第194話 真実は残酷な武器となる

「奴が私の元にやって来たのは、一年ほど前のことだった」





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 その日、ローゼリンデはいつものように『猫奪屋』で仕事の取引の準備を進めていた。


「ん?」


 突然尻尾がピンと立つ。『猫奪屋』の近くに大きな気配が出現したのだ。そして、生物としての本能がローゼリンデの身に危険を訴えた。しかし、ローゼリンデは若干の戸惑いを隠せなかった。出現した気配に覚えがあったからだ。

 逃げるかどうするか悩んだ末に、ローゼリンデは近づいて来るその存在を迎え入れることにした。

 そして、入って来た人物を見たローゼリンデは珍しく驚きに目を見開いた。

  かつての友人。そして亡くなったと思っていたハルミチがそこに立っていたからだ。


「……ハルミチ?」

「久しぶりだなロゼ」


 あまりにも突然の来訪に戸惑いを隠せなかったローゼリンデだったが、その戸惑いはあまりにも変化していたハルミチの雰囲気にもあった。

 目の前にいるのは間違いなくハルミチであるとローゼリンデは断言できる。しかし、その身に纏う雰囲気は以前までのものとは明らかに乖離していた。

 温かさが消え、どこか冷たさを感じさせるものになっていたのだ。そしてもう一つ以前とは違うことがあった。


「その隣の娘はなんだ」


 ハルミチの隣にいた、白い少女。髪も肌も白い。ただ黄金に輝くその目だけが印象的だった。あまりにも無表情で、完成され過ぎたその美しさに一瞬人形なのではないかと疑ってしまったほどだ。


「こいつはハクアだ。俺と契約した魔剣だな」

「魔剣? 今魔剣と言ったか」

「あぁ、力を押さえさせてるからわからなかったか?」

「…………」


 ハクアと呼ばれた少女はジッとローゼリンデのことを見つめている。ローゼリンデをもってしても、その目から何を考えているのかは全く読み取れなかった。


「いや、そんなことはどうでもいい。お前、生きていたのか」

「あぁ、この通り五体満足だぞ。俺が偽物に見えるか?」

「……いや、見えない。だからこそ驚いている」

「ロゼでも驚くことがあるんだな」

「当たり前だ。あの騒ぎで全員死んだと思っていたからな」

「……そうだな。俺以外はみんな。いや、まだ何も終わってない。終わらせてたまるか」


 一瞬見せた暗い表情にローゼリンデはハルミチの心中を察する。

 だがそれも本当に一瞬のことで、次の瞬間にはその影は消えていた。


「今回ロゼの所に来たのは他でもない。情報が必要だったからだ」

「情報? なんの情報だ」

「精霊……精霊族に関する情報」

「……ほう。どうして……というのは聞かなくていいか。誰であれ依頼人が求める情報なら差し出す。もちろん、そちらが私の望む報酬を用意できるなら、だが」

「相変わらずだな。そういう所は。いいだろう。話し合いといこうじゃないか」






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「それからあいつは定期的に私の所へ訪れ、情報を買っていった。最近は滅多に来なくなっていたがな」

「一年前……私がちょうどリオラにいた頃……」

「そうだな。お前がリオラにいることも知っていたぞ。ハルミチが現れてもしかしたら、と思ったからな。もちろんその情報はハルミチには渡さなかったがな」

「聞かれなかったから?」

「そういうことだ」

「……ハルは何をしようとしてるの」

「これ以上の情報は有料だ。と言っても、少しは想像がつくんじゃないか? 精霊について調べて何をしようとしているのか」

「…………」

「まぁそのことについて私からとやかく言うことはない。望むものを望む人に。対価が支払われるならどんな相手とでも取引するさ」

「そうだね。ごめん、ありがとう。ちょっと考えたいことがあるから今日はこれで帰るね」

「そうだろうな。改めて考えてみるといい」

「うん、行こうレイヴェル」

「あ、あぁ……」

「そういえば——」


 そう言って店を出て行こうとしたクロエに、ローゼリンデは最後の追加情報を与えた。


「ハルミチは私の所に来る前に、とある人物に会ってたみたいだぞ。お前のよく知るあいつにな」

「っ! それは……っぅ」


 ローゼリンデの言葉にハッと何かに気付いたクロエは、様々な感情の入り混じった表情を浮かべる。驚きや戸惑い、そして僅かな怒りと悲しみの入り混じった表情を。


「ありがとうロゼ、おかげで色々わかったよ」

「どうするかはお前の自由だ」

「うん、わかってる」

 

 そのまま出て行くクロエとレイヴェルをローゼリンデは見送る。

 その場にいたフェティはクロエとローゼリンデのやり取りの意味がわからず首を傾げる。


「今のはどういうことですか?」

「さてな。だが一つ言えるのは……偽りのない情報というのは時としてどんなものよりも残酷な武器になりうるということだ」

「?」

「わからないならそれでいい。気になるならクロエ達のことを追いかけてみたらどうだ?」

「……すみませんババ様、少し出てきます」

「だからババ様は……もう行ったのか。この短期間であの子猫がずいぶんと懐いたものだ」


 影魔法を駆使してその場から姿を消したフェティに、ローゼリンデは小さく嘆息する。

 そしてここではないどこか遠くを見るような眼差し呟いた。


「そう、真実はいつだって残酷なものだ。クロエ、お前はいずれ自分自身の真実と向き合うことになるだろう。その時お前は目を逸らさずにいることができるか?」

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