第212話 素晴らしき空の旅
「うわぁ、すっごく綺麗な景色だねぇ」
オレは目の前に広がる景色に思わず感嘆の声を漏らす。
一面雲の海。しかもそれが手を伸ばせば届きそうな距離にあるんだから。こんな景色はさすがに前の世界でも見たことがない。
まぁそもそも飛行機に乗ったことがないからなんだけど……。でも、たとえ飛行機に乗ったとしてもこの景色は見れないはずだ。
オレ達が今いるのは飛行船の甲板。飛行機とは違って窓に遮られることなく直接雲海を目にすることができるんだから。
このずっと……は見てられないけど、まぁしばらくは飽きないと思う。
「ほらほら、レイヴェルもこっち来なよ。すっごく綺麗な景色だよ」
「お、おう……」
「どうしたの……って、あ、そっか。高いところ苦手なんだっけ? じゃあ手を握っててあげるから。そしたら大丈夫でしょ?」
「いやまぁ、それはそれで恥ずかしいものがあるんだが」
「気にしない気にしない」
たぶんオレもこの光景を前にテンションが上がってたんだろう。周囲に同じように人が来てることも忘れてレイヴェルの手を引いた。
「今はこの雲で下も見えないし。これでも怖いの?」
「いや、この雲の絨毯の下があるかと思うとどうしてもな」
「そういうものなのかな」
「そういうもんなんだよ。まぁ、確かに今はそんなに怖くないけどな」
「私が手を握ってるから?」
「……ノーコメントだ」
「ふふっ。大丈夫だよ。レイヴェルが落ちないようにちゃんと手を握っててあげるから」
「なんだよそれ」
「いいから。ほら、今のうちにこの景色堪能しないともったいないよ」
「…………」
「…………」
ふと、後ろからジッと見られてることに気づいた。
そこに立っていたのはジト目をしたアイアルとコメットちゃんだった。
「先に荷物を置いて出て行ったかと思えば……何をしていますの?」
「いなくなったと思ったら。こんなとこでイチャついてんじゃねぇよ」
「「っっ!?」」
バッと反射的に離れる。
い、いつからだ。いつから見られてたんだ。
って、めっちゃ見られてる!?
気づけば甲板にいた他の乗客達も微笑ましいものを見るような目でオレ達のことを見ていた。
針のむしろとはまさにこんな感じなんじゃなかろうか。
「え、えっと、あの、その……今後の予定を決めるために部屋に戻ろうか!」
「あ、あぁ! そうだな! そうしよう!」
たぶんレイヴェルも同じような感覚を味わっていたんだろう。
オレが言い訳するように声を張り上げると、同じように声を張り上げて船内へ向けて歩き出した。
アイアルとコメットちゃんもその後に続いて船内へと戻る。相変わらずジト目のままだけど。
部屋に戻ってようやく人心地がついた。
さっきのはさすがに気を抜きすぎてたな。他の人もいるってことをちゃんと気に留めとかないと。
ただただ微笑ましい目で見られるのがあんなに恥ずかしいとは思わなかった。
「ふぅ、えーと……それで、二人は何か用事だったのかな?」
「用事だったのかな? じゃねぇって。今後の予定も何もまともに聞いてないのに、荷物置くなりさっさと甲板に行ったのはあんたらだろうが」
そういえばそうだった。でも甲板からの景色を見たかったんだからしょうがない。この飛行船に乗る前からずっと楽しみにしてたんだし。
ここまでの高度で飛ぶ飛行船はほとんど無い。あの光景はこの飛行船の目玉の一つでもあるんだから。
まぁちょっとテンション上げすぎてたのは否めないけどさ。
「ったく、外の景色なんか見て何が楽しいんだか」
「だって滅多に見られない景色だし……って、どうかしたのコメットちゃん?」
ジッとオレを……というか、オレとレイヴェルのことを見てるコメットちゃん。
彼女はなんでもないことのように言い放った。
「お二人はお付き合いされてるんですの?」
「…………はぃっ!?」
コメットちゃんの言葉の意味を理解して一瞬で顔が熱くなる。
お、お付き合い……お付き合いってあのお付き合いのことだよな。
「ち、ちちち違うから。私とレイヴェルはただ相棒同士っていうだけで、そんな、お付き合いとかそういうのは……ねぇ! レイヴェル! そうだよね!」
「あ、あぁ」
「なんだ、あんたら付き合ってなかったのか。てっきり付き合ってんのかと思ってた。というかあの雰囲気で付き合ってないとか、それはそれでどうなんだ?」
「相棒だから! 別にそんな特別なことじゃないから!」
「なんでそんなに必死に否定すんだよ……」
オレとレイヴェルは付き合うとか、そういうのじゃない。
そんな関係にはならないし、なっちゃいけない。オレは魔剣でレイヴェルは人族なんだから。
「とにかく違うから! それよりほら、この後の予定についてちゃんと話あって確認しておかないと。コメットちゃんも」
「……クロエ様とお付き合いしてるわけでないなら、彼にお願いしても大丈夫そうですわね」
「え? 何か言った?」
「いえ、なんでもありませんわ」
今何か言ってた気がしたんだけど。
まぁいいか。下手につついてまた話がぶり返しても嫌だし。
「えっと、それじゃあこの後なんだけど――」
この時のオレはまだ知らなかった。
コメットちゃんの言う『お願い』が、後に大きな問題を引き起こすことを。
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