第56話 竜命木の美しさ

 里から竜命木までの距離は近いようで遠い。里からはすごくでかく見えてるから、歩いても行けそうとか思うけど。実際は全然そんなことない。

 理由は単純。里と竜命木の間に貼られた結界だ。

 普通にまっすぐ竜命木に向かって歩いてるつもりでも、気付けば里に戻される。そういう類の結界だ。

 目印をつけても無駄。結界を通り抜けることができるのは竜命木から生まれた竜。そしてその竜に選ばれた人だけ。

 だからこうしてシエラに運んでもらうしかないってことだ。

 そんでかれこれもう十分くらい飛び続けてる。


「ねぇラミィまだ着かないの?」

「うーん、どうシエラ?」

「クゥン」

「後少しだって」

「やっぱり言葉わかるんだ」

「そりゃもちろん。繋がってるからわかるわよ」


 もうすぐ着くかぁ。来た時みたいに景色が綺麗なら楽しむ余裕があるんだけど。

 まるで霧に囲まれてるみたいになんも見えないからなぁ。


「あ、ほら。霧を抜けるわよ」


 ラミィの言葉とほとんど同時に、霧を抜けて一気に視界が広がった。




 その光景を一言で言うならば、究極の自然美、だった。




「うわぁ……」

「すげぇ……」


 シエラから降り立ったオレは思わず感嘆の声を漏らす。

 里から見えていた竜命木の姿は所詮偽りのものでしかなかったのだと、頭ではなく心で理解した。これはまったくの別物だ。

 陽光を浴びてキラキラと輝く竜命木の葉は宝石よりも美しい。枝葉の一つ一つにいたるまで、生きているのだとそう実感できる。

 木を見て感動したのなんて生まれて初めてだ。


「すごいでしょ。ここの竜命木。クロエは前の里の竜命木は見たことあったけど、あの時とは全然違うでしょ?」

「うん。あの時もすごいとは思ったけど、こんな風に輝いてる感じじゃなかったから」

「あの時はあの時でちょっと特殊だったからね。でも、すごいでしょこの光景」


 己の語彙力の無さが恨めしい。いや、違うか。この感動は、この光景はきっとどんな言葉を用いても伝えきれない。

 自分の目で見て初めてこの感動を共有できる。そういう類の奴だ。


「私もママ……じゃなくて、お母様にここに連れてきてもらった時は思わず言葉を失ったもの。それにね、この時間帯が一番綺麗なの。朝露と朝日が相まって、竜命木がまさしく宝石のように、宝石以上に輝いてる。この一番綺麗な姿をクロエに見せたかったの」

「ありがとうラミィ。私、景色でこんなに感動したの初めてかもしれない」

「ふふっ、びっくりしてくれたみたいで嬉しい。それとあんたも、クロエのついでとはいえ連れてきてあげたんだから感謝しないさいよ」

「あ、あぁ。ありがとう」


 レイヴェルもオレと同じくらいっていうか、下手したらオレ以上に感動してたみたいだ。

 まぁ竜命木を間近で見るの事態初めてだろうから無理もないけど。


「すごいねレイヴェル、こんな光景滅多に見れるもんじゃないよ。あーあ、私に絵の才能があったらこの景色の感動を全部とは言わないけど、フィーリアちゃんと共有できるのに。こんなすごいもの見て来たんだよーって」

「直接見たならまだしも絵じゃなぁ。それよりも食べ物とかの方が喜ぶんじゃないか?」

「あははっ、それは言えてるかも」


 何か美味しい食べ物は? って言うフィーリアちゃんの姿が想像できる。


「あ、そうだ。その生まれそうだっていう竜の卵ってどこにあるの?」

「うーん、さすがにそれは。生まれる兆候がわかるのはお母様だけだから。こうやって直接見ても私にはわからないわね」

「そっかぁ。ねぇ、触っても大丈夫?」

「えぇ。大丈夫よ。私もいつもここに来たら触ってるわ。ご利益がありそうな気がするから。そんな話はないんだけどね」

「いいじゃない。気持ちって大事だよ」


 前に竜命木を見た時はそんな余裕なかったし。ちょっと触ってみたい。

 いやまぁ、触ったからって何かあるとは思ってないけどさ。


「ねぇレイヴェルも触ってみようよ」

「大丈夫なのか?」

「うん。だってラミィがいいって言ってるんだし。こんな機会一生に一度あるかないかだよ。できることはしとかないと勿体ない!」

「勿体ないってなぁ……まぁ気持ちはわかるけど」


 そうは言ってもやはり興味はあるのか、レイヴェルも恐る恐ると言った様子で竜命木に近づく。

 うん、やっぱり近くで見れば見るほど本当にでっかい……何十年、何百年かかったらここまで成長するんだろう。

 まさか千年単位? ありえる……そんな木が地球にもあった気がするし。

こうやって直接触ってると、この木が過ごしてきた年月を感じることができ——。



『見つけた』




「え?」「ん?」

「ねぇラミィ、今なにか言った?」「何も言ってないけど」

「でも今確かに……ねぇ、レイヴェルは?」

「あぁ、俺にも……聞こえた。確かに、女の人っぽい声で、見つけた、って」

「だよね」


 やっぱり気のせいじゃない。

 オレもそうだ。確かに聞いた。確かに聞こえた。

 この場にいるのはオレとレイヴェルとラミィだけで、ラミィじゃないって言うなら残る可能性は……。


「竜命木の声? でも、そんなまさか……」


 でも竜命木は生きてる。もしかしたら……。

 その時だった。

遠くから地響きと共に、つんざくような爆音が聞こえてきた。


「な、なに!?」

「今の揺れは!?」

「っ、里の方よ!」


 ラミィが緊迫した声で言う。

 そしてオレ達が何か言う前にラミィはシエラを近くに呼んでいた。


「二人とも早く乗って!」

「う、うん!」

「わかった!」


 オレとレイヴェルも慌ててシエラの背に乗る。

 そのまま飛び立ったラミィは来た時とは違って、全速力で里へと向かう。

 この時ばかりは結界の効果が恨めし……え?


「ラミィ、止まって!」

「何言ってるのよ! そんな暇は」

「違う、誰かこっちに来てる! この感覚は……」


 急速に近づく気配。

 この気配、知ってる。この感覚……前にも王都で。

 あいつらの気配っ!


「レイヴェル、こっちに来る! 構えて!」


 でも、そんなオレの言葉は一瞬遅かった。

 目にも止まらない速さでオレ達に向かって飛んできたそいつらは、あっという間に肉薄してきた。


「見つけたぞおらぁっ!!」

『玩具はっけーーん』

 見覚えのある顔。そして剣がオレ達に近づいて来る。


「あっ……」

「クロエ!?」


 レイヴェルに向かって手を伸ばそうとしていたオレは、シエラが飛んできた人を避けようとしたせいでバランスを崩してしまった。

 レイヴェルがオレに向かって手を伸ばす。オレもレイヴェルに向かって手を伸ばす。

 でも、


「っ——」


 でも、その手は僅かに届かなくて。

 オレは、シエラの背から振り落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る