第304話 クロエとカイナ

 鉄球に呑み込まれた直後、咄嗟に力を使おうとしたクロエだったが気付けばまったく見知らぬ空間にたった一人でぽつんと立っていた。


「? いったい何がどうなって。レイヴェルー!!」


 わけがわからない、そう思いながらクロエはレイヴェルの名を叫ぶ。しかし、クロエの声は虚しく響くだけで返事はない。

 何もない空間にただ一人。クロエは不安に押し潰されそうになる心を鼓舞しながらレイヴェルのことを探した。


「どういうこと? これもクランとワンダーランドの仕業? でも昨日のあの感じともまた違うし。そもそもどうして勝手に『鎧化』が解けてるのかも……あぁもうダメだ。考えてもキリがない」


 何より一番クロエの心を苛んでいるのは、レイヴェルとパスが繋がっていないことだ。それどころか、クロエの中にあったはずのレイヴェルの魔力までまるっと消えてしまっている。まるで完全に契約が断絶してしまったかのように。


「契約紋は残ってる。だけどレイヴェルの存在を全く感じられない。どうして?」


 この空間に干渉するにはどうしてもレイヴェルの魔力が必要だ。だからこそクロエはレイヴェルのことを見つけなければいけなかった。何よりレイヴェルのことが心配だった。


「早くレイヴェルのことを見つけないと」


 焦る気持ちがクロエの歩く速度を無意識に速くする。しかしどれだけ探し回ってもレイヴェルの姿を見つけるどころか、存在すらも感じることができなかった。


「本当になんなのここ。別に何が起こるわけでもないし、わけがわからない」


 孤独がクロエの心を蝕む。レイヴェルのことを見つけるという目的がなければ足を止めて、うずくまって動けなくなっていたかもしれない。


「……魔力がないとここまで何もできないなんて」


 魔力がない状態のクロエはそれこそただの人と変わらない。レイヴェルという契約者がいてようやくクロエは魔剣としての力を行使することができるのだから。


「……ううん、ダメ。もっとちゃんとしないと。レイヴェルだってきっと私のことを探してくれてるはず。それなのに私だけが勝手に諦めるわけにはいかない!」


 この場にいないレイヴェルの存在だけがクロエの心の支えだった。それしか縋るものがなかったとも言い換えれるのだが。

 理由はともかく、レイヴェルの存在を支えにクロエは状況を打開することを諦めなかった。しかし、そんなクロエの奮闘も虚しくどれほど時間が経っても状況が変化することはなかった。

 焦燥がクロエの心を埋め尽くす。あるはずもない魔力を練ろうとして失敗する。周囲の薄暗い闇が、一人の孤独がクロエのことを押しつぶそうとする。


「私は……私はまた無力なままで何もできずに……」


 脳裏に過るのはキアラの姿。

 

「「私は結局あの時から何も変わってない」」

「っ!?」

 

 自分ではない誰かの声、否、自分の声が別の方向から聞こえたことに驚いたクロエは反射的に顔を上げて声のした方に目を向けた。

 そして、そこに立つ存在を見てクロエは目を疑った。なぜならそこには、クロエと全く同じ姿をした少女が立っていたから。

 ただ一つ違う点を上げるとするならば目の色だ。目の色が黒いクロエに対し、その少女の目の色は真紅。それ以外はまったくの瓜二つだった。


「あなた……誰」

「カイナ」

「カイナ? カイナって、その名前!」


 その名前を聞いた途端にクロエは飛行船でのレイヴェルとの会話を思い出す。クロエの体を一時的に操り、レイヴェルの前に姿を現した存在のことを。


「あなた、もしかしてレイヴェルが言ってた」

「そうだけど……それだけ? 他には何も思い出さないの?」

「他のこと?」

「……ふーん、そっか。そうなのね。残念だわ。私は毎日毎日、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと! あなたのことだけを考えていたのに……」


 爛々と光る紅い目がクロエのことを射貫く。その狂気を孕んだ目は今のクロエの身を竦ませるのには十分なだけの威圧感を備えていた。


「わ、私はあなたのことなんて知らない」


 嘘だった。カイナのことを知らないというのは本当だったが、心のどこかではずっと引っかかっていたから。しかし思い出すのが怖かったのだ。カイナのことを思い出せばクロエの中の何かが変わってしまいそうで。


「そう。覚えてないのね。私のことをこんな風にしておきながら。それってあまりにも傲慢だと思うわ。私がどれだけ苦しんだかも知らないで。のうのうと笑って生きてる。ふふ、やっぱり全部破壊してあげようかしら」


 笑いながらもカイナの言葉から感じる本気にクロエは背筋にゾッと悪寒が走るのを感じた。


「なんてね。冗談よ。今回は、だけど」

「冗談だって言うなら何しにきたの」

「わかるでしょ。あなたがあまりにも情けないから助けに来てあげたのよ。あなたがここにいるといつまで経っても解決しそうになかったし。だから今回だけは手を貸してあげる」

「手を貸してくれるの!」


 現状を打開する方法がなかったクロエにとってそれはあまりにも魅力的な提案だった。

 乗り気なクロエを見てカイナは笑みを浮かべる。


「ただし、条件があるわ」

「条件?」


 戸惑うクロエを前に、カイナはその条件を口にした。

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