第305話 一つしか無い選択肢

「条件?」

「別にそんなに難しいことを要求するわけじゃない。ただ一つ、この鎖を壊して欲しいの」

「鎖?」


 鎖と言われてもカイナのどこにそれがあるのかわからずにクロエは首を傾げる。

 そのことに気付いたのか、カイナはポンと手を打って両腕を上げる。するとその途端だった。カイナの両手首に漆黒の鎖が出現したのだ。

 見ているだけで重苦しさを感じるような、そんな鎖。それがカイナの両手首、そして両足、首に巻き付いていた。


「なにそれ」

「君がそれ言う? って、覚えてないのか。じゃあ仕方無い。全然仕方無くないけど。で、この鎖を一つ壊して欲しいの」

「これを……でもどうやって? 私、力使えないけど」

「あー、力なんて別に必要ないよ。ただ触れるだけでいい。さしあたっては右腕の方かな。利き腕が満足に使えないっていうのはどうにも厄介でさ」


 プラプラと右腕を振るカイナ。クロエは特段行動が制限されているようには見えなかったが、それが条件ならばと鎖に向かって手を伸ばそうとする。しかし鎖に触れる直前でその手を止めた。


「どうしたの?」

「えっと、その……」


 ここに来てクロエに迷いと恐怖が生まれていた。クロエにとってカイナという存在はあまりにも未知だ。そして未知は恐怖を生む。

 ましてやカイナはクロエの体を奪おうとする存在なのだ。そんなカイナの言うことを聞いてしまって良いのかと。

 そんなクロエの迷いをカイナは見抜いていた。そして、何を餌にすればクロエを動かすことができるのかということも。


「迷う気持ちわかるよ。私とクロエはあったばかりだし。怖いよね。でも、迷ってる暇あるのかな?」

「どういうこと?」

「ふふ」


 パチンと指を鳴らすカイナ。すると空間が割けて鏡のようなものが出現した。

 そしてその鏡はクロエではなく、ここではないどこかの景色を映し出した。


「森の……中? 村?」


 そこはクロエの記憶にない村だった。しかし、その映像に現れた一人の少年の姿にクロエは目を見開く。


「レイヴェル!!」


 その村に居たのはレイヴェルだった。誰かのことを探しているのか、必死の形相で村の中を走り回っている。


「どういうこと。あそこはどこなの!」

「さぁ、教えてあげてもいいんだけど……とにかく一つ言えるのは、このままだと彼壊れちゃうよってことかな」

「レイヴェルが壊れるってどういうこと!」


 クロエにとっては聞き捨てならない言葉だった。何がどうしてレイヴェルが壊れるという話になるのか、今の時点ではクロエには全く理解できていなかったから。状況も相まってクロエはかなり混乱していた。

 そんな余裕の無いクロエを見てカイナは笑みを浮かべる。自分の思うがままに状況が進んでいることに。


「それに答える義理はないよね。でも、このままここに居てもあなたにできることは何もない。そうでしょう?」

「っ」


 カイナの言葉がクロエに突き刺さる。確かにカイナの言うとおり、たとえここでカイナの提案を拒絶しても結局状況が振り出しに戻るだけ。解決できるわけではなかった。

 つまりクロエに最初から選択肢などなかったのである。

 そのことに気付いたクロエはキッとカイナのことを睨み付ける。しかしクロエがいくら敵意を込めて睨み付けようがカイナは笑みを崩さない。クロエの出す答えがわかっているからだ。


「……わかった。あなたの出す条件を呑む」

「そう。それでいいの。さぁ、それじゃあ契約履行といきましょうか」


 鎖に繋がれた右手を差し出すカイナ。そしてクロエは迷いながらもその手を取った。

 その瞬間だった。カイナの右手に巻き付いた鎖が音を立てて砕け散る。

 その光景にこれで良かったのかと思いながらも、レイヴェルのためだとクロエは自分自身のことを無理矢理納得させる。

 だがしかし、目の前にいるカイナはそれだけで終わるような優しい存在では無かった。

 自分の右腕から鎖が無くなったことを確認したカイナは笑みを浮かべて、クロエの手を握る。


「ありがとう。なんてお礼を言うのも変な話なんだけど」

「これでいいでしょ。約束通り――」


 クロエが言い切る前に、カイナはクロエの手を掴む。そして浮かべたその笑みを更に深くして言った。


「そうそう。言ってなかったけどもう一つ条件があったの」

「え?」

「その体、少しの間返してもらうわ」

「っ! そんな話聞いてない!」

「条件が一つだとも私は言ってない。最後まで聞かなかったのは君の方でしょ。残念、でも今回は私の勝ち」


 カイナの右手から闇があふれ出し、クロエの体を這う。

 振り払おうとしても纏わり付くようにして離れない闇がクロエのことを呑み込んでいく。


「っ、レ、レイヴェ……ル……」

「あぁ、彼のことは任せておいて。ちゃーんと助けてあげるから。ついでにこの状況を生んでくれた彼女達にもお礼がしたいしね。だから君はゆっくり休むといいわ」


 その言葉を最後に、クロエの意識は闇に呑まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る