第130話 傍から見るとイチャついてるだけの光景

〈レイヴェル視点〉


 夢を見ていた。ずっと……ずっと昔の夢。

 まだ母さんも父さんもいて、俺はただの村に住む小さな子供だった。

 俺の母さんは穏やかで優しい人で、俺の記憶の中にいるいる母さんはいつも笑顔だった。

 今でこそ滅多になくなったものの、小さい頃の俺はよく体調を崩してた。子供心に外で遊べないことの不満や、他の村の子供達は元気だったのにどうして自分ばっかり、なんてどうしようもない不満を抱えてたのを覚えてる。

 そうして不貞腐れてベッドで眠る俺のことを母さんは優しく撫でてくれて。あの手の温もりが俺は好きだった。

 でも母さんも父さんも俺が体調を崩すといつも申し訳なさそうな顔をしてて……あの時、母さんは確か——。


『ごめんなさいレイヴェル。あなたは——に選ばれてしまったから』


 ダメだ。肝心な所が思い出せない。選ばれた? 俺が? いったい何に?

 いや、そもそも俺は——。


「——っ!!」

「あ、起きた?」

「クロ……エ?」

「あはは、まだ寝ぼけちゃってる感じだね。気分はどう? 一番揺れが激しい場所はもう抜けたんだけど」


 寝ぼけてる? 揺れが激しいって……確か俺は、サンガ村を出発して、ピッド村に向かおうとしてて、途中からやたらと道がボコボコになって揺れも激しくなって、気分が悪くなって、そしたら昨日の夜に寝る前に感じたざわつくような感覚まで一緒に襲ってきて……。


「って、この体勢は!?」

「あ、ダメだよレイヴェル。まだ横になってないと。さっきまでずっとうなされてたし。やっぱり昨日の夜ちゃんと眠れてなかったんじゃないの?」


 起き上がろうとした俺のことをクロエが半ば無理やりおさえつける。

 起きた瞬間は気付かなかったが、この姿勢は完全に膝枕だ。いや、膝枕をされるのはこれが初めてってわけじゃないけど、でもさすがにファーラさんもヴァルガさんもいるこの状況でこの姿勢はいくらなんでも恥ずかしすぎる!

 いや、いなかったいいとかそういうわけでもないけど!


「だ、大丈夫だ! もう平気だから!」

「ダメ。信じない。レイヴェルってばすぐ大丈夫って言うし。今回ばかりは信じてあげません。今は近くに魔物の気配とかもないし、まだしばらく馬車に乗ってないといけないんだから今のうちにしっかり休まないと。やっぱり昨日の夜ちゃんと眠れてなかったんじゃないの?」

「そんなことは……ないと思うんだが」


 クロエと会った後、すっきりとした気持ちで眠りにつけたのは事実だ。朝起きた時もなんの違和感もなかったし。体調に問題がなかったのは本当なんだが。

 ……でもさっき体調が悪くなってたのは事実だしな。しかも意識を飛ばすくらいに。こればっかりは言い訳のしようもない。


「でも本当にもう平気だから」


 そう訴えかけてもクロエはまるで聞く耳をもたない。これはあれだ、どうやら俺が思ってる以上にクロエに心配をかけてたみたいだな。

 一縷の望みをかけて正面に座るファーラさんとヴァルガさんに助けを求める視線を送るも、かえってきたのは諦めろと言わんばかりの首振りだけ。

 ヴァルガさんはともかく、ファーラさんは確実にこの状況を面白がってそうな感じだ。


「レイヴェルは私がいいって言うまで休んでること。いい?」

「……はぁ、わかった。わかったよ」


 体調の悪さはもうほとんどないとはいえ、体にまだ多少の違和感が残ってるのも事実だ。これ以上逆らってもクロエを頑なにさせるだけだろうし、言う通りしばらく休むか。

 起き上がろうと抵抗していたのをやめて体の力を抜く。頭の裏に伝わる柔らかい太ももの感触……ってダメだダメだ! 意識するな! 意識したら休まるもんも休まらない。しかもそれが少なからず意識してる奴ともなればなおさらだ。


「どうしたのレイヴェル。顔が少し赤いけど……もしかして熱とかあるんじゃ」

「大丈夫だ。別に熱があるってわけじゃ」

「いいからちょっとジッとしてて」


 心配そうな顔をしたクロエが俺の額に手を当てる。なんとなく懐かしい感覚だ。昔母さんも俺が体調を崩した時よくこうやって額に手を当ててきてたな。大丈夫だって言ってもお構いなしで。

 

「……確かに熱はなさそうだけど」

「だから言っただろ。大丈夫だって」

「レイヴェルはそう言うけど、心配なものは心配なんだからね? 相棒を心配する私の気持ちを少しはわかってよ」

「うぐ……」


 そう言われると反論はできない。げんに今こうしてクロエに心配かけてるのは事実なわけだからな。

 すると、不意にクロエの手が俺の髪の方へと伸びてくる。


「……おい、なにしてるんだ?」

「え、あぁごめんごめん。なんかちょっとこの髪の感じ懐かし——じゃなくて、やっぱり私の髪とは全然違うなぁと思って」


 俺の髪を触りながらしみじみと呟くクロエ。

 まぁでもそりゃ違うだろう。俺の髪はクロエの髪ほどサラサラってわけじゃないしな。そんな興味を持つようなもんでもないと思うんだが。

 

「ふふっ♪」

「なに笑ってんだよ」

「別に、なんでもないよ。ただこうしてるとレイヴェルも子供みたいだなぁって思っただけ。悪い意味じゃないよ?」

「その言い方だと逆に信用できないんだが。っていうか、俺の髪なんて触ってても面白くないだろ。大した特徴があるわけでもないしな」

「そう? このゴワゴワした感じも、私と同じ黒色も私は好きだよ」

「っ!」


 好き、という言葉に一瞬反応してしまう。別にその言葉に深い意味があるわけじゃないのもわかってる。ただ本当に何気なく言っただけなんだろう。

 そんなことはわかってるのに。


「ガキか俺は……」

「え?」

「なんでもない。気にすんな」

「ならいいけど。あ、そうだ。ねぇファーラ。馬車をいったん止めるのってまだもう少し先だったよね」

「ん、あぁそうだね。後一時間は走らせるつもりだよ」

「その場所でいったん小休止をとる形になる。ずっと走らせたままだと馬も疲れてしまうからな」

「そっか。ならレイヴェル。そこまで寝てていいよ」

「いや、さすがにそういうわけには」

「いいんじゃないかい? そのぶん後でしっかり働いてもらうけどね」

「あぁそうだな。いまの内に本調子を取り戻しておくことだ」

「……わかりました」


 クロエだけでなく、二人からもそう言われたら休むしかない。

 俺の頭を撫でるクロエ。止めろって言おうかとも思ったが、それよりも前に眠気が襲ってきた。

 不思議と気持ちが落ち着くというか……やばい、かなり眠くなってきた。

 そして、気付けば俺は再び眠りに落ちていた。

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