまう。


「もう、これ以上は……ぐっ」


 徐々に押し込まれていくレイヴェル。なんとか抜け出そうにも完全に挟まれてしまってそれも叶わない。

 そして――。


「うわぁぁあああああっっ!」

『きゃぁああああああっっ!!』


 レイヴェルとクロエは完全に鉄球に挟まれる。

 二人を呑み込んだ鉄球はそのままゴロゴロと螺旋階段を転がり落ちていく。

 その直後だった。クランとワンダーランドが姿を現したのは。


『はーい、見事成功』

「こんなに回りくどいことしなくて良かったのに」

『こういうのは様式美ってね。スリルがあった方が面白いでしょ。さてさて、それじゃあ夢幻の世界へ、二名様ご案内でーす♪』


 その言葉だけを残してクランとワンダーランドは再び姿を消した。


 

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