第303話 引き離された二人

「っ……うぅ……」


 鉄球に呑み込まれたレイヴェルはグラグラと揺れる視界に苦戦しながら立ち上がった。


「いったい……なにがどうなって……クロエ?」


 不意に違和感を覚えて剣を提げていた左腰に手を当てる。しかし、そこに居るはずのクロエの姿はなく、それどころか『鎧化』まで解けている状態になっていた。

 クロエのレプリカすら持っていない状態で、レイヴェルは完全に丸腰になっていた。


「これ……マズくないか?」


 ようやくはっきりしてきた頭で冷静に状況を把握したレイヴェルは冷や汗を流す。クロエがいない状態で、しかも剣すらも無いとなればレイヴェルの戦闘力の九割は削られていると言っても過言ではない。もしこの状況でクランとワンダーランドに遭遇すれば万が一、億が一にも勝利は掴めないだろう。それどころか逃げ切れるかも怪しい。


「どうする。とりあえずクロエのこと探さなきゃな。っていうかここどこなんだ?」


 気付けば周囲の光景はさきほどまでとまるで変わっていた。どこまでも続く螺旋階段ではなく、森の中。しかも霧まで出ていて周囲の視界も悪い状況だった。


「エルフの森? いや、それにしては木の感じがちょっと違うような気がするな。とにかく歩くしかないか。あんまりこういう時に動き回るのって得策じゃないんだが」


 今いる場所がどこかもわからない、いわば完全に遭難した状態にあるレイヴェル。危険であることは承知だったが、それでも動かないわけにはいかなかった。


「……クロエの気配は感じられない。というかパス自体繋がってないのか? ほんとにどうなってるんだ」


 クロエと契約して以来、ここまで気配を感じられないことは一度も無かった。たとえどれだけ離れていたとしても繋がりだけは感じることができていた。しかし今はそれも無い。まるで契約する以前に戻ったかのように。


「でも契約紋だけは残ってる。まったく光ってないけど。ダメだダメだ。考えたって答えなんかわからないんだし、今はとりあえずクロエを探すことを最優先にするか。ついでにここがどこなのかも調べないとな。ワンダーランドの仕業なのは間違い無いんだろうが」


 レイヴェルはできる限り周囲の気配を殺しながら周囲を散策する。


「気配消してもワンダーランドに通用するとは思えないから意味ないけどな。というかここってもしかして昨日みたいなワンダーランドの作った世界なのか? だとしたらクロエはどこに言ったんだって話だが」


 それからどれほどの間歩き続けただろうか。不可思議なことに体力が尽きることはなく、喉が渇くことも、腹が減ることもない。まるで時間が止まったかのような空間の中でレイヴェルの精神だけが疲弊していく。

 

「はぁ、これじゃ螺旋階段の時と大差ないな。いや、クロエがいない分こっちの方がキツいか。一人でいるなんて昔は当たり前だったはずなのにな」


 まだクロエと出会う前。一人で冒険者をしていた頃はこうして一人でいる時間の方が長かった。イグニドやロミナといったレイヴェルを気にかけてくれる人は大勢いたものの、依頼は常に一人だった。それなのに気付けばクロエが常に一緒にいるようになった。

 それがいつしかレイヴェルにとって当たり前になっていたのだ。


「なんとかして見つけないとな、クロエのこと」


 気合いを入れ直して周囲を探るレイヴェル。ここに至ってレイヴェルは気配を消すことも諦めて大胆に動き回っていた。

 何もアクションが起きないならば、こちらからアクションを起こせば良いと思ったからだ。

 そしてレイヴェルが望んだ変化は思った以上に早く現れた。突然霧が晴れだしたのだ。

 それに伴って数メートル先も見えなかった視界が一気にクリアになる。

 しかし、視界が晴れた瞬間にレイヴェルはドクンと心臓が跳ねるのを感じた。呼吸が荒くなる。


「ここってまさか……いや、そんなはずない。ありえない」


 そうは言いつつも足は勝手に歩き出していた。

 さっきまでとは違い、一歩歩くたびに既視感がレイヴェルのことを襲う。

 過去の情景がレイヴェルの脳裏に蘇る。心臓が早鐘を打ち、気付けばレイヴェルは走り出していた。


「あ……」


 そしてレイヴェルは森を抜けた。そしてそこで目にした光景にレイヴェルは呆然と立ち尽くす。


「嘘だ。そんなのあり得るはずが……」


 頭では否定しつつも、その心は目の前の光景が嘘では無いとそう告げていた。

 そこはかつてレイヴェルが住んでいた村。そして、魔物の襲撃にあって滅んだ村だった。

 

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