第37話 魔剣について知ろうの回

〈レイヴェル視点〉


 イグニドさんからの指名依頼を受けた俺達は、ゴブリンメイジ討伐のために『迷いの森』にやって来ていた。

 『迷いの森』なんて名前だけど、帰還のための魔道具を持ってたら迷う心配はない。その辺は冒険者としてちゃんと準備してる。

 まぁ、持ってるのは常に針の先がイージアの方角を向いてるっていうだけの代物だけど。これがあるのと無いのじゃ大違いだ。

 これで後は注意深く散策して、ゴブリンメイジ討伐するだけなんだが……。


「うわぁっ! レイヴェル、虫! 虫が出た!」

「落ち着けって。そりゃ森の中なんだから虫くらい出るだろ」

「無理無理無理! キモイ! ひゃぁああああっ、こっち飛んできたーーー!!」


 さっきからクロエはずっとこの調子で叫んでる。

 それこそ今みたいな特に害もない、小さな虫にまで反応してる始末だ。

 なんていうか、森に入ってすぐこの調子じゃ先が思いやられる。

 ゴブリンメイジとか下手したら洞窟の中にいるし、その洞窟の中にはあんな虫なんて比じゃないくらいでかい虫とかもいるんだけどな。


「お前、虫苦手なのか?」

「苦手だよ! っていうか、虫が好きな人間なんているはずないでしょ! 虫好きなんて言う奴がいたらそいつは人間じゃない! うひぃ、また飛んできた!」


 言い切りやがったなこいつ。色んな人を敵に回しそうなことを。

 虫が好きな人だってごまんといるだろうに。まぁ、俺も別に虫はそんなに好きなわけじゃないけどな。


「魔剣でも虫は苦手なんだなぁ」

「魔剣だろうが人間だろうが関係ないよ! こうなったらここら一帯を破壊するしか……」

「怖いこと言うな!」

「っていうかなんでさっきから私の方にばっかり飛んでくるの!?」

「お、おい。抱き着くなって!」


 虫を怖がってるクロエに俺の声は届いてないようで、右腕に全力でしがみついてくる。

 クロエは特に鎧とは着てるわけじゃないから、柔らかい肢体が押し付けられて顔が熱くなりそうになるし、なんか甘い匂いもして……ん? 甘い匂い?


「おい、クロエ。お前、香水かなんかつけてるのか?」

「へ? こ、香水? そんなのつけてないけど……どうして?」

「いや、なんかお前の体からなんか甘い匂いが……」

「甘い匂い……あ! そういえば今日ギルドに行く前にマリアさんの手伝いでデザート作りしてたから。その時の匂いかも」

「あぁ、なるほどな。もしかしてその匂いにつられてるんじゃないのか?」

「えぇ!? そんなぁ……」


 というか、あきらかにそれしか考えられないしな。


「こうなったら……仕方ない。えいっ!」

「うぉっ」


 急に右手が重くなった!?


「って、クロエかよ!」


 右手が重くなったのはクロエが魔剣化したことが原因だった。

 変身するのはいいけど、いきなりはやめてくれ。驚くから。


『ごめんごめん。でもこれで虫も寄ってこないでしょ。私も歩くの楽ちんだし。一石二鳥って奴だよね』

「俺に得がないんだが」

『そこはそれ、相棒の危機は支え合わないとね』

「虫に寄られるのが危機って、聞いたことねぇよ」

『ごちゃごちゃ言わないの。ほら、これはいつでも魔物が出てきてもいいように警戒する意味も込めてってことで。ね? いいでしょ。お願いだからこのまま連れてって!』

「はぁ、わかったよ。クロエの言うことにも一理あるしな」


 ここはもう森の中だ。いつ魔物や獣が出てきたっておかしくない。それを考えたら戦えるようにしとくってのは大事だしな。


『やった♪ ありがとね、レイヴェル。あ、そうだ。ついでだからこのまま魔剣についての勉強始めちゃう?』

「この状況でかよ」

『いいじゃない。どうせ森の中でするつもりだったし。それじゃあ基本的なことからね。とりあえずレイヴェルが魔剣について知ってること改めて教えてくれる?』

「知ってることって言ってもなぁ。めちゃくちゃ強い剣ってことくらいだ。それ以外はほtんど知らない。魔剣と会うのだってクロエが初めてだし」

『まぁそりゃそうだよね。それじゃあ始めるけど、魔剣にはねそれぞれに固有能力っていうのがあるの。私だと《破壊》が固有能力になるのかな。この固有能力が魔剣を最強たらしめる要因でもある。例えばなんだけどね、《炎》っていう固有能力を持った魔剣がいるとするでしょ。その魔剣に初級魔法のファイアボールを撃つのと同じだけの魔力を吸わせたとして、その威力はファイアボールなんてもんじゃない。きっと周囲一帯が炎の海になるだろうね』

「そんなに違うのか?」

『それだけの力が魔剣にはあるから。あくまで想定の話だけどね。この固有能力は魔剣にとって最大の武器でもあり、弱点でもある。能力を読まれたら対策もできちゃうしね。だから基本的に魔剣の能力については契約者と魔剣だけの秘密にする。信頼できる人とかなら教えちゃっても問題ないかもだけどね』

「魔剣ごとの固有能力か……それって一つしかないのか?」

『お、いいとこに気付くねレイヴェル。答えは魔剣によって異なる、だよ。私は《破壊》しかないけど、複数の固有能力を持つ魔剣もいるよ。多いと三つとかかな。強力な分、使いこなすのが大変だったりもする。だからもしレイヴェルが魔剣使いと戦うなんてことになった時は、相手の固有能力を探って、こっちは読まれないようにするのが基本かな』

「それはまぁ人同士でも似たようなもんだな」


 人と人との戦いでも、相手に自分の使える技を隠すのは上等手段だ。最初から手の内を晒すようじゃ勝てないってイグニドさんにも教わった。


『そうだね。魔剣も基本は一緒かも。私の《破壊》については後で教えるとして。他にも魔剣について知っとかないといけないことは山のようにあるからね。じゃあ次は……形態変化かな』

「形態変化?」

『うん。魔剣にはね、大きくわけて三つの状態があるんだ。それが『魔剣化』『鎧化』『操人化』の三つだよ』

「『鎧化』……そういえば、王都であった魔剣使いのディエドがなんか言ってたな」


 まだ『鎧化』もできないだのなんだのって……あの時はわけがわからなかったけど。


『確かに言ってたね。『魔剣化』はまさに今の状態。私が剣になってる状態のことね。『操人化』は昨日私がイグニドさんの試験を受けた時の状態が近いかな。ちょっと違うけど。とにかく、私が人の姿のままレイヴェルから魔力を貰って戦うことだよ。それでディエドとダーヴが言ってた『鎧化』なんだけどね、言葉の通りだよ。私がレイヴェルを守る鎧になること。この三つの形態が使えるようになってようやく一人前の魔剣使いになれるって感じかな』

「今は『鎧化』できないのか?」

『うーん、まだちょっと無理かな。私がレイヴェルの戦い方とか、癖とか。一番大事なのは私のイメージなんだけど。そういうのをちゃんと覚えてからでないと』

「なるほどな。そのためにも色んな魔物と戦ってみないといけないってわけか」

『そういうこと。とにかく今は私達も経験を積まないといけないってわけなのさ』

「なんとなくわかったけど、正直色んなこと一気に言われたせいでまだちょっと頭がこんがらがってる」

『あはは、まぁそりゃそうだよね。つまり、今までの話をまとめて簡単に言うと……戦って慣れろ! ってことかな』

「そりゃ単純でいい。最初からそう言ってくれよ」

『ふふ、そうだね。それじゃあ……今度は実戦形式かな』

「……そうみたいだな」


 気配を感じた方に剣を構える。

 俺達の視界の先にはゴブリンが続々と姿を現していた。

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