第38話 魔剣の切れ味
『それじゃあ……今度は実戦形式かな』
「……そうみたいだな」
森の中を歩いていたオレ達の前にゴブリン達が現れた。
うん……なんだこいつら、気持ち悪っっ!!
でかいワシ鼻に、薄汚れた緑色の肌。絶対今まで磨いたことないだろってくらい汚い黄色い歯。身に纏ってる服までボロボロで汚い。
知ってはいたけど、気持ち悪すぎる!!
いや、まって、実戦形式とは言ったけどさ。あれと戦うのは……正直かなり気が引ける。
前にオーガと戦った時は一生懸命だったから気にもしなかったけど。あれを自分の体で斬らないといけないってかなり嫌だぞ。
でも、オレを握ってるレイヴェルがそんなことに気づくはずも無く、ゴブリンに向かって駆け出していく。
「うぉおおおおっっ!」
レイヴェルが剣を振りかぶってゴブリンに向けて振り下ろす。
うひぃいいいいいっっ!! ゴブリンの気持ち悪い顔が近づいてくる!
む、無理だ! これ斬りたくない!
「グギャッ!?」
「は?」
ゴブリンが斬り倒せなかったことでレイヴェルは素っ頓狂な声を上げる。
うん、だってそれもそのはずだ。オレが剣の切れ味を限界まで低下させたから。
今のオレの切れ味はせいぜい木刀レベル。とてもじゃないけど斬れない。殴り倒すことはできるけど。
言っちゃえば鉄の棒みたいな。感じだ。
正直かなり屈辱だ。
まさかこんなゴブリン程度にこんな真似をすることになるとは。
「お、おいクロエ! なんで斬れねぇんだよ! 前にオーガと戦った時は斬れただろ!」
『前は前! 今は今! 魔剣の切れ味はその時のテンションで決まる! これもまた勉強だよレイヴェル!』
「いやいや! 切れ味が鈍るって、つまりテンション下がってんじゃねぇかそれ!」
『そうとも言う!』
私は確かに魔剣だけど、意思を持つ剣だ。つまり、斬りたいモノもあれば斬りたくないモノもある。
「テンション下がったら木刀レベルって、それでも剣かよ!」
『む! 失礼な! 私は世界最強の魔剣なんだから!』
「だったらなんでゴブリン程度が斬れねぇんだよ!!」
『無理! あんな気持ち悪いの斬りたくない!』
もっとさ、ドラゴンとかならオレのやる気も沸いてくるってもんだけど。ゴブリン程度じゃなぁ。
あ、そう! いわばこれはあれだ。この程度の魔物でオレの体を汚すのは勿体ない、的な!
「あのなぁ、俺は冒険者だぞ! 気持ち悪いとか、そんな理由で斬れなくなったら戦えるもんも戦えないだろうが!」
『う、そ、それはそうかもだけど……あ、そうだ! ならいっそ私の力を使って存在ごと破壊しちゃとか』
「それ絶対使っちゃダメな類の力だろ! っていうか、存在ごと破壊したら討伐証明部位を確保できないだろうが!」
『うぅ……』
うん。わかってる。レイヴェルの言うことが百正しい。剣が敵によって切れ味変わるとか、そんな武器がゲームであったらオレでも絶対使わないし。
でもなぁ、想像もして欲しい。気持ち悪いゴブリンの体に自分の体が沈みこむ姿を。
嫌だろ? ゾワっとするだろ?
でも……やるしかないのかぁ。やるしかないよなぁ。
えぇい仕方ない! こうなったら腹を括れ! 男は度胸だ! 今は男じゃないけど!
『わかった! わかったけど、宿に戻ったら私の体綺麗に拭いてもらうからね!』
「は、はぁ!?」
『返事は!』
「~~~~~っ! わかったよ! やるよ、やればいいんだよ!」
『言ったからね、約束だからね!』
気合い、気合いだ! 考え方を変えろ。限界まで切れ味を上げたら触れるよりも前にゴブリンの体を斬れる! オレは魔剣。世界最強の存在! やってやれないことはない!
『ふぬぁああああああっっ!!』
「うお、急に剣が光って……」
『よし、いける。いけるよレイヴェル! このまま一気に殲滅だぁ!』
「あぁ!」
レイヴェルがオレを一振りすれば、面白いようにゴブリンの体が吹き飛んでいく。
オレの予想通り、切れ味を限界まで上げたオレの体はゴブリンの体に触れるよりも早くゴブリンの体を切り裂いている。
よし! この方法なら気持ち悪いゴブリンとでも戦える!
難点があるとしたらちょっと疲れるってことだけど……まぁ、これも慣れだと思う。何回か繰り返せば大丈夫だろ。
「グギャッギャッ!!」
『あぁもう! 私に近づくなぁ!! レイヴェル、もっと振って、振って!』
「わかってる、おらぁ!」
前に戦った時はわからなかったけど、レイヴェルの戦い方は綺麗だ。
ゴブリンとゴブリンの距離を冷静に見てる。一つの動きが、その次の動きへの布石になってる。流れる水のような動きだ。
『いい感じだよレイヴェル! それイグニドさんに教わったの?』
「あぁ、全く持ってその通りだよ。いやってほど叩き込まれた。まだ完全に体に染みついてるわけじゃないけど……なっ!」
雑談をする余裕まである。
気付けばレイヴェルは最後の一体を斬り倒した。
「……ふぅ」
『すごいすごい! 強いじゃんレイヴェル!』
「いや、俺が強いっていうか……ほとんどお前の力だぞ。最初はあれだったけど、とんでもない切れ味だなお前」
『え、そうかなぁ。えへへ……』
いやぁ、ストレートに褒められると流石に照れるなぁ。
まぁ事実なんだけどさ。オレってば最強の魔剣なわけだし。
「さぁ、これで襲いかかってきたゴブリンは全部返り討ちにしたわけだが。こんだけ数がいるってことはゴブリンの巣も近いってことか。ゴブリンメイジもそこにいるかもな」
『よしよし、それじゃあ一気に攻め込んじゃおう。さくっと破壊しちゃおう!』
「いや破壊はするなよ!?」
『わかってるってば。ちょっと言っただけだから。本気じゃないよ。ちょっとしか』
「ちょっとは本気なのかよ」
『じゃあ私の切れ味を理解してもらったところで、次は私の力使ってみようか』
「クロエの力って、破壊の力のことか?」
『うん。今までは私がレイヴェルから魔力を受け取って、それを破壊の力に変換してたんだけど。それの応用かな。私が渡した破壊の力を、レイヴェルが調整して使って欲しいの。私、その辺の加減はあんまり得意じゃないから』
「いきなりそんなこと言われてもなぁ。難しいんだが」
『大丈夫大丈夫。魔法使うのと一緒だから。レイヴェルだって魔法くらい使ったことあるでしょ?』
「……ない」
『へ?』
「だから、ないんだよ! 俺は魔法使ったこと、一回も!」
『え、えぇぇぇぇぇぇ!?』
だ、だってレイヴェルの魔力って他の人よりもかなり多いし。だから絶対魔法を使えると思ってたんだが。
「俺には魔法の適性が全くないからな。魔力だけは人並み以上にあるらしいけど、それも魔法が使えなかったらほとんど宝の持ち腐れだしな」
『そっかー。だから今まで一回も魔法使ってなかったんだ。なんでだろうとは思ってたんだけど』
「悪かったな」
『別に責めてるわけじゃないよ。むしろそれならそれで私にとってはありがたいし』
「ありがたい? なんでだよ」
『レイヴェルが魔法を使わないなら、レイヴェルの魔力を遠慮なく私が使えるから。むしろレイヴェルが魔法使えなくてラッキー、みたいな?』
「ラッキーって、お前なぁ。こっちが長年魔法使えなくて苦労してるってのに」
『気にしない気にしない。レイヴェルには魔法が使えなくても私がいるんだから』
長年って、確かにそうなのかもしれないけど。
レイヴェルよりずっと長くこの世界に生きてるオレからすれば、その悩みはありふれたものだ。
レイヴェル以外にも魔法が使えないってことで悩んでた人はいっぱいいる。それでも強い人をたくさん知ってる。
『最強魔剣たる私がいるんだから、魔法が使えないなんて些細なことだよ』
「……そんな軽く言うことかよ。でも……そうだな。その通りだ」
『でも、魔法を使ったことがないならいきなり調整は難しいよねぇ。よし決めた! ぶっつけ本番でいこう』
「はぁ!? 大丈夫なのかよそれ」
『大丈夫だって、なんとかなるなる! さぁ行こうレイヴェル。さっさとゴブリンメイジを片付けて、この鬱陶しい森から出よう! 一分でも、一秒でも早く! 虫から離れるために!!』
「それが本音かよ!」
そしてオレとレイヴェルは、その先にあったゴブリンの巣へと足を踏み入れた。
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